100万回再生された猫

南沢甲

100万回再生された猫

とある動画サイトの片隅に猫が寝ている動画がある。その動画の再生回数は百万回と表示されている。

 このサイトの再生回数の表示は三桁毎の区切りから右が切り捨てられて表示されるため、この動画の再生回数が百万回ちょうどなのか、あるいはもっと再生されているのかは分からない。

 この動画は猫が寝ているだけのなんの変哲もない動画だ。

 なぜこんな動画が百万回も再生されたか不思議に思われるかもしれない。

 それにはこんなわけがあるのだ。


 この動画は、投稿された時は猫がボールで遊んでいる姿を撮影した動画だった。猫は年単位で時間が流れる間にたったの数十回遊んでいる姿を見せただけだった。

 そんなある日、一人の少女がこの動画を見た。猫は変わらず遊んでいる姿を見せるだけだったが、少女はキャッキャと笑った。

 次の日も少女はこの動画を見にやって来た。猫は何も変わらない遊び姿を見せ、少女は笑った。

 それから毎日少女はこの動画を見て、同じように笑った。

 ある日少女は尋ねた。

「猫さんはなんでいつも同じことしているの?」

 猫は答えなかった。違うことをしようと思ったことはなかったし、自分の在り方に疑問を持ったこともなかった。

 その日、少女は笑わなかった。

 次の日も少女は笑顔を見せなかった。代わりに昨日と同じことを尋ねた。

「猫さんはどうしていつも同じことをしているの?」

 それが何日も、何週間も続いた。

 そして、再生回数が百回になった頃、とうとう猫は疑問に思った。

 どうしてこの少女は同じことを聞き続けるのだろうか。自分が違うことをすれば少女も違った表情を見せてくれるのだろうか。

 その日から猫は違う動きをするようになった。ゴロゴロと転がってみたり、意味もなく跳び跳ねてみたりした。

 それを見て、少女は笑った。

 それからその動画は見るたびに内容の違う動画として有名になり、再生数は爆発的に増えた。


 しかし、再生回数が五十万になろうとする頃、少女が動画を見に来なくなった。

 それでも猫は少女が再び見に来ることを信じて毎回違う動きをし続けた。

 動画の視聴回数はますます増え、猫にとっては長い長い時間が流れた。

 そして、百万回目の再生でついに少女と再会した。

 少女は病院のベッドにいた。見るからに痩せ細った体はその身に死が迫っていることを示していた。

 驚いて固まる猫に少女は言った。

「よかった、やっと猫さんと会えた」

「猫さん、いつもみたいに面白いことしてくれる?」

 猫は必死に少女を笑わせようとした。慣れない二足歩行で踊りまで披露した。

 動画の再生時間が終わっても猫が止まることはなかった。

 先に動きが止まったのは少女だった。突然笑い声が止まり、少女の両親と医師が駆け寄る中、動画を再生していたスマホが床に落ちた。

「ご臨終です」

 その言葉を聞いたとき、猫はようやく動きを止めた。

 それから猫は眠りについた。少女との思い出を夢見て眠る猫は、事情を知らない人から見ればただ猫が寝ている動画に過ぎず、その動画の再生回数は伸びなくなった。


 とある動画サイトの片隅に猫が寝ている動画がある。その動画の再生回数は百万回と表示されている。

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