第287話 「ジェレマイアの墓参り」

今日は、ある故人こじんの墓参りへとやってきた。


大地と、黒森を区切るように引かれた土の壁が東西にえんえんと。


ここは王国領、北の砦。

王国の北にある黒森との防衛拠点であり、冒険者として一ツ星のころ、ここでの戦いに参加した。


イリム、カシス、ザリードゥとともに森の魔物を数え切れぬほど叩き、そして【紅の導師】ジェレマイアが闇産みの糸にまれた場所だ。


「やあ、久しぶりだね。【火線使いレッドライナー】……いやその呼び名はもう古いな。【焔の御使みつかい】」

「オスマンさん」


砦の防衛隊長のオスマンと固く握手をかわす。

彼も冬との戦いを生き延びたのだ。


「聞いたよ。まさかあのときの青年が魔女を討ち取るとはな。……あの日、『火弾ファイアボルト』を600発はいけると豪語した君に驚いたものだが、そんなものではなかったな」

「……いえ。

 あの戦いのあとあなたから貰った彼の日記。ジェレマイアさんの『赤表紙本』がなければここまで強くなることはできませんでした」


その言葉に、オスマンは自慢げに口ひげを撫でた。


「そうか。あの日、君がかなりの使い手になるだろうという私のカンは当たっていたわけだな。……これは自慢話ができたよ。息子や孫に『私も世界を守る一端いったんになえたぞ、なんとあの御使いの手助けをしたのだ!』とね」


冗談めかして笑うオスマン。

しかし俺はこれまで気になっていたことを口にする。


「その、どうして俺に託してくれたんです。親友の、紅の導師の日記を」

「ふむ。まあ確たる理由はないのだが……しいて言えば『懐かしさ』かな」

「懐かしさ?」


「ああ、君を見ていて、君と話していて……子どものころのジェレマイアを思い出した。どこが、とははっきりはわからん。まあカンだな。なんとなく、君とあいつはまるで同郷の者のように似た雰囲気をまとっていたのだよ」

「……。」


オスマンはジェレマイアの幼馴染おさななじみだ。

彼の日記にたびたび出てくる。

彼のひとつ下の産まれで、ともに成長し、ともに同じ魔法使いの師事をうけ、……ある地点からいっきに差が開き、ジェレマイアは冒険者に、オスマンは王国の兵士に。


だがその後も交友が途絶えることなく、彼がクモに喰われるまでそれは続いた。

『戻ってきた』ときも、まず第一に無事を知らされたのはこの人であると。


「……オスマンさん」

「なにかね?」

「あなたのカンは当たっています。彼と俺は同じ故郷の産まれです。同じ場所から訪れた者です。すぐには信じられないかもしれませんが」


不思議な顔をするオスマン。


「……同郷? というと私やヤツと同じアリア村の産まれか、しかしあの村はもう……」

「いえ、違います」

「?」

「俺と彼は、もともと違う世界からきた存在です。この世界ではもうばれることのなくなった存在です」

「――それは、」


そうして、ジェレマイアの転生について。

俺の転移について。

まれびとを守る活動をしていたことについて。


話が終わると、オスマンはとても複雑な表情かおをしていた。


「……どうして、私に?」

「これまでも、たまに。

 これはと信用に足る人には打ち明けていました。特にあなたのように地位も力もある人物には」

「……。」


「それにあなたはジェレマイアの親友です。彼と一緒に育ち、彼のひととなりを知っている。そんなあなたになら、話すべきかと」

「……ヤツを知っている私なら、ヤツがまれびとであろうとも、キミがまれびとであろうとも裏切らないと?」

「ええ。そしてあなたは信用できる」

「……。」


氷の魔女がいなくなったいま、『異世界召喚』も『異世界転移』も行われず、すなわち【まれびと】は生まれない。

しかし、いずれ……いつかの未来で『召喚』や『転移』が起こらないとも言い切れない。


その時。

彼や彼女らが、同じ悲劇に見舞われないよう。

この世界の認識からじょじょに変えていかなければならない。


少しずつでもいい。

げんに西方諸国は教会の助けもあり、いくつかの都市や村ではまれびとへの私刑は禁止となった。


氷の魔女という脅威がなくなったことにより、『排除』から『調査』に目的が変わったという名目で。

聖女のレーテや、司教さんのカリスマにもずいぶん助けられて。


「……ふむ。すぐにはのみこめんが……こんどヤツにも聞いてみるよ」

「ええ、そうしてください」


「と、そうだな。ヤツの墓はこちらだ」

「はい」


砦からはなれ、背後の森へと歩くオスマンについてゆく。

すでに紅い魔法使いは死に、彼とは墓前で語らうしかできない。


しばらく小道を歩くと、ぱっと森が開けた空間へでた。

ずいぶんと広い。

あちこちに石づくりや、ただの木の棒でできた墓が。

ここは、黒森で戦死した者や、身寄りのない者の共同墓地だ。


みけと初めて会った、王国の墓地にも似ている。

さらにオスマンについて行くと案の定、かなりしっかりした墓石がつらなる区画へと。


「ここだ。これがヤツの墓さ」

「……。」


真っ白の、おおきな大理石。

切り出されたばかりのように、ツヤツヤの石面で、正面には紅いルビーがはまっている。

そしてルビーの下には、石面を埋め尽くすかのような彼の偉業、あだ名の数々がこれまた赤い文字で彫り込まれている。


「とてつもなく豪華ですね」

「ああ、さすが【紅の導師】だろ」


自慢げにひげを撫でるオスマン、たしかに友として誇らしいだろう。


「ジェレマイアさん」


墓の前に座り、彼が愛したパイプをコトンとそなえる。

彼が最後に所望したもの、そして結局は叶わなかったもの。

ついでに、王都の店で仕入れた最高級の煙草もそえて。


「…………。」


それから、静かに彼の冥福を祈った。

彼はほかのまれびとや勇者と違い、どちらの世界へかえることを願ったのかはわからないけれど……。


「ふうむ、これはこれはずいぶん上等なパイプ草だね。フローレス島時代の、ラビットお手製とは」

「ええ、かなりしましたがあなたから引き継いだ『赤表紙本』に比べれば、まあ」


「それにそう、コレでなければ。この『竜血樹』でできたパイプ、これがなくてはせっかくの旨いタバコも台無しだ」

「ユーミルが回収したそうです。そうでなくては今ごろ、水にのまれ行方不明だったでしょう」


「なるほど、つまり彼女は私の命の恩人となるな、いずれ礼をしなければ」

「ええ、喜ぶと思います。 ……って、」


……ん?

いくら墓前での語らいとはいえ、こうまでしっかり聞こえるものだろうか。


不思議に思って目をあけると、墓石の上に人が立っていた。


目が覚めるような赤いローブがばさばさと風にゆれ、これまた真っ赤なつば広帽のしたで自慢げにほほ笑む男の姿。


「ビンゴ!!」

「うおいっ!!」


目の前で墓が吹っ飛んだ。


バーーーン! という効果音を使いたくなるほどのみごとな爆発四散、石材はすべて粉塵ふんじんと化し、それでいてこちらには塵ひとつ掛からぬように。


「対策なしでは打つ手なし。だがまあ、君と君のお仲間のおかげでなんとかなったな!」


そうして、自身の墓石があった場所にどうどうと立つ紅の導師。


「師匠クン、これが米国式の、本場のドッキリというやつだ」

「ちょ……え? ジェレ……マイアさん?」


「ああ、紅の導師。みごと生還さ!!」


意味がわからないとパニクる俺の肩を、ばしばしと叩くジェレマイア。

そして背後からはこのむちゃくちゃな人物の友人であるオスマンの声が。


「はあ……キミにもわかったかね。コイツと友を続けるのはなかなか疲れるのだよ」


------------


いつまでも墓地でふざけているわけにもいかないと、場所を移し今は砦の屋上、すなわち黒森を望む壁の上だ。


さっそく煙をたのしみながら、ジェレマイアがあの時の『からくり』を説明する。


「私は魂がふたり分ある。この世界の赤子のものと、まれびとたる私のものと。魂だけで『召喚』された私は、すぐにも消え去る運命だった。すぐ近くに、凄まじいシルシを持つ赤子がいなければ」

「……。」


それは彼の日記で知っていた。

この世界でおそらく唯一ゆいいつの『異世界転生者』である理由。


「その特性をなんとか活かせないかと、試行錯誤しこうさくごのすえ行き着いたのが魂の分霊ぶんれいだ。これにはリディア嬢にずいぶん助けられた」

「……分霊……」


「あのとき魔女に『死ね』と宣告され自死したのは、まれびとたる私の魂だろう。あそこでたしかに『私』は半分殺されたが、残る半分は生きていたのだよ」


コツコツ、とくわえたパイプを指で弾く。


「この、愛用のパイプに逃してね。そしてそのいわば私の片割れと、あらかじめ用意しておいたあの『墓石からだ』が繋がることで……こうして二度目の『転生』が可能となったのさ」

「……なるほど」


理屈はわからなくもないが、やってることは凄まじい。

さすが、紅の導師。

この世界最高の魔法使いは伊達だてではない。


「しかし、そうすると今のあなたは『まれびと』ではなく『赤子』のほうになるのでは?」

「いや、私と彼は産まれるまえから魂のレベルで混じり合っているみたいでね。さいわい人格に変化はない。まあそのおかげか『前世』の私と今の私はすこしばかり性格が違うのだが」

「ふむふむ」

「以前の私はずいぶん堅物だったからな……自分が魔法使いになったなど、バカバカしくて受け入れられなかったろう」


たしかに。

基本しっかりした大人という印象のジェレマイアだが、さきのドッキリなど子どもっぽくお茶目でキザなところもたびたびあった。


そのジェレマイアは、にかりと笑いながら黒森を指差した。


「でね師匠くん、聞いたよ!」

「なにをです?」

「君はいまやあの【四方】の末席だそうだね!」

「あぁー、……ええ、まあ……」


気絶していたので実感はないのだが、いつのまにやらそんなコトになっていた。


氷の魔女を倒したことで、そして勇者が亡くなったことで、今の四方は『蜘蛛』『幼女アスタルテ』『死神イクリプス』『ワイ』となっている。ブレスオブザワイ、個人的にはあまり嬉しくない。


「それでどうかね! 次は蜘蛛を殺し、階段をまたひとつ登るというのは! オトコノコなら最強を目指し、」

「全力でお断りします」

「なんと!」


ガッデム! みたいなポーズで頭を抱えるジェレマイア氏。


うーん、やっぱり。

強くなるということはこういう無茶振りをされるということでもある。


なんならいまから譲ってもよいのだが……たしか次点は『異端の魔女リディア』なんだよな。


あの最恐コンビがふたりまとめてはどうかと思うので、できれば引き継ぎは『導師』でお願いします。



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TIPS・「闇産みによる評価シート」


※蛇足だろうと省いたものです。興味のある方だけどうぞ。

 前章最終盤あたりの、ニンゲン最強格たちのステータス回です。


本来は237話「幼年期の終わりはいずれ……」にて、蜘蛛があちこちに触覚を伸ばし情報の収集・解析を行っていたところに差し込むつもりでした。


虫の思考なので無機質なコンピューターのように書こうと思ったら「宇宙人が送り込んだ人類監視装置」みたいになったので本編採用はボツに。

そういうネタは好きだけど今作はファンタジーです。


ちなみに書いてある設定は本編世界と同じですが、ワードや書き方にはおふざけがありますね。


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[氷の魔女]存在濃度18.5


世界根による記録:対世界太陽系第三惑星地球、A.F.2010年12月25日より『召喚』


特筆事項:日付は召喚対象指定『救い主』によるエラー

     2重・3重のエラーであり世界間移動に齟齬を生じ

     精霊界を経由 個体名を奪われる


危険事項:上古の霜を操る

『召喚』をたびたび行う


危険度:A

敵対度:E


生存許可判定:C

[炎の悪魔]存在濃度17.2 注釈・極めて一時的 平素は14.5


世界根による記録:対世界太陽系第三惑星地球、A.F.2020年01月17日より『召喚』


特筆事項:対象は一度、時間改変を実行

     『行きて帰りての法則』により2度めは実行不能のため保留


     指向性により精霊界を経由 個体名を奪われる


     一度対世界に戻り、再びA.F.202-年-月-日より『転移』

     未知の術式により日付の特定は困難


危険事項:上古の焔を操る

     空間を操る


危険度:A

敵対度:D


生存許可判定:D

[紅の導師]存在濃度14.3

世界根による記録:対世界太陽系第三惑星地球、A.F.2015年06月14日より『召喚』直後に『転生』


特筆事項:ニンゲン種のなかで最も強いシルシを所有

     ふたつの魂を混在して所有


危険事項:順行の時間を操る


危険度:B

敵対度:S


生存許可判定:D

[異端の魔女]存在濃度14.1

世界根による記録:現地生命体


特筆事項:ニンゲン種のなかでも特に強いシルシを所有

     【果てなき地下道アビスゲート】の秘奥により通常の生命を放棄

     カテゴリ・不老イモータルオブジェクトに分類


     黒森・死神にちかしくちかしい力を操る


危険事項:落し子を所有


危険度:D~A

敵対度:E


生存許可判定:C


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現時点での文明許可判定:D


A~C 望ましい

D  要警戒 

E  レッドゾーン

F  浄化実行


※中世ベースではあるが、流入したまれびとによる技術や文化により一部がいびつなものとなっている。

 そのため、突然文明レベルや人類のエリア支配率が闇産みの『許容範囲』を越えることも十分考えられる。

 もちろん、彼女や黒森に対する攻撃には容赦ない制裁が待っている。

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