王都小話

第72話 「アフターセッション・みけのお引越し」

表通りから路地に一本入った先にある緑の看板。

酒、食事、宿としか書いていないシンプルなもので店名はない。

ここが、いつのまにか俺たちの定宿となっていた。


店はカウンターが6席、テーブル席がひとつと狭い。

上の客室も4人部屋が3部屋しかなく、現在そのうちふたつはうちのパーティが占拠している。

そして、その残りのひと部屋にみけが引っ越してくることになった。


「でも、ラトウィッジの第一相続人はみけちゃんなんでしょ?

 迷惑料として全部貰っちゃえば?」

「そういうわけには……」


カシスの大胆な発言をみけがやんわりと否定する。

ラトウィッジには他にも相続権のある分家などがおり、そういった一切合切に関わりたくないそうだ。

そしてなによりもうあの屋敷には居たくないと。


「……術式はほとんど頂いたし、もうあの館にそんな価値ねーけどな……」

「一般に価値あるものなども、賠償金でかなり失うそうですわね」


魔法泥棒のふたりはしれっとしている。

魔法使い同士の戦いのルールはサツバツとしていて、負けたら奪われても文句はいえないそうだ。

むしろ、より優れた者に受け継がれるをよしとする文化があるそうで。


最悪なのは、術理もなにもわからぬ輩に、良くて本棚の肥やし、悪くてケツ拭く紙とされること。

中間は焚書ふんしょだ。


焚書とはなにか。

中世魔女狩りやディストピアよろしく本を焼き払うのだ。

同人誌エロ本を親や嫁に捨てられるのも焚書だ。

まこと常軌を逸した行為である。


ちなみに術式とやらの一部はみけに相続させるつもりらしい。

みけのシルシは相当なもので、子どもながらに初級の『呪い』をひと通り扱える。

それと、MPが多いタイプの魔法使いらしい。

魔法使い、魔術師に違いがあるのかアルマに聞くと、こんど教えてあげますわとのこと。


「みなさん、よろしくお願いします!」

と頭を下げるみけ。


彼女の本来の名前はミリエルらしいのだが、記憶が戻らないのでしょうがない。

それに、彼女自身もこの名前に特に嫌悪感はないそうだ。

俺たちも初対面がその名前なので、彼女が記憶を取り戻すまではみけと呼ぶことにした。

ただ、ユーミルだけは別だ。


「……ミリエル、私のことはお姉ちゃんと呼びなさい……」

「はい、お姉ちゃん」


いつも表情の変化に乏しいユーミルだが、この時はさすがにほっこりと笑っていたのがわかる。

かつては、家同士、姉妹同士とても仲のいい関係だったらしい。

姉がいるんだ?と彼女に聞くと、


「……アイツは頭おかしいから気をつけろよ、見かけたら必ず逃げろ」


とのこと。

なんでも彼女の姉妹は揃ってまれびとを識別できる特殊な目を持っているらしく、しかも姉はまれびとを逃しはしないそうだ。

逃しはしない、というのは死んでも逃さないし、むしろ死んでからが本領発揮らしい。

とても恐ろしい話である。

人相や特徴をしっかり聞いていると、


「……そうだな、師匠の『霊視』ならたぶん、リディ姉の連れが視えるかな……」

「幽霊かなにかなの?」

「……それのヤバイ奴だよ。群青色のローブをすっぽり被った、顔はめったに見せないけど髪も顔も雪みたいに白い青年だ」

「ふうん」

「……あと、もの凄いイケメン……」

「もの凄いのか」


『霊視』のときだけわかる美男美女のカップルね。

特徴ありまくりで、判別するのは簡単だな。

見かけたら逃げる、OK。


それと先ほどからまれびだのなんだのと秘密の話をしているが、今回も宿の主人は夢の中だ。

しかし、状況は違う。


しっかりとした揺れる椅子ロッキングチェアに毛布を敷き、枕まで抱えてぐっすり安眠体勢だ。

毎度密談のたび、眠らせてはチップとして金貨を置いていたが、さすがにバレていたようだ。

3度目の時にどうせ眠らせるのなら質のいい椅子と枕を用意しろ、それならお代はいらない、と言われ急いでとり揃えた。


もともとこの宿の立地や構造上、昔から密談に使う客はいたらしい。だが、睡眠スリープまでかましてきたのは俺たち(というかアルマ)が初めてだと。

本当に申し訳ない話である。



それと、ユーミルが正式にパーティに加入してくれた。


「……キミたち使えるからなぁ……特別に力を貸してやろうではないか」

「ああ、うん……助かる」

「……そこなトカゲ男もギリギリ許そうぞ」

「えっ!俺っち許されるようななんかしたか!?」


神サマ嫌いのユーミルだが、ラトウィッジ邸で活躍していたザリードゥは認めている。恐らく、彼がいなかったら食堂での防衛戦で全滅していた。


「……あと、アルマ。いろいろよろしく……」

「ええ、フラメルの娘としましても、死霊術師ネクロマンサー縁故えんこが結べるのは願ってもないことですわ」

「……それはこちらも、錬金術師アルケミストはすごく珍しい……」


ふたりは魔術師同士、Win-Winギブアンドテイクな関係を築くのだろう。

俺は術理だの術式とやらがわからないので残念ながら蚊帳の外だ。

砦のオスマンとも話が成立しなかったしな。

そういうのも勉強してみるか……。



みけの引っ越しの手伝いにラトウィッジ邸へ。

そう運ぶものも多くないとのことで、イリムとザリードゥを連れ4人で。

というかデカイ物はトカゲマン、重いものはイリムに持たせるつもりである。


本当はユーミルにも来てほしかったのだが、今ラトウィッジ家は当主が没し術式を奪われ、その残り滓を漁るのに必死だ。


表向きは、あの当主はユーミルに……というかレーベンホルム家に負けたことになっている。そこにのこのこ死霊術師が現れるのは彼らにケンカを売りにいくようなものなので、彼女は留守番だ。


彼女の姉のリディアは各地を放浪し魔術師や教会相手に荒事をおこしていて、その余波でユーミルもたまにとばっちりを食うそうだ。


王都初日に異端狩りに追われていたのはそのせいだとか。

なので、今回は姉に責任をなすり付けておくらしい。


「そういえばみけは買い物とか、買い食いとかは?」

「ないですね。孤児院は生活が大変でしたし、お屋敷では……」

「ふむ、じゃあ引っ越しが終わったらちょっと出かけよう」

「――はい!」


「師匠、みけちゃんとですか! いいですね!」

「俺っちも行っていいか?」


と夕方の予定を立てる。


貴族の息子回収の報酬は、お貴族さまからの依頼だけあってとってもリッチだった。【黒森】防衛戦での報酬とあわせかなりの余裕がある。


買い食いでみけにおごるぐらいなんでもない。

ついでにトランプ以外にもなにかゲームを覗いてみるか。



ラトウィッジ邸ではそそくさと荷物を回収した。

が、廊下で男に引き止められた。


「キミが……アリス候補か?」


身なりをみるにどうやら分家の者のようで、あの老人と似たオペラ歌手のような服装をしている。

が、彼とは違い高圧的な態度ではなく、むしろフラットなものだった。


「私はもうラトウィッジではないです。遺産もなにもサインした通りです」

「それはいいのだが。

 ……君ほどのシルシは滅多にない。その才能、腐らせぬようにな」

「…………。」

「当主はリディア嬢に倒されたと聞くが、君はレーベンホルムの養子になるのか?」

「いえ……まだ決めていません」

「今すぐ急ぐ必要はないが、どこにも受け皿がないのであれば当家を頼るといい」


男はすっ、と紹介状のようなものを手渡し、では、と去っていった。

用件だけのシンプルなやりとりであったが不思議と不快感は感じない。


「アルマさんにも同じようなことを言われました」

「へえ」

「私は……魔導の道にすすむべきなんでしょうか……」

「さっきの人も言ってたけど、今すぐは考えなくていいんじゃないか?まずは引っ越して、それからだ」

「……はい」


優秀な才能が目に見えてわかるとき、それを志すかどうかは自由である。

が、俺はできれば活用できたほうがいいと思う。


特に魔法なんて応用の広いモノの場合、みけがやりたい事、なりたい者のだいたいの手助けになる。

とりあえず学んでみて……というだけでも潰しが効くはずだ。

落ち着いたあとでも悩んでいたら話しておこう。

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