第183話 「こいつ……動くぞ!」

最後の長い通路は凄かったな。

ひたすらまっすぐに、豪華な装飾がつづいていた。

前の世界だったら、間違いなく世界遺産指定まったなしだ。


「こんなもんですか、交易都市の地下は。正直ガッカリです」

「イリムは不満そうだな」

「でも、これから先が本番、【四大】ダンジョンがひとつ、【底なしの立方体クラインキューブ】です!」


クラ……俺その名前聞くのちょっと恥ずかしいんだけど。


だが確かに、今いる小部屋の床にはぽっかりと、まるで底なし沼のように穴が開いている。

みんなが部屋に入った瞬間、突然小部屋の入り口が閉まり、部屋が振動。

しばらくして床の一角がスライドし、落とし穴のようにそれが現れたのだ。


「真っ黒で何も見えませんね」とイリム。

「たぶん、暗黒地帯ダークゾーンかなにかだろう。でも『俯瞰フォーサイト』がもうだいぶ弱いんだよな、どうしよ」


「……ちょっとどいてろ……」


ユーミルがローブのそでから鎖をじゃらじゃらと放出し、穴の中へ放った。鎖センサー、マジ便利だな。

しばらく見えない暗闇の先を探っていたユーミルは、なるほど……とつぶやいた。


「……穴に飛び込むと、20メートルぐらいで床があるな。それ以上は鎖が伸びないからわかんない」

「気配は? あと『魔力感知センスマジック』とか『生命感知センスライフ』とか」


「……この暗黒地帯、つーか黒い膜を境に明らかに境界がある。こっから先は別の建造物だ」

「つまり?」

「……入ってみないとわかんない」

「ふーむ」


「師匠! 行きましょういざ【底なしの立方体クラインキューブ】へ!」

「……まあ、仕方がないか。悩んでいてもレーテ達が危ないし……」


「ええ、ではこれよりクライン……もがもがっ!」イリムの口を塞ぐ。

だから俺、その名前恥ずかしいんだって。


------------


カシスの提案でロープを小部屋の突起に結びつけ、下降と保険のためのザイルとする。

イリムとトカゲのふたりは20メートルなど難なく飛び降りられるし、俺は『歪曲』、ユーミルは鎖で。みけは『霊動ポルターガイスト』でなんとかなるそうだ。


「……ふつーに縄で降りるのが私だけとはね」と不満顔のカシスさん。

「まあ、そうやね」


とはいえ、万が一のために帰還用のロープを設置しておくのは意味がある。

ユーミルがいるからどうせ鎖で吊り上げてもらえば……とはならない。


「じゃあお先にな」「言ってきます、師匠!」


と真っ先にザリードゥとイリムが穴へと飛び降りた。

まったく臆せず、むしろ楽しそうに。


ついでカシス、そしてユーミル、みけ。


「……さあ、天才魔法少女にしてミリエルのお姉ちゃんが運んであげますよ」

「……ううっ、恥ずかしいです」


なんだかんだと理由をつけ、みけはユーミルが運ぶことになった。

彼女にしっかと抱きつくみけ。

ユーミルはふだん絶対見せない表情を浮かべ、にまにましている。


「じゃあ頼んだぞ」

「ほいさ」


そうしてカシスはロープでスルスルと、みけを抱いたユーミルはじゃらじゃらと、足元の暗闇へと消えていった。

ふう、最後は俺だな。


ぽん、とイリム達のように穴へと飛び込む。

一瞬で黒い膜は過ぎ去り、すぐさま視界がひらける……と、うん?


『歪曲』を落下地点に発生させるが、だいぶ力が弱い。超弱い。

……コレだとちょっとマズイかも……、


「師匠さん! 杖をしっかり握って!!」

「うぉおおお!!」


みけの言葉に従い、右手で握った黒杖こくじょうにしがみつくと、それはふわりと浮き上がり、羽毛のようにゆっくりと落下を始めた。

彼女の『霊動』の術だ。


「……おおおお、危ねー……」

「あぶねーじゃないですよ師匠!? 何やってるんですか!」

「悪い悪い」


どうやら遺跡内はまた一段と風精のチカラが弱いようだ。

だがまあ、『歪曲』がムリだとしても、今のようにみけが、あるいはユーミルが、あるいはイリムがなんとかしてくれただろうという確信がある。

……ちょっとまあ、一瞬あせったけどね。


そうして遺跡……【底なしの立方体クラインキューブ】へと降り立つ。


ツルツルとした明らかに人工的な床が広がり、四方を同じ素材の鏡のような壁が囲む。

天井を見ると俺たちが飛び込んだ真っ黒な入り口が見え、それ以外は真っ白に染まっている。


ざっと見て一辺は電車一両ほど……たしか20メートルだったか。

すべての辺が同じ長さで、まるで巨大なさいころに閉じ込められた気持ちになる。


なるほど、たしかに立方体キューブだ。

しかしこのひと部屋でダンジョンたり得るのか?

同じ疑問に至ったのか、ザリードゥが警戒を維持したまま周囲を見渡す。


「……誰もいねェな。どうなってんだ?」

「とりあえず、カシス。調査頼む……」


そう言いかけて、俺も、仲間も、異変に気付く。

不気味な重低音が、凄まじく重いなにかが軋みをたてて動き出す音が辺りに満ちる。


「なっ……!?」

「みんな気をつけてッ!!」


カシスの叫び声、振動を増す足元。


床が……いや。

この部屋そのものが。


――ゆっくりと回転を始めていた。

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