第224話 「ウォーロック」

戦争を止める。

アスタルテのその言葉に、部屋のみなは一瞬わけがわからないといった顔をした。


「師匠の炎で、相手の軍を焼き払うんですか?」


イリムが、厳しい目をアスタルテへ飛ばす。

出来るだろうが、それはしていいことなのかと。

あくまでそれは最後の最後の、ほんとうに最後の手じゃないかと。


「――カカッ、そう睨むでない。言うたであろう? 戦争を止めるウォーロックのだと」


そこからアスタルテが提示した案は、大胆にして不敵だった。


さすが我が師、四方のアスタルテだ。

考え方のスケールが違う。


「じゃから、問題は【四方】の勇者、そして連れの娘っ子じゃろて」

「……そうか」


「この手段を取った場合、まず間違いなく彼奴きゃつらとぶつかる。そこから本当の戦争が始まる。【風竜】も参戦するかもしれん」

「……。」


「つまり、殺し合いじゃな」


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あのあと……段取りを決めた。

特に戦いになった場合の組み合わせ、誰が誰に当たるのかは重要だ。


それからアスタルテが提示した案のために、メイド長のじいやさんが急いで羊皮紙をとってくる。品質はもちろん最高級。送る相手が相手だし、目的からして舐められたら終わりだ。


そうして手早く、確実に戦いへの準備がすすめられた。


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「わー、師匠! 見てください最初の街ですよ!」

「……ああ、懐かしいな」


あれから2日かけ準備をし、そして皆で『飛行馬車』へと乗り込んだ。

アスタルテの『地脈移動』はひとつかふたつの対象しか運ぶことができないからだ。

そして、アスタルテにはやることが別にある。


もっか真上にはリンドヴルムが力強く羽ばたく姿。真下には辺境の街。


大樹海をイリムと抜けたどり着き、本当にいろいろあった街だ。

アルマと出会い、冒険者として依頼をこなし、それから『夜の宴』に遭遇した。


「そういえば親父さんは元気でしょうかね?」

「あぁ、こっからも見えるな。あの冒険者の宿」


いつも皿を洗っていた、気前のいい宿の親父を思い出す。


「親父さん? つうてェともしかしてあのハゲ親父か?」

「なんだ、ザリードゥも知り合いか」

「ああ、ラスウィンには世話になったからな」

「ラス……うん?」


そんなオサレな名前だったのかあの親父さんは。

疑問に思いトカゲマンに特徴と宿名を聞くと、それらはぴたりと一致した。


「俺っちが駆け出しのころ、よく戦場で一緒になってなァ。【大剣のラスウィン】ってそこそこ有名な冒険者だったんだ。膝に矢を受けて引退したが、ありゃ惜しかったね」

「おおっ、凄い戦士だったんですね」

「……ちょっと想像できないな」


「敵陣に飛び込んで、大剣でとにかくバッサバッサと『薙ぎ払う』んだ。ありゃ見事だった、うん」


すでに後ろへ流れていった辺境の街を振り返る。

そういえばあの街を去るとき、宿の親父さんは旅の手向けとして上等なワインを贈ってくれた。

礼はいつか寄ったときにでも……と。


「師匠、いつか会いにいきましょうね。もちろんお土産も忘れずに!」

「ああ」


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それからさらに北へと飛行し、しばらくして茶色の、岩肌がむき出しの山が見えてきた。

それをぐるりと深い森が包み込み、さながら富士山のような様相である。


あの森のどこかで、俺とイリムは冒険者として初めての依頼をこなした。

アルマとともに、駆け出しとしては難易度高すぎだったゴブリンの洞窟へと。


しんみりと思い出に浸っていたら、みけがあっ! と声をもらした。


「師匠さん! 見てください。あれっ、あの山。すこし雰囲気が似てません?」

「ああ、みけも気づいたか。サイズはずいぶん落ちるけどな」


「えっ、あの山って?」とカシス。

そういやニコラスとともに『異世界転移』したのがフジヤマだとはまだ言ってなかったな。タイミングもなかったし、変に懐かしませてもアレだろうとなかなか言い出せなかったのだ。


「ええと、ニコラスと戦った場所がな、富士山の中腹だったんだよ」

「へーえ……って、ええっ!?」


カシスは心底驚いている。

それから険しい顔でこちらへ詰め寄ってきた。


「みけちゃんから聞いたけど、どっかんばっかん派手にやりあったって……周りに被害は出してないわよね!?」

「ああ、『俯瞰フォーサイト』で視てたが被害者はいない。……遠くの駐車場で車がいくつもぶった切られたけど、幸い車中泊の人はいなかった」


「目撃者は?」

「いない……と思う。まあ、派手にやってたから遠くから見てたやつはいるかもしれないし、『熱杭ヒートパイル』はたぶんアウトかも」


はあー、とため息をつくカシス。


「私が『帰れた』とき、騒ぎになってないことを祈るわ」

「……そうだな」


『転移門』の解析、改良はいまもフラメル邸で続いている。

熟練アデプトの魔術師であるじいやさんや、さらにこれはと目をつけた魔術師を引き込み急ピッチで。


もし間に合うのなら【氷の魔女との戦い】の前に開拓村のみなを帰してやりたい。

万が一、本当に万が一俺たちが負けたら……この世界は永遠の冬に閉ざされる。

地球人まれびと』である彼らはこの世界と心中などしたくないだろう。


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そうして、さらに北上を続け俺たちは目的地へと降り立った。

古戦場を見下ろす小高い丘のうえ、東に目をやるとひたすらに赤茶けた荒野が広がっている。


「……ハッ、昔見たときと変わんないじゃん」

「ユーミル?」


紫ローブの少女は、軽薄ささえ感じる乾いた笑いをこぼした。


「……匂い立つねぇ。どこもかしこも悪霊まみれ。さすが古戦場、帝国と王国で数百年、積りに積もった『死』であふれてる……」


気になり『霊視』を発動させると、たしかに……なるほど。

眼下に広がる荒野に、まるでおりのように黒いモノがいくつもいくつも。


錬金術師であり死霊術師ネクロマンサーでもあるみけも、渋い顔でそれを眺めている。


「お姉ちゃんのいうとおり……そっか、悔しいんでしょうね」

「……。」


「いままでこの戦場で起きた戦争は国からすればただの外交です。そして兵士からすれば茶番です。そんなゲームのような戦いで命を落とせば……無念でしょうね」

「そっか」


「……ああ、昔は気付かなかったけど精霊になりかかってるやつすらいる。すっげ、カイランの持霊並みだよ……」


みけの悲しそうな表情とは裏腹に、なぜかユーミルは上機嫌だった。


「持霊って? ……えっと、シャーマンキング的な?」

「……そうだな、無自覚型の祖霊使いだな。もちろん弓も上手えけどさ……」


カイランというと、あの弓を同時に3本撃つ弓兵か。

イリムの並列想起の助けになった、神がかった射撃術を持つ大男だ。

彼は今闘技都市に滞在しているはずで、冬との戦いにも参加してくれると聞いた。


そう。

2ヶ月後に控えた決戦……そのためにも、明日起こるであろう戦争は絶対に止めなければならないのだ。



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※明日に地図回を投稿しますが、そのあとまた3~4日は空けるかもしれません。できれば章を書き終わってまとめてから投稿したいのですが、最近時間が取れないので……すいませぬm(_ _)m

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