第66話 「独り言」
廊下をすすみ、さらに見張りを4体倒したころ……開け放たれた扉のむこうによっつの人影が見えた。
扉のむこうは真っ直ぐに伸びた渡り廊下で、石柱が沿うように続いている。
その中ほどに、当主であるヴィスレ・C・ラトウィッジとみけの姿。
そして、老人の後ろには全身鎧の騎士が2体。
いままで片付けてきた骨戦士とは明らかに装備も、
出口の脇に3、3で分かれて隠れる。
こちら側にはイリムとユーミル。
まずいです……とイリムが呟く。
「どうした?」
「あの後ろの護衛ふたり……上級の使い手です」
「…………。」
「ザリードゥがふたり並んでると思って下さい」
「わかった」
かつて、獣人村での人攫いとの戦いのとき、イリムは不意打ちですら『火弾』を避けられると口にした。
上級の戦士とはどの程度なのか。
イリムにどれぐらいならいけるかと口を開きかけたところで、ユーミルに口を塞がれる。
「……なにか話してる、静かにして」
「…………。」
耳をすますと、確かに当主がみけに何かを言っている。
老人の非常に高圧的で、相手を押さえつけるような調子と耳障りな金切り声はよく聞こえるが、みけの呟くような声はか細いものだ。
「小汚い孤児院から卑しいお前を救ったのは誰だ? そう、私だ!」
「ごめんなさいご主人さま、それを忘れた日はありません」
「それはわかっているのか、そうか!最低限の頭はあるようだな驚きだ!」
「でも、わたしは……」
「その恩人、……いやまてまて!命の恩人か!? 小汚いあの孤児院ではすぐさま病気にかかって死ぬだろう! 私は命の恩人じゃないか!?」
「はいご主人さま、そのとおりです」
「そんな……命の恩人を裏切るお前は何様のつもりなのか! この恩知らずの
「でも……でも……」
「お前はアリスになる。ラトウィッジを継承する。これは決定している」
「でも……私は嫌です……」
「そうか……ではその心はいらんな、まったく無駄だ。
「お前に、拒否権はない」
老人はみけにそう宣告すると、ゆっくりと指を少女にむけた。
瞬間、ユーミルとアルマが動く。
ユーミルのローブからは幾本もの鎖が放たれ、アルマが投じた薬瓶はすぐさま炸裂し炎の壁を疾走らせる。
鎖と壁、どちらが間に合ったかはわからないが、素早く老人と少女を分断する。
指差しの呪いは、対象を視認して指を差すことで発動する。
ゆえに、こうして対象の間に障害物があれば呪いは成立しない。
「…‥あれは上級の『
「いや、いい。そういうのは」
ユーミルとアルマ、ふたりの判断を信じる。
速攻の奇襲を成立させるため、待機時にすでに装填を終えた『火弾』12発を老人へと叩き込む。
この状況では確実な捕縛よりもみけの安全が優先される。
自分でも驚くほど、その判断にためらいはなかった。
だが、相手も無駄に歳を重ねているわけではない。
魔導に捧げた年月が違う。
即座に死霊の騎士が当主のまえに躍り出る。
『火弾』をあろうことか手にした長剣で次々と叩き切り、鎧で受け流す。
左の騎士の鎧の隙間に着弾した一撃が、なんとか彼の腕をひとつ吹き飛ばしたが、奇襲からの掃射で与えた損害はそれだけだった。
すぐさま次の装填を……と構えたところで老人に動き。
素早く、さっ、と腕が跳ね上がるのと、その間に小瓶が投じられ炎の壁が吹き上がるのは同時だった。
『
壁のサイズは計算されたもので、うまくみけだけはこちらから視認できる。
つまり、炎の壁に向かって攻撃するなら、彼女に誤射する心配がない。
ありったけの素早さで
イリムもすぐさま『
その間、ザリードゥがみなの中央にたちなにか詠唱を始める。
「……おいトカゲ、私は対象から外せよ、鎖が汚れる」
「わーってるよ! これだから不浄の輩はなぁ……」
何をしようとしているのかわからないが、今俺にできることはめいっぱい
ひたすらに撃ちまくる。敵戦力を削ぐ。
アルマやユーミルと違って俺は術の幅が狭い。
攻めることしかできない……ただの火力バカ。
だが、つまり攻撃面だけでみれば引けを取らないはずだ!
ふたりは油断なく構え、状況を見守っている。
魔法使い同士の戦いにおいて、彼女らははるかに高い経験値がある。
その先輩ふたりが今の俺の行動を止めないのであれば、今できることを全力で担当する。
「『
ザリードゥの高らかな声。
途端に手にした黒杖に白い光が宿る。
もしかして……と思ったが今視線を前方から外すことはできない。
「これは!?」
「仲間の武器にアンデット特攻!」
カシスが素早く解説。やっぱゲーム知識あるやつがいると意味疎通が素早くできて助かる。
意識をすぐさま切り替え、射撃に集中する。
「おいまれびと! もっと速さを上げろ!!」
「わかった!」
ユーミルが右手を突き出す。
ローブの
速すぎて見えない。
それと同時に左手を構え、そこから2本の鎖がみけ目掛けて放たれる。
その瞬間、アルマが小瓶を投げつけ、炸裂したそれは地面をキレイに凍結させた。
「思い切り引いて下さい!」
「――助かる!」
鎖はみけを絡め取ると、多少強引だがこちらへ素早く引き寄せた。
アルマによって生成されたスケートリンクを滑るように、少女はこちらへ回収された。
これで、みけへの誤射という憂いはなくなった。
ありったけの力を込めた『大火球』を爆発モードで放り込む。
アルマも、2本の小瓶を放り『
イリムも次々と『石槍』を放つ。
凄まじい破壊の余波だろう。
前方の渡り廊下の石柱が崩れ、そのまま天井ごと崩壊した。
轟音と土煙。
いったん館に避難する。
「…………。」
しばらく……。
煙が晴れるか晴れないか……ぎりぎりのタイミングで顔を出す。
崩れた天井の残骸、散乱する石片。
老人のいた辺りには瓦礫の山が築かれている。
これでいけたのか、そうでないのか。
普通に考えれば死んでいる。
相手が普通であれば……。
「……チッ、そりゃそうだよな……」
ユーミルの呟きと同時に、渡り廊下の両側の地面が、次々と盛り上がる。
そこから白い腕や、足や、頭が。
数え切れぬほどの
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