第3-2話 「フレンズ村のあるトラブル」

「…………つまり、」


 イリムの話をまとめると、いわゆる人攫ひとさらいによる誘拐があるとのこと。

 下手人は人間が多く、はるばる大樹海の奥までやってきて、人を攫う。

 だいたいは集団で、森の下に潜み、真夜中にこっそりと木を登ってくるのだと。

 そしてメインのターゲットは力が弱い子供だ。


 ……異世界とはいえ、まあそういう奴らはいるのだろう。

 売る奴も、買う奴も。

 初めて聞かされたこの世界での人間の例がこんなのとは。

 ちょっとショックだね。


 そういえば、カジルさん達が言っていた「奴らの仲間じゃない」とかは、この連中のことか。人攫い以外ほとんど人間が訪れない村に、ふらっと侵入した俺はさぞ警戒の対象だろう。


 そうすると、さきのやり取りや、客人扱いされたのは意外だ。

 俺だったら牢に叩き込む。


「……でも、この村ではここ最近被害はでていないです。

 カジルとガルムのおかげですね」

「カジルさんはさっき世話になった猫の人だな。ガルムさんは狼の人で」

「そうですね、カジルと併せてこの村一番の兵士です」


 彼にはずいぶんにらまれたな。

 けど人攫いの話を聞いたあとでは、むしろ彼の対応が当然に感じる。


「あのふたりは強いですけど、なにより村のみんなをしっかり鍛えてくれているのが大きいです」


 門番や巡回らしい人も広場でたまに見かけるが、そうか。

 素人目にはわからないが、彼らも優秀な兵士ということか。


「私もカジルに槍を習っているんですよ、今ではなかなかのものです」と胸をはる。

「最初はおどろいたよ、君みたいな子供があんな巨大なクマを……」

「子どもじゃないです、イリムです」

「ああ、ごめんごめん」

「それと、あの灰色熊グリズリーはまだ小型でした。危険度は低いですね」


 まじか。異世界人恐るべし。


「じゃあこの村は安全なんだ?」

「でも、お隣のササンの村や、セシルの村では、今でも……」


 この村は大丈夫だが、付近の村ではそうではないらしい。


 ……ふむ、確かに気持ちのいい話ではないな。

 でもこの村でお世話になる以上、絶対に知っていたほうがいい。ところで、


「なんでイリムは俺が安全だと思ったの?」

「弱そうだからですね」


 と即答。悪かったね。

 うーんとこちらを眺めたイリムは


「4人いても楽勝ですね」

「ここまで弱そうなのに樹海を歩いていたのが信じられません」

「記憶といっしょに力も喪失したのかも」

「……それなら辻褄があう」などブツブツ呟いている。


 言うじゃねえかこの野郎……。


 イリムは「あっ!」と叫び、ぱんと手を叩く。


「旅人さん、今度槍の訓練をしましょう!」

「ええっ」


「旅人さんだって、いつまでもお客さんなわけじゃないです。

 しばらく村に居るにしろ、そのうち故郷に帰るにしろ、今のままでは絶対に死んじゃいますよ。カジルとの訓練に参加させてあげます!」


 なるほど。

 故郷……元の世界に帰るのは手段がまるでわからないので保留だが、飛ばされてきた地点を改めて調べるぐらいはしておきたい。


 それにこの世界の人間の街にも行ってみたい。

 いずれにしろ、自衛の力は必要だ。


 この樹上村に……そういえば名前まだ聞いてねぇ……景観もファンタジックで好みだし、しばらく滞在する可能性も高い。


 客人期間が終了したらなにがしかの仕事はしなければならないだろう。

 そのついでに槍の手ほどきを受けられるというのは悪くない。


「どうでしょう、旅人さん!」

「えーと、お願いします。イリムさん」

 思わずさん付けになる。むしろこちらが頼む側だしな。


 明日の夕刻にここの広場で、と約束をし、イリムは妹を学校に迎えに行くので、と去っていった。村の学校……江戸時代の寺子屋みたいなものか。


 そういえば……俺は文字読めるのか?

 言葉はこうして伝わっているが、文字はまだ試していない。

 広場の端っこにある掲示板のようなものまで歩く。


 葉っぱや乾いた木片が何枚か貼られ、文字と思われるものがのたくっている。

 読んでみようと思ったが…………ふむ、全然わからん。

 困ったね。


 その後、何人かの村人と話をした。

 獣人達の性格だろうか、ただベンチに座っているだけで、たびたび話しかけられた。

 気さくで話しやすい人ばかりだった。


 日が落ち始め、木々の葉っぱが夕日で輝き、そこらじゅうの丘がきらきら赤く輝いている景色をしばらく楽しんだあと、宿へ引っ込んだ。

 人攫いがでるのは夜。暗くなって人間がうろうろしていたらいらぬ心配をかけかねない。


 宿は、1階が食堂で2階が宿泊施設のファンタジーの定番の構造だった。

 カウンターのむこうでは恰幅のいいアライグマの女将さんがせわしなくフライパンを振るい、その娘さんがこれまたせわしなく皿を洗っている。

 ふたりとも顔立ちはほとんどアライグマだが、体格は4頭身のマスコット型。

 店内はずいぶんごった返している。


「おい、あんたがそうか!」


 とカウンターで呑んでいた毛むくじゃらだがガタイのいい猫人に話しかけられ、それをキッカケにわらわらと村人の質問攻めにあう。イリムに頼んでいたおかげか、無事ほとんどの説明は省くことができた。


 どうやら俺の通称は「旅人さん」になっているようだ。


 会話の合間に、やたらと酒を勧められ、コップに次々と注がれる。

 ベリーの香りが強いワインのような酒で、素朴で甘い。啜るように少しずつ飲むにはいい。しかし呑め呑めと囃し立てられ、コップを空にするとすぐさま次の酒が注がれるのには閉口した。


 ……うーん、これは昭和のノリみたいだな。ちょっと苦手だ。

 だが、異世界に飛ばされ、クマに襲われイリムに助けられ……といろいろあった日の締めくくりとしては悪くないか。

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