バリアの国

 飛び抜けた科学力を持つ国があった。

 対消滅機関を実用化し、それから供給される莫大なエネルギーを応用して、国全体を特殊なエネルギーフィールド・バリアで覆っている。

 敵の攻撃の一切を遮断しゃだんする能力を持っているそのバリアは、試しに敵国が撃ち込んでみた核ミサイルを、爆発すら起こさずに完全消滅させた。

 その後はミサイルが開発されるたびに核や通常弾頭を撃ち込む敵国だったが、その国の周辺には大型のレーザー迎撃システムも配備されている。

 よほどの飽和ほうわ攻撃を除き、大抵は迎撃された。

 あれだけミサイルを撃ち込んでも敵に軽微な損害を与えた程度、ということで敵国の国民感情は厭戦えんせんムードになった。ミサイルは高いのだ。

 敵国の次の作戦は、バリアの国にスパイとなる人材を派遣することだった。

 身元を偽造し、わざわざ別の、緩衝国などの国の人間を雇い入れた。

 一定の資金の仕送りと高給を約束して、あのバリアの国の内部を徹底的に調べ上げることにしたのだ。

 バリアの国の政治体制は王政が取られているが、民主主義的な議会もあり、絶対君主的ではないとのこと。

 経済はうまく金銭が循環じゅんかんするように、高額所得者には重税が課せられていた。共産主義に近い。

 高度に発達した科学技術から、現金を用いないキャッシュレス決済が進んでおり、財布に現金を入れているものはほとんどいない。

 国全体に防犯カメラや警備ドローンが多数設置・配備されており、治安は良い。

 逆に、銃器や爆発物などの管理や取り締まりは厳しい。

 内側から対消滅機関などの破壊工作をするには、難航を極めた。

 敵国は諦めず、長期に渡る計画を練った。

 一〇年はかかるであろうその計画は、多方面からバリアの国を陥落かんらくさせるための方法だった。

 まずは出版社を作った。

 富裕層の不満をあおるべく、資本主義への啓蒙けいもう本を流布させた。

 バリアの国では電子書籍も非常に繁栄しており、また表現の自由を大変重んじる文化も追い風となった。

『この国の経済、ちょっとおかしいんじゃない?』といった、金と権力を握った自由派層に訴えかけ、反政府の勢いを作った。

 政治的にはバリアの国の一部の高額所得者(敵国が絡んでいることは全く知らないであろう)をバックにつかせて野党組織を作った。

 反政府組織を作る案も考えたが、短絡的で過激な組織では敵国が噛んでいることが悟られる可能性がある。

 それだけは絶対に避けるために、バリアの国の法律内における、合法的な手段に限った。

 要は、政治的に訴えかけ、あの忌々いまいましいバリアを一瞬でも解ければ良いのだ。

 そのために、敵国は全力をかたむけた。

 予想通り、対消滅機関とバリア生成技術には莫大な税金が投入されていた。

 開発費と維持費を入れて、バリアの国の国家予算三年分以上の多額である。

 バリアが張られてから一五年、スパイを投入してから五年目になった。

 バリアの国の国民たちはの意見は、主に真っ二つに分かれていた。

 一方は現状維持。

 他方は、引きこもったままよりも対外戦争を行って利益の拡充をおこなうべし、という意見だ。

 敵国からすれば、バリアを解除してもらうことが一番の問題だった。バリアを完全に解除せずとも、限定解除などで地上から兵力を送ることは技術的にできるらしい。

 このままでは、面倒な局地戦か、核攻撃を避けるために広範囲に部隊を拡散させたこれまた面倒な大規模戦争になりかねない。

 しかし、敵国にとって地上のバリアの解除というワードは魅力的だったらしく、敵国は大型の超高速弾頭を射出する電磁投射砲レールガンを国内に作り、超がつくほど精密なコンピュータ制御による管制・精密射撃(狙撃)システムを開発した。

 弾頭は無論、核弾頭である。

 これを、限定解除されたバリアの内部、バリアの国に着弾させようというのだ。

 次は、王政が邪魔になった。

 完全に保守的な国王と周辺の閣僚かくりょうたちからなるその一団はバリアの解除などもってのほかという、敵国からしてみれば反対の意味で正しい考えを持っていた。

 野党側や勝手に出来た過激派の民衆が大いなる味方となった。

 導火線は十分に育った。

 反政府組織が絡んだ、国王直属の護衛部隊の一部が蜂起。国王を閣僚と護衛ごと爆殺した。

 やれ、大革命だ、経済的な自由を求める民衆の勝利だ、などとはやし立てられ、そして戦争をしに地上部分のバリアを限定解除した。

 レールガンから核砲弾が発射されるまでの間に、スパイたちは出国する必要があった。

 バリアの国の一部を吹き飛ばして、大量の放射能で汚染させるのに十分な威力を持った核兵器である。

 その敵国はスパイごと『お国のために』吹き飛ばす案も計画したが、今まで尽くしてきた者たちを見殺し、あるいは直接手にかけるわけには行かないということで、レールガンによる砲撃を一定期間見送った。

 バリアの国も馬鹿ではなかった。

 バリアの国の元野党、現在は革命政府の与党だったが、とにかく彼らは敵国のスパイの存在を察知していた。

 今までさんざん前政府の反感を買う出版をしてきた出版社の重要人物たちが国外への『旅行』を申請したあたりで気づいたのだ。

 敵国のスパイの一部が捕縛され、洗いざらいを吐いた。

 拷問以前に、このまま拘束され続ければ核砲弾を浴びる羽目になるのだから、文字通り必死だった。

 敵国がスパイの全員脱出を待つ間に、バリアの国では軍的資源の国外移送が完了し、バリアは再び完全に閉鎖された。

 部隊は分散して配置され、条約で禁止された威力を持つ核兵器、水素爆弾の戦略核でもない限り、戦線の破壊は難しくなった。

 戦術核が散発的に打ち込まれ、迎撃され、大量の無人機に人の統括する各司令部が指揮する。

 通常の戦線の構築が終わり、戦争が行われようとしていた。

 それからほどなくして、敵国の現政権が崩壊。今回の内部工作・作戦の失敗を受けての政変だった。

 敵国のスパイが持ち出した科学技術を用い、反物質炉から供給される莫大なエネルギーで、敵国はその全周をエネルギーフィールド・バリアで覆うことになった。

 当面は戦争をしなくて大丈夫だと、敵国の国民は喜んだ。

 その後、不自然な旅行客や移住希望者がその国に来るようになるが、外側からは完全に守られているので、金払いの良い旅行客や移住希望者を、喜んでその国は迎え入れたという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る