第271話 「幼年期の終わりはいずれ……」

『縮地』で一歩を千歩として刻み、戦場の最先端へと飛んだふたつの人影。


ともに深い夜のような群青色。どこからか、夜気をたたえた冷たい風も。


死神イクリプスと

異端の魔女リディアである。


「ふう……さすが古戦場。積み上がった死、そして想い。術師としてぞくぞくしますね」

「まあ手っ取り早くやろう。さすが『本物の冬』だ。はっきりいって、手を抜く余裕はまったくない」

「あたりまえでしょう、デス太」


リディアは古戦場の、赤茶けた大地へと手を振りかざした。

魔女と呼ばれる彼女をして、この世界で最強最悪の魔女へむけて。


「ええ私も――久しぶりに『本物の死』を引き連れられて、嬉しいかぎりです」


そうして、怪異が古戦場を襲った。


生あるもの、命あるものなら吐き気をもよおすほどの『死』の匂い。『呪い』の気配が場を満たす。


おそらく、いまの一瞬で古戦場にいた小さき命……地虫みみずやねずみ、もぐらのたぐいは死に絶えただろう。


それほどに濃密な生の否定。すなわち死の歓迎。


これこそが死霊術の真髄しんずいである。

これこそがレーベンホルムの最奥である。


ひたすらに血を継ぎ死を積みあげつづけた……この世界最古の魔術師、その家系のすえである。


ゆえに当然として、


すべての霊魂が立ち上がる。

すべての死者が立ち上がる。

この古戦場にて、500年以上積み上がった数多あまたの死が。


そこかしこの地面が盛り上がり、アリの巣をつついたかのように死者があふれだす。

それがいくつもいくつも、重ねていくつもいくつも。


完全に白骨化したものが多いが、まだまだ腐りかけも。

その群れは、とてもにバリエーションに富んでいた。


そのすべてが、彼女の傘下さんかとなった。

この世界において最強の、そして最恐の死霊術師ネクロマンサーの手によって。


「では……いきましょうか、デス太。

 そして【氷の魔女】、いざお手柔らかに。

 あなたにくらべれば弱卒にして若輩ではありますが、私も魔女と呼ばれています。……ええ、【異端の魔女】と。


 ということはこれは魔女の饗宴ワルプルギスということになりますね。

 一部とはいえあなたと戦えること、とても光栄に想います」


そうして、地平を埋め尽くさんと湧き上がった死者の群れが、同じく地平を埋め尽くしていた氷の群れへと激突した。


雪の魔物は砕けるように、死者の群れも砕けるように。

たがいにたがいを破壊しつくす。


……魔女の尖兵せんぺい同士の戦い、バケモノと死者の戦い。


気の弱い者がみればそれだけで気絶しかねないだろう。


「はーっ……やっぱ『魔霧フォグ』やっておいてよかった」


死神がため息とともにつぶやく。

ふたりの後方には、彼が張った乳白色の霧が深く立ち込めている。

ゆえに、死神のフォローで幾人いくにんも救われた。


もちろんそれは、彼らを助けたいという意図ではないが。


「いまはひとりでも兵士が要る。リディアはずいぶんテンション上がってたけど……」


あたりまえの話だが、異端の魔女の軍団で、氷の魔女の軍団をすべて留めるのは不可能だ。


数の差がある。

チカラの差もある。

そうして当然、漏れもでる。


そうした少なくない数の『穴』にしっかりと対処する頭数は必要だ。

もちろん、死神も『本物』で当たらねばならない。


「――ふう、ここまで引き出すのも4年ぶりだな」


そうして、彼の手に巨大な鎌が握られた。

童話に語られる死神の得物えもの……デスサイズである。


それを2本、奇怪なカマキリのように高らかに構える。


『双ツ月』

かつて彼のものであり、彼から奪われまた取り返したもの。

かつての仲間であるカーマインを殺し取り返したもの。


そして『死想の鎌』

この鎌を構成する強固な術式であり、闇産みのチカラに最も近いもの。


かつて彼のものであり、彼から奪われまた取り返したもの。

かつての親友であり、今もそうであるフォンテーヌを殺し取り返したもの。


このふたつを同時に顕現けんげんすることは滅多にない。

大抵の相手はどちらかひとつで片がつくから。


だが相手は氷の魔女、原初はじまり原罪まちがいその人だ。

世界の停滞おわりを願う悲しき少女だ。


「――どうか、あのまれびとが彼女の願いを……いや、今はこちらに集中しないとね」


そうして、彼の両手から爆風のように『双ツ月』が放たれた。



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森の中で、巨大で醜悪しゅうあくな蜘蛛がうごめいていた。


昼なお暗い、いや夜よりも深海うみよりも宇宙そらよりもくらい森。


あらゆる尋常じんじょうの光を喰らい、

あらゆる健常けんじょうの生を喰らう。


その中心に座す大蜘蛛は、はるか東の異常に気がついた。

そこでは今まさに、自身と同質の闇と……それの模倣もほうでありながら真に迫る闇を感知した。


「――・――・キキキキ・――・――」


それに彼女はなんの感情も抱かなかった。

かつてあった無駄な機能は、この世界にこいねがわれやってきたときに削ぎ落とされた。


もし、彼女がその機能を今なお有していたならば……きっと驚いただろう。


自身のくびきを無視するどころか、同胞はらから殺しにまでおよぶとは。

自身と同種の『闇』を、これほどまでに操るニンゲンがいるとは。


しかし彼女が抱く関心事は、最初にして最古の約束を守ることだけ。


触覚を伸ばす。

下へ下へ。

東へ東へ。


それから東西南北あらゆる場所へ。


「――・――・キッ・――・――」


そうして、死んだように固まった闇産みは、再解析と再判定。すなわち深く思考の海へと沈み込んだ。



しばらくして……闇産みは判決を下した。


いまだ人類は弱く、幼年期の終わりは先である。

いまはただ、安らかに。

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