prologue0「炎の悪魔の物語3」

暗い街道で、ついに一番会いたくないヤツに出会ってしまった。


「師匠……ずいぶんお久しぶりです」

「…………イリム」


あれから、あの街で彼女から逃げ出してどれだけの年月が経ったのか、もうよく覚えていない。

ただひたすらに焼いて焼いて焼き尽くしての日々、日数など数えちゃいない。

殺したヤツも、村も、国も、いちいち数えちゃいない。

覚えておくべきことなど、何もない日々だった。


「イリム、こいつが【炎の悪魔】か?」

「……はい」


イリムの後ろには4人の人影。


いつからか、俺は炎の悪魔と呼ばれていた。

その呼び名すらどうでもいい。


『精霊視』でわずかな暗視効果をえて、イリムの仲間を確認する。


リザードマンの戦士に、紫ローブの少女、弓を構えた褐色の大男。そして……、


「――なっ!!」

「オイオイオイ、こりゃびっくりだな!」


勇者はヘラヘラと笑っているが、俺は驚きで一瞬固まってしまう。


派手派手な赤いローブに、同じく真っ赤なつば広帽。

全身にジャラジャラとした光り物をまとい、それら全てが特級の魔道具アーティファクト


「【紅の導師】ジェレマイア! なんで生きてやがる、オマエは黒森で死んだはずだろ!?」



壁で【大蜘蛛】に殺されたのをこの目で見た。

あらゆる防御が通用しない死の糸に呑まれるのをこの目で確かに。


問われた男は、長めの黒髪を乱雑に散らしながら首を振る。


「残念! 無念! ちょっとヘマをしたけどなんとかなったんだよ、うん。3分後のつもりが3年後になったのは大失敗だけどね」


相手を舐めているかのような、チャラけた雰囲気で答えるジェレマイア。

外国人であり、転生者であり、つまり故郷の世界の人だ。

俺は、彼の遺品である日記から多くを学び、強くなった。

心の中でなんとなく、唯一の師だと思っていた。


……だからこそ、


「ジェレマイア、俺はあんたの『秘密』を知っている。だからこそ問う、なんでそいつら人殺しどもと組んでいる?」

「ビンゴ!」

「なっ!?」


びしっ、こちらを両手で指差してきたので、思わず身構える。


――指差しの呪いか!? しかし体に変調はないし、そもそも並大抵の魔法は俺にはもう通用しない。体感では魔法抵抗レジストした様子もない。


「私はね、この世界で産まれたこの世界の住人なんだ。友もたくさんいる。仲間も居た。そして――」

「……。」

「キミたちにたくさん殺された」

「…………。」


無言の圧力、そして断定。


ジェレマイアの周囲に、渦を巻き大気を震わせるほどの魔力が収束しているのがわかる。通常不可視にして不干渉たる魔力は、加工するまで物理的な影響はほぼない。


……しかし、しかしだ。

ほぼないということは、ゼロではない。その量や密度が破格であればあるほど……こうして大気を弾き飛ばすほどの、草木をざわつかせるほどの『現象』を引き起こせる。


「これはヤベーかもなァ!」

「勇者、ここはいったん引いて……」


勇者と賢者も、いっきに本気モードに切り替わる。

なにしろ、こちらはさきのアスタルテ戦や死神戦の消耗がたまっている。


「『縮地』で逃げるのは?」

「この暗闇だ、奴らはこちらの手札を知ってるみたいだな」

「……チッ」


そうして、3対5の戦いが始まった。


------------


俺たちは最初、たぶん、どこかで。

「なんとかなる」と思っていた。


ジェレマイアの存在濃度レベルは俺たちと同じく破格。だが一段落ちる。

紫ローブの鎖使いはそれに次ぐ。


イリムとトカゲはヒトの壁を越えてはおらず、弓の男に関してはさらに数段落ちる。

……だが、結果として俺たちは負けた。


ひなびた街道はすでに、俺たちが引き起こした戦争の余波でぼろぼろに成り果てていた。

そこかしこに爆撃、粉砕のあと。

木々は根こそぎなぎ倒され、大地はえぐれ、雑草ひとつすら生き残りはしなかった。


「――ひゅー、ひゅー……」

「……師匠」


最後に残ったのは槍の戦士、イリムであった。


勇者も賢者も、ジェレマイアも。

トカゲも鎖使いも弓男も。

他はひとり残らず死んでいった。


【紅の導師】が破格なのは予想のうちだったが、鎖女と、弓使いもヤバかった。


特にあの大男……カイランと呼ばれていたヤツが番狂わせだ。

存在濃度が低いとタカをくくったのは間違いだった。


魔法の守りも、もちろん『矢避けアヴォイド』も特級品で揃えている。しかも多重に。それを無視して正確無比な……呪いのような精度でつぎつぎと3本の弓が襲いかかってきたのだ。


勇者は自前の剣技でなんなく対処していたが、俺と賢者にそこまでの腕はない。

なんとか防御で対応はできたが、そのせいで自由に戦えなかった。


見た目の存在濃度レベルを完全に無視した強さがあった。


……だがもう、すべてはどうでもいいか。

灰と死体にまみれた戦場跡で、ハッ……とため息をつく。


ぼろぼろの姿だが目の前でしっかと立つ少女。

あいつに、これから殺されてしまうのだから。


結局あの最初のまれびと狩り、「夜の宴」のあとこの少女から逃げ出したのは意味がなかったのだ。

あの夜殺されるのも、今殺されるのも、そうたいした違いはない。

俺の戦いの日々に意味などなかったのだ。


「………もういい、殺してくれ」


自嘲じちょう気味にヘラヘラと、もう死んでしまった勇者のように笑う。

その笑いを受けた少女は、なにか……俺の知らない表情をしていた。

いや、俺が忘れてしまった表情をしていた。


悲しみと、優しさと……他にもいろいろ、俺が削ぎ落としていったモノすべてが詰まった表情を。

そうして、俺へと一歩、また一歩と近づき、静かに体をかき抱いた。


血が失われ冷え切った体に、とても暖かでとても柔らかな熱が伝わる。

いつもいつも、俺が振りかざしていた炎とは真逆の、温かいモノが伝わる。


「師匠はほんとに……しょうがないですね」


静かな抱擁ほうようから、だんだんとつよくつよく抱きしめられる。

そうして耳元から、彼女の嗚咽おえつの声と、首元に落ちる涙。


「……ごめんなさい、師匠」

「なん、だって……?」


「……あの夜、あの街で師匠を見付けられなくて……あんな顔で師匠に誤解させて……だから師匠は、こんなことになっちゃったんですよね。師匠は悪い人じゃなかったんです。いろんな、本当にいろんなことが重なって、そしてこんな世界で独りにして……だから……ごめんなさい……ううっ……」


気づけばぼろぼろと大粒の涙が首元につぎつぎと。

嗚咽の声は大きく、イリムは泣きじゃくっていた。


……なんだろう。

……なんだろう。


……たぶん、罠かなにかかな。

……そうだ、そうに違いないよな。


……だったらこの隙だらけの状態はチャンスで、残るチカラで彼女を焼き殺さなくては……。



「イリム、ごめん」


だが、口から零れ落ちたのは違う言葉だった。

心が吐き出したのは違う言葉だった。


本当に言いたいことは、ずっとずっと、それだけだった。


気がつけば、俺もぼろぼろと涙を零していた。

泣く、なんて機能がまだ俺の中に残っていたのだ。


ずっと凍りついて錆びついていたその機能は、この少女に抱きしめられただけでいとも簡単に回復していた。

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