第3話 「フレンズ村」

 枝と葉を抜け、樹上にでると、家々が広がっていた。

 一面敷き詰めるように葉っぱがしげり、それを地面にして家が建っている。

 俺が使ったのはやはりエレベーターだったようで、広い板が敷かれた広場で停止する。


 フックを外し、体からロープをほどく。

 同時にイリムの高い体温も離れる。ちょっと名残惜しい。

 肌寒い森の冷気から俺を守ってくれていたのだが。


 まわりを見ると、いろいろな人がいた。

 体が異様に大きなもの、逆に小さなもの。


 犬のような耳のもの、うさぎのような耳のもの。

 顔がもふもふの人もいれば、しっぽが生えた人もいる。


「ふーむ、なるほどなるほど」

 フレンズ村か。


 少し待っててください、とイリムは言い残し広場をててててと駆ける。

 しばらく待つと彼女は3人の獣人を引き連れていた。


「この人がその、名無しさんです!」


 中央はとても毛が長い白い猫の獣人、顔も体も毛だらけだ。

 しかしパリッとした服を着ていて、かなり立派な雰囲気がある。

 その後ろには狼顔と猫顔の兵士が2人、狼顔はこちらを睨んでいる。


「こやつか、イリムよ」

「はい」


 いかにも村長さんといった感じで、ほぼほぼ直立したネコそのものだ。

 ファンタジー度がぐっと上昇する。


「どう思う? カジルよ」


 問われた後ろの兵士のうち、猫人が答える。


「村長、こいつは無害ですよ。

 こんなすっとぼけたマヌケ、奴らの仲間じゃない。武器も持ってないアホです」


 マヌケだのアホだのとひどいが、いちおうこちらの味方をしてくれているようだ。


 彼は手や腕、顔も動物のような毛に覆われているが、体格はほぼ人間。顔はまんま猫だが、チーターやヒョウにも似てスラッとした精悍せいかんさがある。


「ガルムはどうじゃ?」


「奴らの仲間にしては弱すぎる。下っ端にもならん」とまた味方が増えた。


 そうだねオマエみたいなムキムキに勝てるわけないだろ悪かったね。

 この人もさきの猫人と同じく、ザ・獣人族だ。

 体格もよく、身長は2メートル近い。


 白猫村長はフームと長い頬の毛をさすりながらこちらを真っ直ぐ眺め思案している。

 こちらの目を覗き込んでいたがしばらくして、


「……ま、悪い奴ではなかろ」


 と呟いた。

 こうして、俺はこの獣人村に招かれることとなった。



「さっきはその、助かった。えーと、」

「カジルだ」

「ありがとう、カジルさん」

「ああ、どうも。名無しの人間さん」


 イリムはすでに彼らに説明を終えていた。

 ちなみに、狼兵士ガルムさんは近づいて挨拶しようとしたら睨まれた。


「あいつはなぁ……うん、弱い奴が嫌いなんだよ。

 狼混じりはだいたいそうだ。これはもうしょうがないさ」


 上下関係がはっきりしていて、下にみたものにはああいう態度になるそうだ。

 まんまワンコやな。


 村の説明はシンプルだった。

 俺は村の客人扱いで、特に決まりや制限はなく自由にしていいそうだ。


 ただ、村の外周の柵やロープから外にでるのはあまりオススメしないとのこと。

「なんで?」と聞くと「あとで自分で見てみりゃいい」と。


 泊まるところは客人用の宿があり、村の広場に面していると。

「ほれ、あそこが宿」と2階建てのログハウス風の家を指差す。


 村の他の建物と比べてもかなり立派なつくりだ。

 周りの家はもう少し掘っ立て小屋感がある。


「じゃあ俺は巡回があるからそろそろ行くぜ」と獣人ふたりは去っていった。


 猫人カジルさんに狼人ガルムさんか。

 名前が似ていてちょっとややこしいな……。


 柱をカジカジしてる猫をイメージする。

 よし、カジルさんはこれでいこう。


 ガルム、は確かどこだかの地獄の番犬と同じ名前だけど……そうだな。

 ガルガル怒ってるからガルムさん、と覚えよう。

 本人の目の前で言ったら殴られるかもしれんが。



 広場の片隅のベンチにイリムと腰掛け、ぼーっと村を眺める。

 ここからでも50軒ほどの家々がみえ、それが広場の周囲や、ちょっとむこうの緑の丘にもぽつぽつと。


 あの緑は全部、下で見た大樹の葉なわけだ。改めてへんな景色だ。

 広場は板が敷き詰められているからいいとして、家なんてどうやって建てているのだろう。


「ただの人間を見たのは初めてです。お客さんもずいぶん久しぶりですね!」


 へえ。

 この世界って人間はほとんど存在しないのか……? これは確かめておかないと。

 俺ケモナーじゃないんだよね。


「人間が住んでる村とか街って、キミは知ってる?」

「私は村を出たことがないので村長さんから聞いただけですが、大樹海の外にはたくさん住んでいるそうですよ」


 記憶喪失って大変ですね、とも。

 ……そういえば、この先毎回記憶喪失の話を出会う村人ごとにするのは面倒だな。

 そうだ、イリムにそのことを友達みんなにしてもらえば、たちまち子供ネットワークで各家庭に広がるだろう。


「この村に子供はたくさんいるの?」となにげなく聞くと、

「なにが目的ですか!」


 とたんにキッ、とイリムににらまれる。

 さっきまでの和やかな雰囲気から一変、空気がとても固くなる。


 つーか、犯罪者かなにかを見るような目だ。

 ……ああ、獣人の子供好きの変態だと思われたのか。

 そうかそうかそりゃひでぇや。


「俺が記憶喪失ってことを、イリムの友達に広めてもらえば、いちいち説明しなくてもすむなぁ……と思ったんだけど」


 決してケモナーでもなければロリショタでもないのだ。

 イリムはふーん、という反応のあと


「確かにミレイに話したら村中に広まるでしょう。いいですよ」と。

 助かった。


「旅人さん、あまり村であなたが子供のことを聞くのはよくないですよ」

 ずばっと言われる。

「パッと見そういう奴にみえるということか! ひどいね」


「うーん、そうですね……。

 あまり気持ちのいいことじゃないから話したくなかったけど、旅人さんも知っていたほうがいいでしょう」


 そうして少女の口から語られた言葉は、たしかに気分のいいものではなかった。

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