第270話 「南方山脈防衛ライン ~ロートル&ウィザーズ~」

【北方山脈】にて戦いが始まったころ、そして紅の導師がその名を遺憾いかんなく発揮したころ……別の戦いの幕が切って落とされた。


ここは【南方山脈】のふもとの【古戦場跡地】

かつてあったその土地はアスタルテにより分断され、以前の半分ほど。


その手前に、ずらりと王国の兵士が並んでいた。

兵士、なかにはちらほらと冒険者や傭兵の姿も。


黒森への防衛を、長年壁によって防いだり。

くだんの古戦場で、長年帝国と戦争ゲームをしたり。


だから彼ら、王国の民は集団戦に慣れている。

中世レベルではあるが、戦術や戦略にも長けている。


……しかし、大軍に兵略要らず、という言葉がある。

圧倒的力量差、そして数の暴力はあらゆる小細工を打ち砕く。


その言葉がまさにここ、古戦場跡地に吹き荒れていた。



「くそっ、ダメだ! 後退ーー!! 後退!!」

「馬鹿野郎、どこに『逃げる』んだよ!!」

「どこでもいい、冬のこない場所ならどこだって、たとえ外海でさえ――」


その青年の言葉は、凍える大気により止められた。

肺が潰れ、血があふれ……喉をかきむしりながら青年は息絶えた。


そんな光景がそこかしこに。


「くそっ、なぜ……南方山脈がっ!」

「終わりだ! 終わりだちくしょう!!!」


彼が恨めしそうに北の空をにらむ。

その先には、ところどころ……というには控えめなほど、ズタズタに寸断された山々が。

その、ひび割れのところどころから『冬』が、冷気がしみ出している。


北西の【北方山脈】とこちらの【南方山脈】には大きな違いがある。

それは世界での存在年数……いうなればモノにとっての存在濃度が。


歴史が、逸話いつわが、モノにチカラを宿らせる。

魂なき非生物でありながら、ソレに魂が宿る。

ソレは想いであり信仰であり、根源的な魔力マナでもある。


北方山脈は500年、ニンゲンの世界を守り続けた。

先月できたてホヤホヤの南方山脈とは比べるべくもない。


もちろん、アスタルテもそれは重々承知じゅうじゅうしょうち

だからこそ、そのぶんのチカラをあの新参者には注いでいる。


精霊力チカラはいうに及ばず、おのれの存在濃度チカラまでも。

あの山々には、彼女の血肉が通っている。

そうやすやすと破れるものではない。


ただ、ただたんに『氷の魔女』がそれを上回っただけ。

ただそれだけの話である。


「――ヌルってんじゃねーぞ!! クソガキどもぉ!!!」


腰が引け、ただ泣きわめくだけの新米・新兵とは違い、この地獄にあって戦いを続ける猛者もさも多い。


その中には、辺境の街の、ちいさな宿の亭主の姿が。


かつて大樹海を抜けたどり着いた、あるまれびととケモノの少女を出迎えた、優しくも厳しい宿の亭主である。

ひざに矢をうけて引退するまでは『大剣のラスウィン』と呼ばれる冒険者であった。


その彼に、目が覚めるような青いフードをかぶった老人が声をかける。


「ラスウェイン、まだ山は完全に崩れちゃいないのう」

「やっぱそうか。どーりでまだまだ耐えられるわけだ。本気の『魔女の領域』が来たらひとり残らずRIPおだぶつだろーよ」

「イヤじゃのう……まだ14番墓地行きは。儂はまだまだ生きるんじゃ」

「そーかよ、じゃあ10発ほど『炎の玉ファイアボール』頼むぜ!」

「まったく、人使いが荒いのぅ」


老人はしぶしぶ、しかし着実に術式を編み上げる。

それは手慣れたものであり、呼吸のようですらあった。


そう。

彼らが指摘したとおり南方山脈はいまだ健在だ。

物質的には崩れた箇所も、いまだウォールの役割をはたしている。


概念がいねん、魔力が意味持つ世界において、見た目だけで判断するのは早計である。

もちろん、物理的に壊されたという『意味』もけっして無視はできないのだが。


「じじい、終わったか」

「ふう、ほんとに人使い荒いのぅ。それにあらい。みてみぃ、西のオスマンを」

「あん?」


『炎の玉』をなんなく投げ終えた老魔法使い、その指差すほうを亭主がながめる。


その先では、さすが王国の精鋭。

黒森防衛の部隊が、的確に防戦たたかいを維持していた。


「あぁ、オスマンの小僧か。いつもどうり、鬼のような正確性だな」

「弟子のなかでは魔力も低く、そう伸びんと思ったが……うまく自分の弱さと向き合っておる」


砦のオスマン。

黒森の防衛を長年務めた魔術師であり、あるまれびとに友の遺品『赤表紙本』を授けた。

その選択がなければ、この世界の状況もだいぶ違ったものになっただろう。


「まー、となりに『神童』『魔力馬鹿』のジェレマイアのクソガキが居たんじゃ、誰だって比べちまうわな」

「あやつ、弟子入りした初日に「えっ、僕の『魔法の矢』がおかしいって、弱すぎるって意味ですか」じゃと。クッ……今思い出してもムカムカするわい!」

「あははは!!」


ふたりの老兵は思い出話に花を咲かせつつ、迫る魔物をつぎつぎとほふってゆく。


笑いながら戦い、話しながら魔法を放つ。

そんなこと、熟練じゅくれんならできて当たり前だといわんばかりにつぎつぎと。


その姿は、さきほどまで腰を抜かしていた新米には衝撃であった。


「なんだよ……なんなんだよあのジジイロートルども」

「くそっ、ただの宿の親父のくせに……くそっ!! 情けねぇ……」


その姿に、新米……駆け出しだといわれる者たちもだんだんと感化されていった。

恐怖は、泣き言は、ある種の馬鹿さ加減によってかるがると払拭ふっしょくされるものなのだ。


……その馬鹿ロートルふたりのすぐ横に、ふたつの人影が瞬時に現れる。


青き衣の死神に、

同じく青きよそおいの少女。


死神イクリプスと異端の魔女リディアである。


「おひさ、宿の親父さん」

「やあ、やってるねー。まるで全盛期じゃないかラスウィン」


「……おまえらか」


ラスウィン……宿の亭主は渋い顔をする。

彼女が幼きころ、13かそこらのときにふたりは亭主の宿に滞在していた。


非常に確立した少女と、ふわふわとした青年。

死神は本来、才能なきものには姿すら視えない。


しかし宿の亭主は現役時代のクエストで『魔眼』をえており、多少なら『霊視』も行えた。

当然、少女が宿す桁外れの死霊の群れも。


……なんども説得した。一度は傾きかけた。しかし結局、幼き彼女がその在り方を変えることはなかった。


おそらくはどこかが、なにかが遅すぎたのだ。

もしくは……この死神の青年ではなく、むろん自分でもない、別の誰かが必要だったのだ。


「何のようだ。見てのとおり、いまは忙しいんだが」

「ええ、でしょうね」

「まったくね」


「ケンカを売りに来たのか、それとも俺に説教されにきたのか?」

「いえ、どちらも違います」

「あん?」


「知人の頼みで……そうですね。たまには『人助け』、善行を積んでみようかと」

「……本気か」


「ええ。それにせっかく望む体に成れたのですから、世界を滅ぼされてはかないません」

「僕もおおぜいのニンゲン、特に子どもの死は望まない」


「それに……デス太といろいろやりたいこともありますし、世界を滅ぼされては叶いません」

「それについてはノーコメントだね」


「はあ……そうかよ」


大剣でばっさと3体のスノーオークを輪切りにしつつ、ため息をつく。


「そうだな。ただ、味方の死体を使うのは止めろ」


案の定、リディアは驚いた顔をした。

より正確には、もったいないオバケを見たような顔だ。


「――えっ、今も量産されているというのに?」

「ダメだ、士気がさがる」

「……そうですか」


うーんと悩む死霊術師。


「では【古戦場】に堆積たいせきした、年代物は? 骨と皮のスケルトンなら、旧友かも親類かもわかりませんよ。これなら抗議も抵抗もないかと」

「……ううむ……いや……」


悩みつつ大剣を振る。

今度はトロールの首がぽん、と弾け飛ぶ。


「『世界を守る』のと『なんとなくの慣習なんとなくを守る』のと、どちらが大事かというとても明確なお話なんですが」

「だあああああっ!! わかった、わーったよ!」


八つ当たりぎみに大剣を振る。

雪ゴブリンが同時に6匹、バラバラに砕け散る。


「では、王国民の許可も降りたことですし。デス太、あちらの開いてる場所へお願いします」

「ああ、じゃあ手を繋いで」

「いえ、どうせなら抱っこで」

「はいはい、お姫さまはわがままだね」


そうして死神が彼女を抱きかかえると、まばたきの間にふたりは消えていた。

『縮地』、勇者が持っていたものとは違い、真正の、生れつきの現能のうりょくである。


ふたりが消えたとたん、こんどはローブの老人がヒュン、と姿をあらわす。


「……あいつら、行ったかの」

「じじい、ほんとに苦手なのな」

「ジェレマイアといい、ガキのころから生意気なのは好かん」

「そーか」


ぽりぽりと頭をく宿の亭主。

その頭には、もはやわずかながらの頭髪しかない。

昔は……若いころはふさふさであった。


そして同じころ、目の前のじじいはモテモテでぶいぶいいわしていた。イワしまくっていた。

天才魔道士だの、なんだのと。

今夜も魔力で10連戦はいけるだの、なんだのと。


つまりこれは同族嫌悪か。


「……まあひがむなよじじい。それによ」

「なんじゃ」

「嬢ちゃんの加勢は、正直かなり助かる。アレで若いもんもだいぶ死なずにすむ」

「……そうじゃな」


「兵士にしろ傭兵にしろ、冒険者にしろ。……駆け出しが死ぬのはツライもんだ」

「じゃから儂らもキバるんじゃろが」


「ああ、違ぇねえ」


そうしてふたりの老兵ロートルは戦いを再開した。

さきほどまでは片手間に行っていたそれを、本気の戦いに切り替えて。


大剣がうなる。

炎が舞う。


それは、老いた体をかんがみぬ……本当の全力であった。



この日、ふたりの老兵が戦場のつゆと消えた。

しかしその何倍、何十倍、いや何百倍もの若者が救われたという。


駆け出し、新米と言われる若者が。


その若者たちは、いずれそう呼ばれることはなくなり、いつかいっぱしとなるだろう。

彼らと同じように、熟練とすら呼ばれる日も来るのかもしれない。


……今日のこの日、世界が閉じなければの話ではあるが。

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