第192話 「『繋ぎ』『満ちて』『閉ざせ』」

フラメルの娘の許可は得た。

すぐさま火精と風精に働きかけ、即座に物質化マテリアライズ無限装填ゼロシフトを済ませた二丁拳銃デュアルウィルドを並び立てる。


みけの展開した土のかまくらが崩壊した直後に、最速最硬で弾幕を叩き込む!


「――?」

「師匠、なにかおかしいです! 土精さまが……!?」


俺が違和感を感じたと同時に、イリムもみなに忠告を。

そうして、直後、土のドームが消え失せ……代わりに水のドームが現れた。

すぐさまソレが、体に叩きつけるように降り注ぐ。


「――ぶわっ!」

「きゃっ!!」

「うおっ!」


水というのは意外に重く、力強い。

体勢を崩すほどではないにしろ、体に殴りつけられたような痛みが走る。


びしょ濡れの髪をかき上げ、急いで【敵】を視認すると、彼はステッキを優雅に振り下ろしていた。


「させません!!」


イリムが急いで『土壁』を敷く……がソレも途端に水の壁へと変わり床へとぶちまけられる。

直後、『不可視』の衝撃波が俺たちを貫き、そのまま後方へと吹き飛ばされる。


「――チッ!!」


急いで空間を『歪曲』させ、壁への激突を防ぐ。

仲間もそれぞれ、受け身や魔法で対処している。


ユーミルは鎖をクッションに、カシスは受け流しパリィの要領で壁を盾で殴りつけ、イリムとトカゲはもちろん体術で。

そしてみけは……みけは?


部屋の中央に立つ男に目を向けると、彼はみけを羽交い締めにしていた。


「――みけッ!」

「師匠さん……ぐっ……」


フラメルはみけの口をふさぎ、にっこりと自信満々にほほ笑んだ。


「『属性変換コンバート』、それに空間魔法を用いた『斥力』に『引力』。私は錬金術師で、つまりは元来戦闘などという野蛮な行為は苦手なのだが……この程度は問題解決の力として持っているよ」

「……おい、みけを離しやがれ……!!」


ユーミルが怒りに燃えた瞳でフラメルをにらみつける。

彼女の紫のローブの下から、まるでタコの足がごとく8本の鎖がジャラジャラと鳴き声をあげながら敵へとい寄る。


死霊術ネクロマンシー、『霊動ポルターガイスト』の術式か。なるほどそれは専門外だ。簡潔かんけつに言って怖いな」

「……そーかよ、ならミンチにされる前にみけを離せ……!!」


ユーミルの、恐らくは『呪いカース』を込めた視線を難なく受け止めながらフラメルはもう一度ため息。

そうして、彼は俺と……カシスに声をかけてきた。


「そうだな、そこのふたりはまれびとだろう?」

「――なっ!」

「えっ!?」


「【向こう】で7百年近く過ごしているんだ。わかるよ。ニホンにも最近訪れたしね」

「……。」


フラメルはうんうんとうなずきながら綺麗に整えたあご髭を撫でる。

こちらの秘密を握られたところで、こいつもこの世界からしたら同じ【転移者】でしかない。

あくまで同じ秘密を持つ者同士、そこは対等である。弱点にはならない。


「――だったら、なんだって……」

「私はコレよりあちらの世界、そうだな。太陽系第三惑星たる地球に帰還しようと思う。そこでだ……」

「……?」

「キミたちふたりも、一緒に帰してあげようじゃないか?」


「……えっ、」


そう提案され、俺はほんの少し驚いた。


帰してやると言われたことにじゃない。

まったく、1ミリも、露ほども、帰りたいとは思わなかったことに。

いや、あちらの世界に対して、帰る……という言葉を使うことすら強い違和感を感じたのだ。


ちら、と同じまれびとであるカシスを見やる。


「……私は、……うん」


彼女は、ほんの一瞬迷っていたようだが、フラメルに羽交い締めにされ苦しむみけを見て決心したようだ。


「ご先祖様だかなんだか知らないけど、みけちゃんが嫌がってるでしょ。離しなさい、スケベジジイ」


すっ、とレイピアを水平に、その切っ先を中央の男へ向け構える。

視線でもって貫きながら。


「ふむふむ、正気か? 『異世界転移』の術式はそれこそ、私や……、」

「黙って。それに、故郷にはコイツに帰してもらうから別にいい。それよりみけちゃんを返して」


カシスはつい、とこちらを見てきた。

――信頼に満ちた彼女の瞳をまっすぐに受け止める。


「ああ、当然だろ」

「ふふっ、任せたわよ」


俺とカシスのそんなやり取りを、フラメルは心底呆れた顔で眺めてきた。

その間隙スキを絡め取るよう、ユーミルの鎖が彼の足元から迫る。

だが、男の持つステッキにはまった赤い石が鈍く輝くと、それだけで彼女の8本の鎖はすべて、あさっての方向へ弾き飛ばされていった。


……というより、男に近づいた端からまるでアレルギー反応のように、鎖の側が彼に触れるのを拒絶したように見える。

そこから先は入れないというより、そこから先は入りたくないとでも言うような……。


「ああ、もう『繋がった』か」

「……なんだ、空間が……?」


フラメルと、彼に羽交い締めにされたみけ。

そのふたりの周囲が、ふわふわと蜃気楼しんきろうのように揺蕩たゆたっている。


ちらちらと、その波紋の向こうに何かが見える。


なにか、とても懐かしい街並みが見える。

なにか、とても見たことのある赤い電波塔も見える。


「――なっ!!」


あれは、あれは……、


「みけちゃん!!」


異変を察知したのか、イリムが放たれた矢もかくやという速さで中央の錬金術師へ迫る。

疾走疾駆しっそうしっく、一直線に敵へと飛びかかり……やはり、ユーミルの鎖と同じように、彼女の側から弾き飛ばされた。


「――ぐうっ!」

「イリム!」


ザリードゥが素早くイリムを受け止め、同じタイミングでカシスは短剣を素早く投じた。

短剣は弾かれずにフラメルの右足へと迫り、ギリギリのところで彼は体をずらした。


「おっと、やはりキミはこちら側か」

「えっ!?」


ユーミルの鎖は弾かれた。

イリムの体も弾かれた。

カシスの短剣は弾かれなかった。


……そしてヤツの言葉、こちら側か、否か。

なるほど、つまり、そういうことか。


「ではみなの衆、御機嫌よう。私の残した『巨大ゴーレムギガントマキア』と『白い賢者の石』でなんとかやるといい。可能性はゼロにも等しいがまあ……」


独り言をブツブツつぶやきつつ陽気に手をふる男へ向けて、黒杖こくじょうを逆さに構える。


そのまま物質化マテリアライズした『火葬インシネレイト』を杖の先端から吹き出した。

全速で、全力で、全開で。


自身の後方へ向けて、つまりは己をロケットのように撃ち出して。


「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!」


「――なっ!?」


またたく間にフラメルへと迫り、そのまま黒杖の石突いしづきを彼の脇腹へと叩き込んだ。

同時に、みけの体を引き寄せ……、


「ぐっ、致し方なし!!

 ――『繋ぎ』『満ちて』『閉ざせ』!!」


フラメルが簡潔に言葉を紡ぐ。

瞬間、周囲の景色がぐるりと反転した。


そうして、

そうして。


みけを強く抱えたまま……俺はこの世界から消失した。

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