雪火と凪桜のもしも

tada

もしも二人が出会ったのが、ゲームセンターだったら。

 高校の帰り道私は、なんとなくゲームセンターに入ってみた。

 私の中のゲームセンターのイメージは、ヤンキーとか大人な、なんかそういう怖い人がたくさんいるイメージなので、今まで中に入るのは諦めていた。

 だって怖い人に絡まれたくはない。けれど今日は、本当にただなんとなくで入ってみた。

 中に入っての第一印象。

 音がうるさい。

 多分色々なゲームの音が入り乱れて、これだけの大音量になっているのだと思う。

 それにしてもうるさい。

 色々な音が聞こえる場所は、あまり得意ではないのだけれどせっかくゲームセンターの中に入ったのに、何もせずに帰るのは勿体無い気がしてしまう。なので私は、少しだけ中を見て回ることにした。

 まず目に入ったのは、イヤホンをした男性が、画面に流れてくる音符を一生懸命タッチしている絵面だった。

 ゲームセンターに入ったことがない私でもそのゲームは、知っていた。音ゲーと呼ばれるジャンルのゲームだったはず。

 前にスマホで少しやったことがあるジャンルではあるのだけれど、なんかやっているといつの間にか時間が過ぎていて、これは危険ということで辞めてしまった。

 だから今回もスルーした。

 まぁ一回やったことあるジャンルだしね。

 そこから数歩歩いた先には、多分メダルゲームというジャンルだろうか、コインらしきものを穴にどんどん入れているお婆さんの姿があった。

 なんか凄い枚数のコインを持っている感じだけれど、あれは何円ぐらいのものなのだろうか。五千円ぐらい? もうちょっとしそうな感じもする。

 全くやったことがないジャンルなので、少し気になりはしたけれど見ている感じ席が、全部埋まっている様子なので今回は見送ることにした。

 まぁ後結構お金かかりそうな感じがしたっていうのも、あるにはある。

 次も数歩歩いていくと、壁に貼ってあるゲームのポスターに行き着いた。

 そのポスターには、カッコイイキャラから、可愛いキャラまでも描かれた見事に全員集合みたいなイラストだった。

 その中の一人のキャラクター、魔法少女らしき女の子に私は、目を、心を、意識、私の何から何までも奪われてしまった。

「可愛い」

 私は小声で呟いた。

 心の中では大声で呟く。

 可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い!

 この子が出てるゲームをやりたい。

 そう思った私は、ちょうど近くを歩いていた店員さんに声をかけた。

「すいません」

「はい。なんですか?」

「この子を使えるゲームってどこに置いてありますか?」

 キャラに指を指しながら聞くと、店員さんは優しく対応してくれた。

「そちらのゲームでしたら、こちらですね」

 店員さんが迷う素振りも見せずに歩き出したので、ポスターにお別れをしながら私も歩き出す。

 歩いて店員さんが止まった場所は、店内でも端の方だった。

「こちらですね」

 そう言って店員さんが、示した方向には機械の台が、四台ほど置いてあった。

 四台の内三台にはもう人が座っていた。

 今すぐにでも台に座ろうとしている足を一旦止めて、店員さんに頭を下げる。

「ありがとうございます」

「いえいえ仕事ですから。ゆっくりしていってくださいね」

 店員さんは私に微笑みかけ終わると、立ち去って行った。

 そんな店員さんに感謝しつつ私は、台に座った。

 画面にはゲームのデモ画面が、映し出されていた。2Dのドットのキャラが一対一で戦っている画面。

 その中の一人には私がさっき全てを奪われた女の子のキャラクターが、戦っていた。相手はよくわからない赤色の服装をした男のキャラクターだった。

 そんな二人のキャラクターが戦っているデモ画面を、数秒見た後手元に目線を移すとそこには、丸いボタンが六つ並んでいるてその横には、丸い玉が棒に刺さっている、多分キャラクターを操作するためのレバーのようなものだと思う。

 とりあえずレバーをグルグル回したり、ボタンをパチパチと押してみる。けれど別段何かゲームが始まったりはしなかった。

 どうやったらあの子を操作できるのかと周りをキョロキョロしていると、隣の席に座っていた、私と同い年ぐらいの髪が長い女の子が、話しかけてきた。

「どうしたの?」

 眼鏡姿で髪も短めで大して手入れもしていない私は、綺麗な髪、整った顔立ちの彼女に見惚れながら返事を返す。

「あ、あのどうかしたとかではないんですけど、ちょっと聞いても良いですか?」

 私はなんだか上級者ぽい彼女に、質問をしてみることにした。

「うんいいよ! ゲームの人口が増えるのはわたしにとってもプラスだしね。それで何から教えてほしいの?」

 彼女は、椅子を少し私に近づけながら笑顔を返してくれる。

「あ、はい。そのですね。このゲームってどうやって遊ぶんですか?」

「うん? どういうこと?」

 首を傾げる彼女を見て、私は説明が足りなかったと慌てて説明を追加する。

「私ですね。あそこに貼ってあるポスターに写ってた魔法少女みたいな女の子を、動かしたくってですね。どうやったらその子を動かせるのかなって」

「あーそういうこと。それならまずは、ゲームを始めてみて」

 どうやら私の説明は、まだ足りなかったらしい。私はゲームの始め方自体を聞いたつもりだったのだけれど、彼女はちょっと違う結論に至ったみたい。

 始め方をどうやって聞こうかと戸惑っていると、彼女は指を指して優しく微笑むのだった。

「ここだよ。ここに百円玉入れるの」

「あ、ありがとうございます」

 私は鞄から財布を取り出すと、言われるがまま百円玉を入れた。

 するとさっきまでデモ画面が流れていたモニターは、アーケードモード、トレーニングモード、オンラインモード、などなどが書かれた画面に切り替わった。

「オッケー始まったね。でも始めてもらったのはいいけど、わたしゲームを誰かに教えるってやったことないから、何から教えればいいのかわかんないんだよね」

 うーん。と彼女は悩みだしてしまった。

 初対面の相手にここまで真剣に悩んでくれるってことは、彼女とてもいい人そう。

 そうだ! と彼女は何かを思いついたのか悩んでいた表情を笑顔に変えた。

「わかった。とりあえずアーケードモードっていうの選んでみて、それならキャラも動かせるし、やりながらどんなゲームかも教えられるからね」

 アーケードモードは、メニュー欄の一番上にあった。私は多分決定ボタンであろう丸いボタンを押す。

 するとメニュー欄が写っていた画面は、複数のキャラアイコンが、写っている画面へと切り替わった。

 その中にはさっき戦っていた男のキャラ、そして魔法少女のキャラ、などの総勢十体ほどのアイコンが並んでいた。

「魔法少女ってなるとこの子だよね。ナチラプ、この子のアイコンが光るところまでレバー動かしてみて」

 私は、カチ、カチとレバーを慣れない手つきで、動かす。そしてナチラプと彼女が呼んだキャラのアイコンが光ると、画面の上半分にナチラプの2Dモデルが登場した。

「可愛いー」

 ナチラプを見て私は、思わず小声で言ってしまった。

「はははー、ホントに好きなんだねナチラプのこと」

 何故だか嬉しそうな彼女に私は、勢い良く首を縦に振る。

「このフォルム。この衣装。この声。全部が愛おしいです!」

 私のオタク心に火がついてしまった。

 あんまりアニメとかは観る方ではないのだけれど、一回可愛いと思ったものにはハマってしまうのが私の性格。

「そっかそっか。じゃあ始めよっか」

 そう言いながら彼女は、もっと椅子を近づけてきた。

 私は少し緊張してしまう。


 それから彼女は、私にゲームについて色々と教えてくれた。

 このゲームのジャンルが、格闘ゲームというジャンルということ。

 どうやったらナチラプが、可愛く動くのか、どうやったら技が出るのかなどなどを教えてくれた。

 椅子の距離は最後にはなくなり、ゼロ距離の隣同士で教えてもらう形になった。

 正直その状況になってからは、緊張でレバーを上手く動かせはしなかった。けれどなんかいい匂いを嗅げたのでよかったことにする。


 店内を出て私は、彼女にお礼を言った。

「今日はありがとうございました。色々教えてくれて⋯⋯」

 そこで私は、彼女の名前を教えてもらっていないことに気づいたので、うん? とこちらを見ている彼女に聞いてみる。

「あの。名前を教えてもらってもいいでしょうか?」

 私の質問で、彼女も名前のことに気づいた様子を見せた。

「そっかまだ名前も知らないのか。うんわかったいいよ名前ぐらい」

 返事に私は緊張で、強張っていた表情を笑顔に変えた。

「でもね一つ条件があるよ」

「条件ですか?」

 条件。厳しいものだと諦めるしかないけど⋯⋯。

「そう。条件。それはね、わたしに対しての敬語をやめること」

 私は、ホッとした。案外条件が緩かったからだ。

「そんなのでいいの?」

 早速辞めてみた。

 すると彼女は何故だか、口元を手で隠し顔を赤らめていた。

「うん。いいのいいの、それでいいの」

 そんなことを言いながら彼女は、息を整えた。

「うん条件クリアだね。それじゃあ名前だっけ、わたしの名前は凪桜なおって言うんだ。ちなみに高校二年よろしくね」

 凪桜──いい名前可愛い名前。それにやっぱり私と同級生だった。制服が違うから別の高校だとは思う。

「それで、あなたの名前は?」

 私は慌てて口を開く。

「あ、ごめん。私の名前は雪火ゆか。同じく高校二年よろしくね!」

「やっぱり同い年だったのか」

 この言葉を皮切りに、凪桜は歩きだした。

 私も凪桜を追う形で、返事をする。

「うん。そうらしい」

「そうかそうか。明日もゲーセン来る?」

「うん行こうかなって思ってる」

 私の返事で、妙に嬉しがっている凪桜は、それを隠すように言ってくる。

「そっかじゃあ明日は、もっと難しいことも教えるからね」

 自慢げに言う凪桜に私は、笑顔で返事を返すのだった。

「了解!」



 そんな初々しい時から数年後、私と凪桜は同棲していた。

 うん、まぁ言ってしまえば、付き合っているのだ。私が初めてゲームセンターに行ったあの日以降、私と凪桜の関係は途切れることなく続き、成り行きで付き合うことになり、そのまま同棲をすることになった感じ。

 まぁ間にも色々ありはしたけれど、別段話す内容でもないので、割愛。

 立派な社会人になった私たち二人は、仕事が終わると家に帰ってきて決まってやることがある。

 それは、格闘ゲームで負けたほうが今日の夕飯を作るというルールの戦いだ。

 私たちにとっては聖戦なのだ。だって勝てば相手の手料理を食べられるのだから。

 負けらない戦いが、私たちの家では毎日起こっている。

「それじゃあやろっか」

 私より少し遅れて帰ってきた凪桜は、帰ってくるなり勝負を仕掛けてきた。

「うん。今日は負けないからね」

 というのも同棲してからもうすぐで、一年が経過しようというのに私は、未だに凪桜に勝てたことがない。

 つまり私は、未だに凪桜の手料理を食べたことがないということにもなる。

「まだまだわたしには追いつけないよーだ」

 私をおちょくりながら凪桜は、二人分のコントローラーを用意した。

 そしてゲームを起動して、対戦画面でキャラセレクトをする。

 私は昔始めた当初から変わらず、ナチラプを使っている。

 どれだけナチラプが弱くなろうと、私はナチラプを捨てなかった。だって好きだから。

 いつもはこのままお互いが、持ちキャラを選んで勝負を開始するのだけれど今日は、違った。何故か凪桜がレバーをグルグル回しながら、どこか拗ねている様子だ。

「雪火はさ、ずっとナチラプ使ってるじゃん?」

「う、うん。使ってるよ」

「使い続ける理由って、可愛いからだよね」

「まぁうんそうだね」

「そっかそうだよね。可愛いもんねナチラプ」

 明らかに拗ねている。

 だって私が、目線合わせようとしてもわざとそらしてくるもんな。こういう時は大抵、凪桜のほうが可愛いよとか、言えば期限はよくなるのだけれど⋯⋯。

 とりあえず言ってみる。

「ナチラプももちろん好きだけど、私が一番好きなのは、凪桜だよ」

 こんな恥ずかしいセリフを言うなんて子供の時は、考えもしなかったなー。

 肝心の効果のほどは、効果的面だったようで、とても照れていた。顔を赤らめさせ、私とは逆の方向に顔を向けるぐらいには、照れていた。

「そ、そうなんだー。まぁそんなの知ってるし、言われても別に嬉しくはないんだな」

 私は最近気づいた。私の彼女は案外ちょろいということに。

 その後すぐに対戦は始まり、結果私の惨敗だった。

 対戦が始まる寸前まで、照れて画面もまともに見れてなかったのに、始まった途端まじめにやるんだすんだから凄い。

「わたしの勝ちー! 今日もよろしくね」

「はいはい。やりますよ、明日は負けないからね!」

「頑張ってな」

 凪桜は、はははーと笑いながらお風呂に向かった。

 私はクソーと心の中で思いながら、料理を作り始める。

 これが私と凪桜の同棲生活。

 まぁ楽しくやってます。

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