第273話 「北方山脈防衛ライン」

【北方山脈】防衛地点。

アスタルテが開け、師匠が貫いた突破口を囲うように防衛ラインはある。


あれから1時間か、2時間か。

ここで戦うもので、誰一人としてそれを正確には答えられまい。


へいはいまだ健在であったが、

ほりは魔物の死体、つまりは砕け散った氷に埋め尽くされもはや機能していない。


「くそっ、これで最後だ!」


射手が悲鳴のような声をあげ矢を放った。

それは凍える大気を切り裂きながら飛んでいき、一匹の雪翼竜ワイバーンの胸を貫いた。


これで彼の射手としての役割は終わり。

そんな光景がそこかしこに。


矢も、そしてもちろん魔法にも『弾数』がある。

数に限りがあり、無限に放つことなどできない。


……無限と思えるほど放てる者もいるにはいるが、そんな者は一握りだ。


地上はドワーフの突撃、そして他にも近接戦が得意なものが今も食い止めている。

空は、ありったけ用意した矢や石、魔法使いで食い止めていた。


だが、その『飛び道具』の雨ですらすべての翼竜を止めるのは不可能であった。

『飛び道具』がじょじょに減りつつある現状ではなおさらに。


「GYUGYAAA! GYUGGYAAA!!」

「GWAA! GRYUUUUUU!!」


突破口、山の切れ目から翼竜が次々と。

それはかるがるとへいのうえを過ぎ去り、南の空……ニンゲンの領域へと飛び去っていくだろう。


だが、それはひとりの聖女により防がれた。


「――『城壁グレーターウォール』!!」


聖女レーテの叫び……いや祈りに応え、これで5度目となる『奇跡』が行使された。


飛ぶものを抑えるには低すぎる塀を補強するかのように、視えない壁がずらりと展開される。


「――GYA!?」


そこへつぎつぎと『激突』する翼竜たち。


間抜けな声をあげ、首がへし折れるもの。

あらぬ方向へ羽根を折り曲げ、くるくると落下するもの。

勢いがよすぎて、そのまま壁で破砕クラッシュするもの。


――都合10匹の翼竜が、守りの奇跡により死亡した。


「――ハアッ……これでまたしばらく持ちます……!!」

「……姉さん」


聖女の弟、マルスが今にも倒れそうな彼女を支える。

この真冬のような寒さのなかにあって、ひたいには玉のような汗がいくつも。

顔色は死人のようですらある。


「……くっ」


しかし、彼には彼女を止めることはできなかった。

『飛び道具』が底をつきつつある今、空の守りのかなめは彼女である。


城壁グレーターウォール

ひとつの王国と同等の防御力を有し、ひとつの王国を一撃で滅ぼすレベルでないかぎり、あらゆる攻撃を完全に無効化する最上級の奇跡。


現在、この奇跡の習得者は世界でただひとりだけ。

そして彼女はこれを、一度の行使で20分ちかく維持できる。


……しかもそれを5度。


一度行使できれば上等、気絶もやむなしといわれる大奇跡を5度も。

まさしく命を削りながらの祈りを続けている。


------------



『『はぁああっ!』』


ゴーレムみけの全力の拳を、目の前の【氷の巨人】が受け止める。

サイズも、体躯も、彼女のあやつる巨人ゴーレムそっくりだ。


――『模倣パーシャル』? いや『幻像ヴィジョン』? いずれにせよこんな短期間で模倣マネするとは……!!


戦いの序盤は楽なものだった。


巨体をぞんぶんに振りまわし、踏みつけ、掴み、千切っては投げ。

あたりに降りはじめた粉雪といい、相手をする雪の魔物といい、まるで雪合戦でもしているようだった。


空を飛ぶ雪翼竜ワイバーンにてきぎ、『魔法の矢ハンドキャノン』を撃つ余裕もあった。


しかし途中から……粉雪が吹雪に変わりつつあるころから。

霜の巨人フロストタイタン】としかいいようのない新手が現れた。


氷とは思えないほど柔軟な体。

それでいて雪ほどやわくはない。

適度に湿り気をおび、容易には崩れないまさしくしも


この巨体のフルスイングを、たやすく受け止めるほどに。


「――くっ……いいかげんしつこいですよ……!!」


右腕を再度振りかぶる。

それと同時にひじと右足に魔力を叩き込む。

圧縮されたソレがいっときの溜めチャージののち解放……噴射バーニアの推進力を乗せたふたたびのフルスイングをお見舞いした。


『『――はぁああああああっ!!!』』


そうして、防御しようとした巨人のてのひらごと、相手の巨体を割り砕いた。

こうすれば、この巨人はまだ倒せる。


「……。」


だが、最初こいつが現れたときはただのフルスイングで済んだ。

いまは、こうしなければ倒せない。


「……だんだん強くなってる……?」


試されているような、遊ばれているような感覚。

そもそも、こっちとそっくりそのまま見た目まで似せる意味はなんなのか。


「……もしかして氷の魔女は……


 ――――っつ!?」


いつのまにか、彼女の体……ゴーレムの体に雪トロールが何体も掴みかかっていた。


「くっ、邪魔です!」


しかし、蹴り上げようとした足の動きは何ものかに阻止された。


――地面から直接、白い『巨人の腕』が。


「――なっ!?」


それは吹雪とともにみるみるカタチを取り、足をつかんだ姿で『霜の巨人』が現れる。

それも同時に3体、腕と、腰を掴んだカタチで。


――空間から直接!? ……そうか、吹雪を媒介に……!


そう気づけばみけの判断は早かった。

掴まれ動けぬ体勢のまま――引き絞った噴射バーニアを3体に浴びせる。


高温にして高圧の、純粋な魔力の叩きつけ。

加工されていないぶん威力は下がるが、とっさの判断としては正しかった。


いっきに3体を振りほどき、そのままジェット噴射で後退。

十分に距離をとる。


……しかし、その3体は7体にまで増えつつある。


……驚きのあいだに、それは14体となった。


吹雪が吹くごとに、カタチを成す巨人の群れ。

ここからは、一方的な蹂躙じゅうりんである。


------------


「――ハッ、ハアッ……!!」


あれから……あれからそう。


みけは彼らに囲まれて、羽交はがいい締めにされ。ずるずると引きずるように運ばれていった。


みけはかつて山脈があった地点で戦って、防衛ラインに入る敵の数を削いでいた。

しかしそこから北へ、そして焔の道ブレイズロードからも引きずり出された。


破壊不能金属イモータルオブジェクトたるアダマンタイトは、あらゆる物理的・魔法的な破壊を受け付けない。

熱も冷気も通さず、たとえマグマの中に放り込まれても耐えられる。


最初は意味のない行為だと思った。

げんに、まったく寒くもなければゴーレムからだにもダメージはない。


……しかし、5分を過ぎたころだろうか。


じょじょに、機体のなかの温度が下がっていき、それはすぐにも外と変わらなくなっていった。


「……かっ……こほっ!!」


凍てつく冷気が肺を犯し、破れた肺胞からつぎつぎに血があふれる。

それはみるみる気道を駆け上がり、口からごぼごぼとあふれだす。


「はあっ……つう……」


……それを、魔術でなんとか対処していく。血を操作し、肉体を修復し、温度をコントロールし。

しかし、圧倒的に『冬』のほうが強い。


「……なぜ……なかにまで……?」


戦いにより機体のどこか、接合部なりが損傷したのか。

それとも上古じょうこの精霊は、征服不能アダマスを越えるのか。


「……くっ……師匠さん……!」


彼がいれば、同じ上古の精霊を操る者がいれば、問題なく対処できただろう。

しかも炎。

最初から、問題にすらならない。


「……このままでは、みなさんも」


彼女は視線を防衛ラインへと向けた。

自分というコマが抜けたことで、もはや津波のように敵が押し寄せている戦場へと。


……ってあと1分、

ドワーフはすでに数を半分以上に減らし、士気も下がっている。


……保ってあと30秒、

矢を、魔法を放っている者はごくわずか。


……保ってあと5秒……、

聖女の奇跡が、『城壁』が失われた。


そうしてみけの予測どおりに、ほりの一箇所が決壊した。

壊れたダムのように、敵があふれだす。


ヤツらはこれから、ひたすらに南へ突撃していくだろう。

疲れも意思もなく、ただひたすらにニンゲンの世界を破壊しつく。


「……ああ……」


みけの体もそろそろ限界である。

魔術による回復、いや修復では『奇跡』にはとおく及ばない。修理のたび、そのぶんの体力を持っていかれる。


ほりもそろそろ限界である。

すでに崩落箇所は3つにまで増え、壁としての役目を失いつつある。


聖女はすでに限界をむかえた。

彼女は体のかぎり、魂のかぎりの『奇跡』を行使し……そのまま意識を失った。


「…………。」


そうしてみなの炎が、冬に塗りつぶされかけたころ。

天から火石ほいしが降ってきた。


「……あれは……」


ひとつふたつ……合計7つ。


7つのきら星が、大地を穿うがった。


戦場にまんべんなく。

みけのあたりにはたくさんに。


「――っうううう!!」


凄まじい轟音と振動。

雪の魔物が吹き飛ぶことによる突風。

戦場が真っ白に染まる。


そうして視界がじょじょに晴れたころ……戦況は一変していた。


大地に7つのクレーター。


崩れたほりは新品同様。


大地からびっしりと岩の槍。


抜けた津波まものはひとり残らず串刺しに。


「……『隕石メテオ』、『針の大地』……まさか!」


『隕石』

かつてこの彗星は、いくどもこの大陸に放たれた。

かつて黒森により、そこから沸き立つ魔物により埋め尽くされた大地に。


『針の大地』

かつてこの剣山は、いくどもこの大地に現れた。

街が襲われ混乱のさなかであろうとも、敵だけを貫いて。


ともに最上級の土の御業みわざ

上古の精霊によるものである。


「すまぬ、遅くなったの」

「アスタルテさま!!」


ゴーレムみけの肩に、白い幼女の姿。

長くたなびく白銀の髪が、この白い世界に負けぬよう輝いている。


「よう……よう耐えた。

 みけも、もちろんここに集った皆もな。


 2000年前もそうじゃった。

 2000年間もそうじゃった。

 そして今日という日もそうじゃった。

 人間は強く、そして強い」

「……。」


「みけ、まだ戦えるかの」

「――はっ、はい!」


気づけば体はいくぶん回復していた。

防衛ラインにも活気が戻りつつある。


「では、ここはもう大丈夫じゃ。

 あとはひたすらに湧く雑魚をひたすらにすり潰すのみ……あやつも、ひさびさに投入できるわい」


アスタルテが手のひらを、大地へとかざす。

するとみるみる赤茶けた丘が出現し、それはどろどろと崩れたあとカタチを取った。


「ガァアアアアアアアア!!!!」


巨大な毛むくじゃらの亀、もしくは四肢をそなえたクジラが吠えている。

目はらんらんと赤く輝き、口からは泥水を垂れ流している。


「あれがアスタルテさまの……」

「大地の守り手、最古の獣『原獣フンババ』。我の相棒じゃな」


みれば、出現した四足獣はさっそくその体全体を用いて、戦場を蹂躙じゅうりんしている。

足で尾で、それから口で。

戦場を駆け回りながら敵をむさぼり食う。


「あやつが言っておったの、広域マップ兵器だとかなんとか。こーゆー時でないとうかつに顕現けんげんもできん暴れん坊じゃ」


ひさびさの自由、ひさびさの『散歩』を思うがままに楽しむ自分のペットを満足そうにながめたあと、彼女は北へと視線をむけた。


まっすぐに伸びる、焔の道ブレイズロードのその先へ。


「……そちらは任せたぞぃ。愛弟子よ」


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※次話から主人公パートになります……が明日は投稿できないかもしれませんm(_ _)m

あと2話ほど書けばこの章終わりまでのストックができるので少々お待ちを……

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