第1話新たな日常

ここピューリアス学園には今日大勢の少年、少女が巨大な門に向かって歩く。緊張した面持ちであるいは、期待に目を輝かせて歩いてゆく。

 そして、そんな少年少女の表情は皆緊張した面持ち、しかし期待に目を輝かせていた。

 それもそのはず。彼ら、彼女らは今日から晴れて名門ピューリアス学園に留学する外部受験生なのだから。

 そして、そんな大勢の生徒を上から見下ろす者が一人。彼の髪は炎髪。筋肉質な体は否応なく周りに威圧感を振り撒く。見る者が見れば、路地裏に蔓延るチンピラに見えるだろう。

 しかし、その目は外の少年少女と同じ期待に満ちたキラキラ輝く目をしている。

「面白くなってきた」

彼の名はカイザ・アラス。豪商アラス家の跡取りでありここ名門ピューリアス学園の生徒だ。それも高等部から外部受験をしてきた下にいる者とは違う。幼少期からここピューリアス学園にいるエリートの一人だ。

バシン!

とそんなしたり顔をしているエリートの彼に後方から頭を打つ者が一人。

白髪に翠の瞳をした少女。名は

「痛って!! 何すんだよアイリス!」

カイザと同じ幼少期からこの学園にいるエリート、アイリスだ。

 アイリスは、偉大な事を成し遂げたというように胸を突き出し誇りに満ちた顔をしている。そして、

「悪人を成敗しにきました!」

と高らかに言う。

 それを聞いてカイザは、まだかと言うように

「はぁー」

とため息を吐く。

「あのなぁ、アイリス何処に悪人がいるんだよ」

プイ、と指を刺す。

「おい!」

と突っ込みを言いながらカイザはアイリスの手をバシッと叩こうとするがアイリスは華麗にそれを交わすと反撃とばかりに捲し立てる。

「しかし、どうでしょう。カイザさん? 他の人に恐怖を与える人は悪人と言わずなんと呼ぶんですか?」

「うっ」

アイリスは極めて純粋にそう言う。

 その純真無垢な瞳にカイザは、顔を顰める。そして、カイザはまた

「はぁ」

とため息をする。

 このやりとりはいつもの事。何十年と繰り返している事。だがそれもそのはず。二人は、幼馴染なのだから。

「で、誰に頼まれたんだ?」

「中等部の女子から数名。その他にも」

「分かった! もう良い! はぁー……お前は本当にいい奴だな」

カイザは困ったようにそう言う。

「はい! 私は英雄を目指してますから! 悪人は許せません!」

アイリスは堂々とそう言う。その事を聞きカイザはニヤリと笑う。

「言ったな! けど、その夢は叶わないぜ。何故なら俺がなるからだ! それも、″最高″のな」

そう言い、2人はしばらくの間沈黙し互いに笑った。そして、そんな2人の頭上に

リンゴーン、リンゴーン

と時間を告げるチャイムが鳴り響き彼らの顔は固まった。何故ならこのチャイムはピューリアス学園高等部入学式開始のチャイムなのだから……


           ♢♢♢


「本当に良いのかい? 入学式に出なくて。君のために講演の時間を設けていると言うのに」

ワインカラーのスーツを身につけた銀髪にモノクルメガネをした女性が言う。

 彼女はこの学園のトップ。つまり、ピューリアス学園の理事長兼校長を務める女性。名前をバクロ・リントと言う。

「講演って。俺に何を話せって言うんですか?」

と、そんな学園のトップにいもかいさないというように言う青年が一人。

「謙遜を。君は英雄だ。話す事なんて五万とあるだろう」

リントは、諭すように言うが青年はそれを否定する。

「ありませんよ……あるのは人を殺した数だけです」

「ん?」

「いえ。では、言った通りにお願いしますね」

そう言い青年は理事長室を出た。

 青年の瞳も髪もこの国では珍しい漆黒。そして肩には長身の銃を肩に欠け腰にはベルトを巻いている。しかしそのベルトにはあらゆる銃のパーツが吊るされている。

 彼は部屋から出るともう一度だけ

「はぁ」

とため息をついた。

 彼の名は俊貎真斗〈しゅんげいまさと〉。誰もが憧れる英雄であり、今日から新任教師になる男だ。


         ♢♢♢


「はぁ」

「ふぅ」

ピューリアス学園高等部、魔華機エリーゼ科一年スカーレットクラス。

 そこにカイザとアイリスは同じクラスになり今、殆ど同じ体制で机に突っ伏している。

 あの後、案の定二人は間に合わず生徒指導で恐れられている通称[鬼人]ことオーガ先生にコッテリ絞られたのだ。

と、そこに

「おやおや、我がライバルよ。君は何上、机に突っ伏しているのかな?」

 舞台じみた行動をしながら近づいてくる少年が一人。

それを見たカイザはチラッと横目で見ると、また突っ伏しそのままため息を吐く。

「何だお前か、ラマ」

カイザ達に近づいてきた少年の名前はラマ・グラベティー。カールした金髪を短く切り揃えスラッとした体型をしたまさに貴公子といった少年だ。

「お前、とは酷いなー。我がライバル」

ラマは、またもや演劇じみたように右手を胸に左手を肩より上に持ち上げて言う。

 それを見たカイザはげんなりしたように

「いつ俺がお前のライバルになったよ」

と吐き捨てる。この少年、ラマは事あるごとにカイザにつっかかってくる。カイザにとって悪友の1人だ。

「冷たいねー」

「そうかよ……そう言えばなぁ、お前は知ってるか?」

「?」

ラマは首を傾げる。

「ここの担任だ」

「……そういえば、聞いていないね。クラス分けにも空欄になっていたし」

「その事だが、一つ面白い話がある」

「うわっ!」

突然、カイザの背後から声がする。そこには、ピューリアス学園の制服に顔を黒いマスクで隠した少年がいた。

「シャディー!」

またもや、こちらもカイザの悪友の一人。ジャディートラバスだ。

 カイザが中等部の時、ちょっとしたアクシデントで出会った少年だ。……それ以降何故かカイザはジャディーに懐かれ事あるごとにシャディーはカイザの影から現れるようになったのだ。

「で、面白い話ってのは?」

気を取り直しなごらカイザが問う。

「噂だ。このクラスに配属される担任の講師は、なんでも凄腕……″英雄″らしい」

「それって! 栄光〈セカンド〉の名〈ネーム〉保持者って事か!」

カイザは机に身を乗り上げて言う。顔も興奮の為か赤くなっている。

「と、いう噂が飛び交ってるだけだ」

「けど、もしそうだったら」

アイリスが横から入ってくる。

「あぁ、だったら最高だなー!!」

カイザは笑いながらそう言う。

 と、そこにちょうど良くチャイムが鳴り響きカイザ達は席についた。

 皆、新たな生活に胸を高ならせながらジッと担任の講師を待ち望む。

 そして遂にガララと音を立て教室のドアが開いた。

「おはよう」

全く覇気の無い声が教室に響く。この国では珍しい黒い瞳に黒い髪。しかし、その瞳は死んだ魚のように沈んでいる。

「「えっ?」」

スカーレットクラスの面々の疑問が教室に充満する。

 よく見るとその服装もチグハグと言っていい。白のシャツに青いネクタイ。腰には、あらゆる銃のパーツがベルトに付いている。肩には長身の銃。

 スカーレットクラスの生徒がドン引きするには十分なインパクトがあった。

「ねぇ、あの人が?」

「多分……な」

アイリスとカイザはコソコソと話し合う。

 黒髪、黒眼の青年は壇上の前に立つと溜め息つき、そしてカッと目を見開く。

 それに、スカーレットクラスの面々は息を飲む。

「俺の名前は、真斗。俊貎真斗。お前らのクラスの担任となった者だ。そして、先に言っておくが俺は魔導技術士〈エンジニシャン〉じゃない」

「!!」

スカーレットクラスの面々は驚愕する。

 だが、それも仕方なのない事だ。このクラスは、現代兵器の華型、魔華機〈エリーゼ〉を操るパイロット魔導技術士〈エンジニシャン〉育成のクラス。

 ならば、それを教える講師も魔導技術士〈エンジニシャン〉でなければならない。それが常識的に考えて普通の事だ。だが目の前にいる講師、真斗はハッキリ言った。「自分は魔導技術士〈エンジニシャン〉じゃ無いと」

 そんな事、剣士が剣を学ぶために弓師〈きゅうし〉に教えを乞うような物。お門違いもいい所だ。

 クラスの誰かが言った。

「なら、魔華機〈エリーゼ〉の」

とそこまで言って真斗は生徒の質問を先読みし答える。

「関係者でも無い。なんなら、この銃を持ってるからと言ってスナイパーでも無い。俺は魔導歩兵だ」

「魔導……歩兵」

「それって……」

(雑兵)

クラスメートの全てがそう思った。

 魔導歩兵。戦争が始まれば最前線に放り出される者達。剣や槍を持ちそれに魔力を流し、時に魔術を使う戦闘集団。ようは、一般兵であり雑兵。戦争が始まれば真っ先に命を落とす存在。

 ひと昔前ならば、戦争の主力だった者達。だが魔華機エリーゼの登場により今では捨て石にすらされる存在だ。

「さて、自己紹介も済んだ事だし早速授業を始める」

そう言い真斗は手に持っているファイルを開く。そして数枚の書類を目の前に出す。

「ここにあるのは、お前らの個人情報。成績なんかが主だな」

真斗はそう言うとそれに両手を添える。そして、右手を前に左手を後ろに引く。

 そうなる事により書類はビリビリと破れる。そして、破った書類を真斗は後ろに投げ捨てる。スカーレットクラスの面々は目を見開きながらその破天荒な行動を見る。

「ハッキリ言ってやる。こんな物、なんの価値もなければお前らの持っている知識なんて戦場では殆ど役に立たない」

スカーレットクラスの面々の顔が惚けてた顔になるがだんだんと険しくなる。

 だがそれも仕方ない。彼ら今までエリートとして教育を受けて来た。故に学んだ知識が役に立たないと言われた事は無い。どころか、その知識を持っている事で常に行った者達だ。

 故にその驚愕は常人の比では無いだろう。

「と、言う事で俺の教えるの事は無い。それでも無駄な知識を頭に詰め込みたいなら、お好きにどうぞ」

真斗は、チョークを取り黒板にデカデカと「自習」と書くと教室から出て行った。

「何だよ……何なんだよそれ!」

カイザは自分の席から立つ……前にこの教室を出る者がいた。

 その者は廊下を駆ける。ただ一人の男を追いかけて。そして、その者の背中見つけるや否や声を出す。

「先生! 授業をして下さい!!」


          ♢♢♢


「これで良い」

真斗は、ポツリと言う。

 今回の任務は王直接の任務と言われているが、正確には王の名を借りた軍部からの命令。ならば真斗には拒否権がある。それに、そうでなくても真斗はこの任務を受ける気は無かっただろう。

「先生! 授業をして下さい!」

一人の少女が声を掛ける。その髪は雪のように純粋な白髪。その瞳は深い深緑。だが、その中にあるのは星のようにキラキラと希望の光を灯している。

「お前は?」

「アイリスと言います!」

「そうか、覚えておこう」

「あの!」

「授業はしない。何故なら、した所でお前らはそれを理解する事は無いからだ。じゃーな」

そう言い、真斗はアイリスに背を向ける。アイリスはもう一度口を開いた時には誰の背中も無かった。

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