第59話 「みけ」

「……すげーじゃんまれびと。……ほんとにフラメル家の知り合いかよ」

「結界無効化の構成には一週間はかかるってよ」


ユーミルとふたり、墓地の外れに建つ記念碑の頂上にいる。

垂直に立つ高い円柱で、空でも飛べないかぎりこんなところには来れない。


だが、ユーミルは鎖を伸ばしここまで自分の体を引っ張り上げ、その後俺を鎖で吊り上げた。

ここからあたりを見回すと、東から南にはスラム、北から西には小綺麗な町並み。


特に西側に豪華な邸宅が多い。


「……あれが私の理由だよ……」


と、ユーミルが望遠鏡を手渡してくる。これもアルマから借りた物だ。

望遠鏡を覗き込み、彼女が指差した先を見る。


歴史ある立派な建物に、荒れ果てた庭園。

ふたつある邸宅を結ぶように渡り廊下が見える。


その中央に、庭を見渡すように少女がちょこんと座っていた。


黄金色とも茶色ともとれる長い髪のツインテール。

シルクのような黒いリボン。

豪奢な青いドレス。


墓地で目に止まった、小さなお嬢様である。



「……前、話しただろ。……私の親友のこと」

「……ああ」


確か、善き魔女だった親友を異端狩りに殺されたとか。

自分も、善き魔女だけど奴らに追われているという。


「……その親友の妹があの子。

 あのバカ……私に勝手に押し付けやがって……」


その後、【異端者】である彼女の妹はモノとして売りに出された。

奴隷市場に流された個人を追うのは並大抵のことではない。


「……調べて探すのにここまでかかった」

「そうか」


ユーミルは、異端狩りに処分された直後の、まだギリギリ息がある親友から頼み事をされた。

私の妹を頼んだよ……と。


腹部にいくつもの杭を穿たれ、口から大量の赤い液体を流した友の口から紡がれたその言葉は、絶対に守らなければならない約束となった。

それは呪いでもあるし、矜持プライドでもあるだろう。


-----------


「……ミリエルを……アイツの妹を見つけるまではこれた。話もした。

 …………でもな、」


ミリエルは、ユーミルのことも、姉のことも、覚えてはいなかった。

ただ、自分のことをみけと名乗ったそうだ。


「……あんなミリエルを見るのは耐えられない……。

 きっと、あのラトウィッジのクソ野郎になにかされたに違いない……『誓約ゲッシュ』『強制ギアス』『記憶隠し』……魔法ならいくらでも手はある」


「だから、……屋敷に直接乗り込んで、原因を暴く。……または原因を排除する」


強い、とても強い意思をユーミルから感じる。


だが、同時に危ういとも感じた。

もっと、きちんと、確実に。

調べる必要がある。


-----------


スラムに隣接した広大な墓地。

そのほぼ中央にある石のベンチに少女は座っていた。

ぼーっと、子どもの輪を遠巻きに眺めながら。


「どうした、そんな物欲しそうな顔をしてさ」

「……えっ?」


ユーミルの親友の妹、ミリエルに声をかける。


「気になるんならあの子たちに声をかけてみればいい」


少女は最初、話しかけられたのが自分だと思わなかったようだ。

再度声をかけ、ようやくこちらに人がいることに気がついた。


「…………あっちに行って下さい」


と、指を差される。

瞬間、なにか嫌な気分が通り過ぎたが……なんだ?

いや気のせいか。


「?」


と不思議な顔でこちらを見つめる少女。

そうして「……あのお姉ちゃんの仲間ですね」と呟いた。



「私は何度言われてもミリエルなんて知らないし、あの紫のお姉ちゃんも知りません」

ぷいっ、とそっぽをむき、目をつぶる。


「じゃあなんて名前なのさ」

「みけです」

「……変な名前やな」

「――!

 ご主人さまに貰った大事な名前です。侮辱するのは許しませんよ」


目をつぶったまま、答える少女……いや、みけでいいのか。


「みけちゃんはその、どっかの偉い貴族の子なのかな。

 身だしなみも、礼儀作法もとっても上品だからさ」


礼儀作法うんぬんは嘘である。


「……いや、それほどでも……」

よし、好感度+1。

ちょろいな。


「でも、私はまだご主人さまに買われたただの孤児です。

 本当の意味できちんとラトウィッジの家を継承する時、アリスの名前をもらえるのです」


一度に言われたので、一瞬脳がフリーズする。

そしてツッコミどころ満載である。


少女も「あっ」という顔をして、気まずそうにしている……と思ったら

飛び出すようにベンチから降り、そのままトテテテテ、と逃げてしまった。


いつの間にか、背後にユーミルが歩いてきていた。


「……ずいぶん情報引き出せたじゃん。……ちょっとムカつくけど」

「なんでよ」

「……私より長く……あの子と話しやがって」


すっ、とユーミルがこちらを指差す。


――瞬間、尋常でない恐怖に襲われ、その元凶である彼女から急いで逃げ出す。

気づけば、一気に10メートルほどユーミルから離れていた。


「……『恐怖フィアー』の呪いだよ。呪いはだいたい指差チェックして行うから覚えておけよ」

「あ、ああ」


恐怖感がすーっと消え失せる。

しかしさっき瞬間的に感じたものは、ひどく冷たくおぞましいものだった。


「……コレを、あの子は自分に話しかけてきた人間に必ずやる。

 誰もあの子に近づかないのは……当たり前じゃん」


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ユーミルによると、ここひと月ほど観察していて、みけは自分に干渉しようとする者、子どもだろうが大人だろうが、

それこそ近寄ってきたネコや犬にだろうが、『恐怖』の呪いをかける。


ユーミルは下級の呪いなどすべて効かないらしく、俺も指輪についた『防護』でほぼ無効化できるそうだ。


ユーミルの『恐怖』は中級以上で練られており、この指輪では効果を減らすぐらいしかできない。本来なら、使用者から見えなくなるまでひたすら逃げ続けさせるほどの力があるらしい。


「縛られてるとか、密室とか、逃げられない場合は?」

「……散々苦しんだあと心がぶっ壊れる。……そういう手を好む呪い師カースメーカーもいる」


まさに外道。

そういう魔法使いは異端狩りにやられても自業自得に思う。

悪党のなき声は聞こえんのだよ。


……とにかく、みけから情報をさらに引き出すには、別の手が必要だろう。

相手はお子ちゃまで、大人の俺とは会話が成立しづらいだろう。

俺の思考、そこから紡がれる言葉は高尚で成熟しているからな。


こちらにも子どもが必要だ。

そして女の子が大好きな耳がもふもふしたやつ。


――君に決めた、いくぜイリム!

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