prologue0「炎の悪魔の物語」

異世界に飛ばされた。

獣人の村に招かれた。


人さらいどもを退治した。

なのに村から追放された。


樹海を抜け冒険者になった。

あの女アルマとともにゴブリン退治に行った。

無事生還し、辺境の街に戻ってきた。


……そうして、この世界の真実を知った。


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あの「まれびと狩り」から、2ヶ月が過ぎた。

信じていたイリムにあんな顔をされ、つまりは裏切られ……当然の行動として俺は自分の命を守るために逃げだした。


彼女は俺が異邦いほう人だと気がついた、俺にとって最も危険な存在だ。

つまり、彼女からできるだけ離れなくてはならない。


――そう考えるだけで、吐き気がこみ上げてきた。

信じていたやつで、これからも信じ続けたかったのに。

しかし、あの惨劇。

もうそんな甘ちゃんなことを言っている場合じゃない。


現実的になれ。

冷静になれ。


――俺はもう、この敵だらけの世界でたった独りなのだから。


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またひとつ、村を焼き払った。


まれびと狩りの真っ最中に出くわし、今まさに首に縄をかけ引き上げんとしていたのだ。急いで火精を励起れいきし、取り囲む村人を火だるまにした。


「ギィヤァァァアア!!」


嬉々としてまれびとを虐待していた悪魔のクセに、悲鳴はいっちょ前にニンゲンだった。その事実がより一層俺の神経を逆なでにする。


こちらへクワや鎌を手に詰め寄るもの、逃げ惑うもの、街へ避難を呼びには走るもの。それらをひとり残らず木炭へと変えていく。


気がつけば、助けた同郷人は逃げ出していた。

まあ、これでこの世界が狂った場所であると身にしみただろう。

あとの面倒までみる義理はない。


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「逃げられんぞ、炎のまれびとよ!!」


――失敗した、とんだミスだ。


どこかで漏らしがあったのか、特に十字路宿での大立ち回りがまずかったか。

気がつけば三角帽子をかぶった冗談みたいなコスプレ集団に囲まれていた。

手当り次第に炎をぶつけるが、ことごとく無効化されている。


……なんだ? そういう術があるのか? クソッ、俺はこの世界の魔法についてはほとんど知らない。本も読めない。教えてくれるヤツなんかいない。


そうして、白装束の群れの向こうに、見知った顔が現れた。

流れるさらさらとした金の髪に、翡翠のような澄んだ瞳。

錬金術師の、アルマだ。


「……師匠さん、やっと見付けましたわ。まったく、まさか異端狩りの力を借りないといけないなんて、」

「――ハッ! やっぱりな」


彼女の言葉を無理やりさえぎる。


「やはり、とは?」

「あの指輪だ。『矢避け』の指輪ってのは偽装ブラフで、追跡かなにかの魔法がかかってたんじゃないのか!? まれびとである俺を逃さないように」


「……一部は、正解ですわね」

「だろ? あんなものホイホイ理由もなく渡すわけがない」


「あの指輪は、どうしたんです?」

「捨てたに決まってんだろ、あんな気味悪いもん。とんだトラップに引っかかるところだったぜ」


「……そう……ですか」

「ああ、目論見どおりいかず残念だったな。おかげで3ヶ月も逃げ切れた」


「……師匠さん」

「なんだよ、いや。その名で呼ぶな。俺はもうそんな名前じゃない」


「今からでも、やり直せませんか?」

「――ハハハッ! その手に乗るかよ……いや、そうか! オマエは錬金術師だったよな! 実験材料かなにかで、とにかくなんかそういう理由だろ。……騙されるかよ」


しばらくアルマは、哀れなものを見る目でこちらを眺めていた。

そうかそうか。やっと本性を表したか、異世界人め。

お前らにとっちゃ俺たちまれびとはそういう目で蔑むべきゴミムシなんだろうよ。

強く強く、同じ蔑みでもってアルマを睨む。


「……変わり、ましたわね」

「ああ。もうあの頃の無知で甘ちゃんな俺じゃない。もちろん強くもなった。例えば……」


強く想起そうきした『火葬』を一気に周囲に巻き上げる。

イメージするは煉獄れんごく、地獄の炎。

黒々としたソレを強い怒りとともに。


「ぐあぁぁああああああ! 燃える、燃える!!」


余裕の表情でアルマと共に俺を取り囲んでいた白装束のうち、半数が一気に火だるまとなる。

やはり、防御の術だろうとソレを構成するモノを上回ればなんとかなるのだ。


『矢避け』にも練度レベルがあるように、やはり耐火にも練度レベルがあるのだ。

残りの半数も、まとめていっきに焼き払った。

炎が効くのならば、こんな奴らはただの雑魚だ。



「次はオマエだ、アルマ。俺の素性を知ってる奴は生かしておけない」

「……師匠さん、私はあなたがまれびとであることを、」

「だまれ。もう俺は誰にも騙されない」


黒杖を突きつけ、アルマの甘言かんげんを封じる。


「……残念、ですわね。であるならこのフラメルの領内で数々の犯罪行為を重ねたあなたを見逃すわけには参りません。領主として、処断します」

「そうか」


言い終わるやいなや、黒杖から全力の『火葬インシネレイト』を吹き付ける。

あっという間にどす黒い炎がアルマを包み込み、彼女の体を真っ黒に焦げ上げた。


ドサリ、とヒト型の木炭が倒れ込む。

ぶすぶすと煙をあげつづけ、見るも無残な姿……そして滑稽こっけいな幕引きだ。


この程度なら、もう少し手加減して無力化すればよかったかもな。

その方が後でいろいろ楽しめただろう。

魔法の腕は二流だったようだが、顔と体は一流だった。

ゴミみたいな異世界人でも、あっちの処理には使えただろうに。


「…………うぉえ」


唐突に吐き気に襲われ、その場でえづき、倒れ込む。

胸と腹がぐるぐると痛み、足はなぜか立っていられないほど力が抜けている。

気がつけば、俺はぼろぼろと涙すら零していた。


……バカか俺は?

そんなアマアマでガキみたいな部分が、まだ残っているのか。むしろそのバカさ加減に吐き気がする。この人殺しまみれの異世界で、感傷など意味はない。むしろ命取りになる。

もっと冷静に、もっと現実的に……、


「本当に、手加減なしですわね」

「――!!」


急いで背後を振り返る。

直後、両肩に激痛、ついで両足にも激痛。


「――――ガッ!!」


思わず崩折れ、ひざ立ちに。

太ももには幾本もの氷の矢が突き刺さっている。

なんとか気合で面を上げると、さきほど焼き殺したアルマがゆうゆうと立っていた。


「……なぜ、生きてる?」

「あなたと最初に受けた依頼を覚えていますか? 懐かしいですわね。あそこで披露した『幻像』の魔術です」


「……つまり、今俺と喋ってるアンタも……」

「そうかもしれませんし、そうでないかもしれませんわね」


アルマがスッ、と手を真横に振る。

なんだ? と思ったのもつかの間、激痛とともに視界が失われた。


「――ううううっ!」

「とりあえず、それで容易には術が使えないでしょう」


目だ、目をやられた!!

なんの魔術かはわからないが、不可視の何か……そう、痛みの直前強い風の流れを感じた。

真空の刃か、なにか。

クソクソクソクソっ……!!

痛みと、自分の詰めの甘さ、馬鹿さ加減でおかしくなりそうだ……!


「ここで魔術師相手であれば、シルシ剥奪はくだつすれば生かしておくこともできますが……残念です。【氷の魔女】に対抗するための逸材かと、期待した私が莫迦ばかでしたわ」

「ぐうっ……ううう……」


「あなたはさきほど、実験材料かなにか……と言いましたね。そうです、もうその手しかないでしょう。脳の機能を制限した状態で、術式の媒介になって頂きます。いいですわね、師匠さん」

「っううう……クソが……」


彼女がこちらへ歩み寄る足音。

デタラメに炎をぶち撒けようと足掻くが、激痛と視界を失った恐怖からか、うまく術を想起そうきできない。


俺はここで終わるのか? 

このクソ異世界で、他のまれびとのように……。


アルマに頭を掴まれ、そして切り裂かれたまぶたのあたりに冷たい感触。

なにか、針のようなものを当てられている。


「……最後に、師匠さん。……さようなら」


その言葉のあと、針が、ずぶずぶと押し込まれてきた。

瞼から、斜めに、恐らく頭部へ向けて。


「――いいいぃぃぃぃいい!!」


痛みと恐怖で、叫びが自然と漏れる。

なにをしようとしているのかワカラナイが、なにか、とても大切ななにかを壊そうとしているのはわかる。

脳みそへ向けて、針がぐいぐいと突き進む。


……そうして、その凶器の侵入が唐突に止まった。

どさり、という聞き慣れた音と、知らない誰かの声。


「――勇者レグルス、ここに推参!!」

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