百年後くらいに 夢で逢いましょう

えむ

百年後くらいに 夢で逢いましょう

 なんであんな夢見ちゃったんだろ。


 もう何年も前の、あの人の夢を。

 もうとっくに忘れたと思ってた、あの人の夢を。


 そんな夢を見た朝はいつも気だるい。

 異世界にでも来てしまったんじゃないかと錯覚するほどに、現実感がない。


 あの頃に戻ってしまったかのような感覚。


 夢だと知覚するには、あまりに鮮烈な夢だったから。

 まるで今まさに現実に起こっているかのような夢だったから。


 あの人がまだ、すぐそばにいるかのような錯覚を引き起こす。


 こんなふうに布団の中で丸まっていると、コーヒーの香りが漂ってきて、ドアが開き、見慣れた笑顔が覗き、「おはよう」と聞き慣れた声がするような、錯覚。


 もう、顔も覚えていないのに。

 もう、声も覚えていないのに。


 顔を、声を、思い出そうとすると、記憶喪失にでもなったかのように鈍い頭痛がする。

 いつもなら心地よくまどろむ布団の暖かさが、やけに湿り気を帯びてまとわりつく。


 コレイジョウ コノナカニイタラ コワレル


 弱くてもろい自分が厳重に閉じた封印を破ってしまいそう。

 現実味のない恐怖が腹の奥からこみ上げてきた。


 カーテンを思い切り開けて、朝の光を浴びる。

 冷たい水で顔を洗う。

 コーヒーを淹れて、ブラックのまま一気に飲み干す。

 クローゼットを両開きにして着替えながら、しばらく着ていない服をビニール袋に詰める。

 どんどん詰める。

 どんどん詰める。

 袋をいっぱいにして、ギュッとしばる。


 玄関に向かい、ヒールのとびっきり高い靴を履く。

「いってきます」

 誰もいない部屋に呼びかけるでもなく言い残し、ドアの鍵を閉める。

 大きなゴミ袋を片手に、ヒールの音を階段に響かせて降りる。

 

 夢は夢。

 坂道を歩く今はもう、おぼろげにすら思い出すことができない、夢。


 朝の空気が、ひんやりと頬を包んだ。

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