第21話 「あんた達、その貼り紙に興味があるのかね?」


「では親父さん。北の森の依頼、請けようかと」

「……本気か?」


「樹海抜けをした方がふたりもいるんですよ。

 うってつけじゃないですか」

「うーむ……まぁ、なあ」


 親父さんはごそごそを棚を漁り、羊皮紙を差し出した。

 壁に貼ってある依頼書より明らかに作りがいい。

 それに読めはしないのだが文字も達筆なのがわかる。


「これは?」

「北の森に隠れ棲んだゴブリンどもだ。

 数が多く、まとまりもいい。

 駆け出しはおろか一ツ星が1チームやられている」


 ゴブリン退治……か。

 どこぞのスレイヤーさんをお呼びするか。


「周辺の村もたびたび襲撃され、領主がいくつか自警団を集めて森を漁ったんだが見つかりゃしねえ。おそらく頭のいい長がいてうまく隠れているんだろう。街の兵士に森の探索ってのがまず間違いだがねぇ」


「この街に中級のパーティは?」とイリムが聞く。


 確かに、そういう探索&討伐こそ冒険者の出番だ。


「3チームほどいる。……が今はいねぇ。

 手練てだれはみんな黒森からの防衛で出払っている。

 国からの依頼で報酬がいいし、あっちのほうが大事だからな」



「……駆け出しにはまずゴブリン退治か下水道とはいうが、こいつは初めての冒険にはオススメできんな」

 親父さんは気が進まないようだ。


「だから親父さん、彼らは樹海抜けをしたんですよ。それ自体冒険でしょう?」

「うーむ」


「イリムさん。森で狂狼ダイアウルフの群れを倒したんですよね。何匹ほど?」

「ええと……私が15匹、ぐらいですかね」


 イリムがこちらを見る。

 まあそんなもんだ。

 俺は8匹、正確に覚えている。


「師匠さん。火の術がいくつか……と仰っていましたが、具体的には?」


「炎の矢と、それの強くて速いやつが撃てる。同時に4発まで。

 燃やしたり熱したりはだいたいできるが、使いやすいこのふたつが主力だ」


 まだ戦闘という行為自体に慣れていないので、あれこれ増やすよりは手札を絞ったほうがいい。


 できれば範囲攻撃と、『火弾』を避けるような強敵用が欲しいところだが、大樹海での強行軍で新たな術を開発する余裕はなかった。


 ただ、『火矢』なら6発ほど並べられるかもしれない。

 練習していけそうなら範囲攻撃になる。


「……『ファイアボルト』……ですか。……なるほど、でも……」

 アルマはなにやら唸っている


「……えぇと、もうすこし大規模なものは?」


「大きな火の玉はやったことあるが、作るのに時間がかかった。

 今やったらもう少しはマシかもしれないけど」


「『ファイアボール』で、時間がかかると。20秒くらいですか?」

「……まあ、それの倍ぐらいかな」

「そうですか」


 なんか、アルマの視線が痛い。

 というか明らかに落胆している。


「……アルマ。あんまり虐めるな。」と親父さん。

 彼はカウンターを拭きつつ「田舎の村からでてきた才能ある魔法使い。しかも若い。十分じゃないか」


「……ん、まあ」

「どうする、やめるか?」


「いえ、実力は問題ありません。請けます。

 ……まだちょっと、わかりませんし……」


 最後のほうは呟くようだった。


「ところであなた方、ゴブリンと戦った経験は?」


「大樹海に住んでたのでないですねー」

「俺もない」


「……えーと……師匠さんは村育ちですよね。

 術が使えれば、必ず頼られると思うのですが」

「うちの村は平和だったので」


「…………。」


 視線が痛い! 痛いよ!

 見ようによっては術が使えるのすら嘘ついているみたいだ。

 オオカミ少年の気分だぜ。


「……まあ、ゴブリンはいいです。

 ダイアウルフが倒せるなら問題ありません。

 罠も策も私がなんとかします」


 ああ、わりと定番のほうのゴブリンなのね、この世界。


 むこうの世界だとなかなかバラエティに富んだ種族で、雑魚だったり人間と仲良しだったり銀行やってたり頭良かったりグレネード代わりに投げつけられたりと、ひとくちに括れないモンスターだ。


「イリムさんは耳と鼻が利くんですよね?

 森ではそれを?」

「だいたいの獣はそれで避けてましたよ」


「……今回の件では適任ですね」


 しばらく黙っていたアルマは、イリムをじーっと観察する。

「親父さん、イリムちゃんは……」

「中級は確実だ。しかもその体躯でだ。そこらの戦士じゃ話にならん」

 即答だ。


「……ん、ではイリムさん、師匠さん。

 この3人で北の森のゴブリン退治、数は30ほど。

 森までは丸一日かかりますし、森自体もかなり広い。

 そして報酬は3ルクスを山分け。

 この条件で依頼を請けますか?」


 問われても、俺には判断基準がない。

 イリムに任せるか。


 彼女は「軽くこなしてみせますよ!」と強く宣言した。

 声も眼差しも、自信満々に。

 で、あればまあ、俺たちでもなんとかなるのだろう。


 俺の無言を肯定こうていと受け取ったのか、


「いいでしょう。では昼ごろ発ちます。それまでに準備を。

 細かい冒険支度は親父さんに聞いてください」


 とアルマは宿の2階へと消えていった。

 ちょっと感じ悪いなぁとも思ったが、彼女視点だと俺が嘘つき大魔神に見えるかもしれんし。


 イリムは親父さんからいろいろと、コレを買えアレは持ったかと聞かれている。

 買い足さなければならないものが少しあるようだが、ほとんどはイリムが村の出立の時点で揃えていた。

 えらいぞイリム。


「師匠、行きましょう!」

 初めての街でのお買い物、みるからにうきうきしているのがわかる。

 そうだな。気分転換にウィンドウショッピングは悪くない。

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