冒険者の宿

第19話 「やっと文明圏」


 ほうほうなるほど。

 やはりというかなんというか。


「ファンタジーど定番の街だな」


 ものすごく安心する。

 やっと異世界召喚の本場に来たのだと。


「大きな街ですね!」とイリムはテンションだだ上がりだ。

 大きい。


 たしかにクミンの村に比べれば大きいだろう。

 だが、外から見た街の大きさはそれほどでもないようにみえた。

 川に面したところ以外は、外周をぐるりと塀が囲んでおり、この構造だとそう簡単に街を拡張できないのだろう。


 塀といえば街の入り口は比較的しっかりした門があり、関所やら通行手形やら関税やら、いろいろ警戒していたのだがあっさり街に入れてくれた。

 これはどうやらイリムのおかげらしい。


 門では想定どおり検問のようなことをやっていたのだが、そこの兵士たちはイリムをみるなり「兵士か、冒険者か?」と聞いてきた。

 イリムが「とりあえず冒険者を志望していますが……」というとすぐさま

「通りなさい」と許可がでた。


「さっきのアレさ」

「はい?」

「なに、イリムはコネでもあるの?」

「はて? なんなんでしょうね」


 まあ、なんにしても検問はクリアできた。

 そしてこれからの話だ。


 異世界に飛ばされた。村から追放された。大樹海を抜けた。

 これから、どうするのか。どうしたいのか。


 ……もとの世界に帰る方法を探す、というのも目的になるだろう。

 だが、俺は名前が思い出せないし、どういうわけかこの世界に来てからどんどん元の自分のパーソナルな記憶が薄れてきている。

 一般常識や、知識はいまだにしっかり覚えているのだが……。


 ……まあ、今は、今のできることを頑張ろう。


 ふと湧いた感情は、あの、俺を助けてくれた獣人村の人たちだ。

 最後には逃げ出すように去ったとはとはいえ、今でもあの村に悪い感情はまったくない。


 そして世話になった中でもイリムとカジルさんは特別だ。

 だから、彼らに少しでも恩返しがしたい。


 イリムと、妹のミレイちゃんの言葉を思い返す。


 イリムは【槍のイリム】として名を馳せる。

 ミレイちゃんは、それを頼りに姉と再会する。


 よし、その手助けを今の目標としよう。



「やっぱり野宿じゃない生活はいいですね!!」

 と、イリムは上機嫌だ。


 街に立ち寄ったならまずは騒ぐ。騒いで旅の疲れを洗い流す。

 それが旅人というものです!


 ……と引きずられる形で酒場へ連れられた。

 村と同じく、一階が酒場兼食堂で、二階から上は宿泊施設の、典型的なファンタジーの宿屋だ。ハゲた店主が様々な料理を魔法のように生み出し、常連であろう冒険者たちと談笑している。


 イリムはぱかぱかと発泡した麦酒をあおっている。

 これはいわゆるエールというやつだろう。


 ちびりちびりとワインのように濃厚な麦酒エールをすする。酒精も強い。

 イリムのペースでいったらとても体が追いつかない。


「それで……これからどうする?」

 イリムに問う。


 とりあえず樹海は抜けられた。

 とりあえず人間の街に着いた。


 では、これからどうするか。

 答えは聞かなくてもわかっている。

 だが、改めて彼女の決意を聞きたかった。


「決まっているでしょう! 世界をまわりながら【槍のイリム】の武芸をとどろかせ、誰もが知っている冒険者になる!!

 これしかありません!」


 ------------


 翌日、冒険者登録をするべく冒険者ギルドなるものを訪ねた。

 それは不可能であった。

 なぜなら、この小さな街に冒険者ギルドなるものは存在しないからだ。


「このっ……クソ田舎!」とイリムが珍しく汚い言葉を口にしている。

 あー……これは俺の影響だろうね。

 よくないね。


 ただ、冒険者の宿と言われるものがあるそうだ。

 ギルドの代わりに冒険者への依頼の斡旋あっせん、簡易な登録を受け付けている。


 なんと、昨日泊まった宿もそうした場所のひとつだった。

 他にも冒険者の宿はあるが、飯がウマかったしベッドもそこそこキレイだったのであそこでいいだろう。


 朝イチで出てった奴が小一時間ほどでまたやってきたので宿の親父さんに少し怪訝な顔をされたが、

「冒険者登録をお願いします!」とイリムが元気よくカウンターに乗り出すとすぐに表情をほころばせた。


「嬢ちゃんやっぱそうか、いやあ嬉しいねぇ!」

 とずいぶん機嫌がいい。


 ニコニコとちょっと気持ち悪いぐらいだ。

 なんだこいつケモナーのロリコンか。

 確かめねばなるまい。


「えー、宿のご亭主。なにがそんなに嬉しいんですかい?」


「そりゃあんた、獣人は優秀な戦士サマって相場が決まってるだろ。

 それに儂のカンじゃ、東の大樹海から来たんじゃないのかい?」


 大正解だ。

 あと、そうか。やっぱ獣人は身体スペックが高いんだな。

 人攫いのアジトでばっさばっさと敵を薙ぎ払ってたガルムさんたちは凄かったもんな。自警団は異常者の集まりだったのだ。


 イリムほど強く冒険者になりたいわけではなかったが、とりあえずこの世界がどういうところなのか見てまわりたい。

 それにはイリムの言うとおり冒険者が適しているだろう。


 ただ、なるべく人とは戦いたくないので盗賊退治とかは嫌だな。

 アジト襲撃はしんどかった。


 できれば、旅メインということで荷物の配達や隊商の護衛なんかがいい。


「ほい、こいつにサインしな。

 駆け出しはこいつが身分証になるからな。大事にするんだぞ」


 とカウンター越しに2枚のペラ紙が渡される。


 ガサガサとした、いかにも安っぽい用紙だ。

 しかし一応は紙である。

 ファンタジー定番の羊皮紙ではない。


 ……というか、困ったな。

 俺はいまだに文章が読めない。

 数字と、いくつかの単語は村でのアルバイトで覚えたが、それだけだ。

 ……ん、……あれ?

 どこかでとんでもないポカをやらかした気がしたが、とりあえず後にしよう。


「イリム、これ読んでくれない?」

「……ああ、そういえばそうでしたね」


 たどたどしくイリムが身分証の文言を読み上げる。

 どうやら、獣人村の文字とも違うらしくところどころ詰まる。

 だが内容はだいたいわかった。


 死んでも怪我しても文句言わないだいたいなんでもやる便利な人たちです、ということを証明するらしい。すげえな。


「そうえば師匠、サインはどうしますか?」

「あ、そうね」


 村では旅人さん、イリムからは師匠、で事足りたので今の今まで名前決めてないのよね。名無し……ごんべさんは嫌だし、ジョン・ドゥは死体の意味もあるので縁起が悪い。


 んーーーーーー。


「師匠でいいや」

「マジですか」


「イリムに呼ばれ続けて、なんかそれが定着してきた。

 いまさらなにか付けるのもしっくりこない」

「……まあ、いいですけど」


 ぐりぐり、っとイリムが俺のぶんを代筆し、宿の親父さんが再度検める。


「イリムちゃんに……師匠、ってこれは渾名あだなか?」

「ええ、まあ」

「そうか」


 とたいして気にもせず親父さんはペラ紙に蝋を垂らし、ハンコをぐいっと押し込む。

 なんだろ、渾名で通すのは冒険者界隈ではフツーのことなのか。

 それは助かる。


 再度「大事にしろよ」と念を押して証明書を渡された。

 これで冒険者登録は終了か。

 ずいぶんお手軽なもんだ。

 手数料とか身分証明書とかはいらないのかな。


「依頼は、込み入ったヤツや指名のでもない限り、あそこに張り出してある。

 請けたいヤツを選んでくれ。

 ただ、駆け出しはお断りな依頼もあるからな」


「例えば?」

「護衛や荷運びなんかは信用がないからダメだ」

 なんと。

 まあそりゃそうか。


「いくらか実績を積めば、そのしょぼい証明書からきちんとしたヤツに代えてもらえる。そしたら晴れていっぱしの冒険者だ」


「私と師匠ならすぐにでも中級冒険者になれますけどね!」


「ハハッ、いうねえ!

 ……いやでもあんたら、大樹海を抜けてきたんだろ。

 本当ならフカシでもねえかもなあ」

 へえ。


「例えば狂狼ダイアウルフ退治なんかは……」

「規模にもよるが、20を越すようなら中級の依頼だな」


「おおっ!

 師匠、やはり私たちいけるのでは!?」

「いや、あんな危険なのはしばらく嫌です」


「ほう……あんたらふたりでか?」

 親父さんが感心したように言う。


「獣人の嬢ちゃんが強いのはわかる。

 膝に矢を受けるまえは俺も戦士だっからな。

 だが、お兄さんはなにができるんだい?」


「えーと、精霊術が少し使えます」

「なんだって?」


 宿の親父さんの表情が変わる。


 アレ? 精霊術師がタブーだったり神聖視され巫女さん扱いされるのは樹海だけのはずだが。ああ確か……すごく希少レアだとかは聞いたな。


「……火の術がいくつか使えます」

「そうか、魔法使いね。

 そんなら樹海を抜けてきたってのも納得だ」


 まあ、精霊術師だろうが魔法使いだろうが、やってることは変わらんしいいか。




「ちょっといいかしら」


 ―――と、後ろから唐突に声をかけられた。

 振り返るとすぐ目の前に女性の顔。


 ほんとに近い、10センチもない。


「うわっ!」


 とマヌケな声を出して後ろに飛び退くが、弾みで椅子から転げ落ちた。

 なんなんよこのひと……と改めて女性を見る。


 金髪の令嬢……というのが第一印象。

 ウェーブの効いたセミロングで、とってもさらさらしている。

 翡翠ヒスイのような澄んだ瞳が淡い金色に映えている。


 ……というかすごい美少女だな。パーツがはっきりとしながらもやわらかで、美形特有の圧のようなものもない。

 トリートメントやコンディショナーのCMにでてきそう。

 あと、年齢がいまいちわかりにくい。

 15といわれても、俺とタメだといわれても、どちらでも納得できる。


「大丈夫ですか?」とぐいっと体を引き上げられる。

「わっ……ちょ、大丈夫です」と椅子に座り直すと、彼女は俺のすぐ横のカウンターに直に腰掛けた。


 シルクのようなスカートがしゃらしゃらとすぐ目の前で揺れるのでとても気が散る。


「おいアルマ、そこは椅子じゃないと何度言ったら……」


「シャラップ、親父さん。別に減るもんでもなし、いいじゃありませんか。

 なんなら迷惑料として紅茶を3人分頼みますわ」


 チャリン、と銀貨6枚をカウンターに置く。

 所作は優雅だが、やってることはヤンキーくさい。


 親父さんは親父さんで慣れているのか、ぶつぶつ言いながらティーの準備を始めた。


「さてと」芝居がかった仕草で彼女は手を叩き「おふたりにお話があります」


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