side Yuji
家への帰り道、並んで歩く僕たちだったが、綾はさも残念そうな顔をしながら歩いている。
秋山瞳さんという僕たちと同じ高校二年生の芸能人からサインをもらい損ねたことを後悔していると言う。
綾はいつもそうだ。いつどんな時でも芸能人と会う機会があるかもしれないからと常に小さなメモ帳とサインペンを持ち歩く、それらを忘れた時はたまたま持っていたレシートにサインしてもらったこともあるらしい。
「ねー祐二、あの時あたしが来る前に秋山瞳からサインもらってないのぉ?」
膨れっ面の綾が僕に尋ねた、すぐにもらってないと答えるとまたガッカリした表情を見せる。
しばらく歩いていると僕たちが住む家が見えてきた、僕たちの家は街の中心部から少し外れた住宅街にあって僕の家は庭付き一戸建て、綾はその斜め向かいに構えるマンションに住んでいる。
「じゃあね祐二」
「おう、また明日学校でな」
家の正門前で僕たちは手を振って別れた、綾がマンションの中へ入っていくのを見送り僕も正門を通って中へ入る。
「ただいま~」
玄関を開けて家の中から母さんからおかえりの返答をもらうと僕はまっすぐ二階にある自分の部屋へ、夕食の時間まで勉強するためだ。
家族は他に姉さんと妹、父さんは僕が小学生だった頃に亡くなった。
僕より六つ上の
何故かというと以前から夢だったお笑い芸人になると言って、お笑いの本場だという大阪の養成所に入ったから。
今はそれを卒業し、向こうで見つけた相方の人とコンビを組んで活動しているらしい。
一方で妹の
週末になればいつも友達と買い物――というと理那から古臭いと言われる――へ出かけている。
「たっだいま~っ♪」
一階から明るく元気な声が響く、理那が帰ってきたようだ。
僕は依然として勉強を続けた、竹内家の中で僕が唯一の男だから良い大学へ行って家を支えなくてはいけないという思いがある。
こうして勉強漬けのせいかさっき秋山さんに会った時でも嬉しいとか驚いたとかなくて、綾から話を聞くまで有名な人とは知らなかった。
でも綾がサインを欲しがるくらい有名なら、やはり来る前にもらっておけばよかったとも思う。
綾には悪いことをしたな……。
「祐二、ご飯よ~」
母さんが呼ぶ声に僕は勉強を切り上げ、机から立ち上がって台所へ向かう。
台所では先に理那が足をバタバタさせて待っていた。
「いっただきま~すっ♪」
理那の声に反応するように手を合わせて食べ始める僕たち家族三人。寂しく見えるかもしれないが、これがいつもの光景だ。
「そういえば今日、街歩いてたらねっ」
はにかんだ笑顔で理那が話を切り出す、この時僕は特に気にも留めないで黙々と食べて母さんが聞き手に回る。
それによると街中でスーツ姿の男に声をかけられ最初は怪しいと思って無視していると名刺を手渡されたという、その名刺を理那が僕たちに見せてくれた。
僕は知らなかったが、どうやら名刺に書かれている会社は有名な芸能事務所らしい。
よくわからないけど、確かそういうのってスカウトって言うんだっけ。
「すごいじゃない! 我が家から芸能人が二人なんて、竹内家の自慢だわ」
それを聞いて理那は小さくガッツポーズする、母さんの言う通り姉さんに続いて理那もとなるとそうなるのか。
「祐兄ぃはどう思う?」
母さんが肯定した後、僕にも尋ねてきた。
僕にとって芸能人というのは姉さんがいるといえどよく知らない職業ではある、でも秋山さんと話していて考えが変わった。
「悪くないんじゃないか、理那がやりたいって言うんなら」
「ほんと? ありがと祐兄ぃ♪」
僕の答えを聞いて理那は嬉しそうだ、今後は陰ながら応援してみようかな。
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