文学と青春と地球最後の恋情

SS

あたしがもっとも幸せになれたのは世界が終わる日だった。


何故世界が終わるのか、隕石なのか宇宙人の侵略なのか地球温暖化なのか、具体的にはなにも知らない。

ネットやテレビを見ればわかるかもしれないけど終わることだけは学校で告知され町中大人も子供も皆泣いていて本当だってわかった今、終わる理由を知りたいとはあたしは思わなかった。


それより、この世界で終わってしまうまで目の前にいるやつの側にいたかった。


こんな日なのに相変わらずわたしを気にも止めないやつ、毎朝、茶髪の髪を15分かけて巻いて化粧に1時間かけているはわたしとは真逆の黒髪ストレートに嫌みなほど白くて綺麗な肌、元がいいからか垢抜けてはないものの図書室にぴったりの生け花のような女、麻沼桐子は同じ高校の同じ部活の知り合いだ。友人ではない。

ただ、文芸部という幽霊部員が8割の、それこそ毎日顔を出すのはあたしと麻沼ぐらいの実質帰宅部のちゃんとした文芸部員。

あたしも最初は幽霊部員になるつもりだったが体験入部時に顧問に押し付けられた筒井康隆の「笑うな」にドはまりし、それ以来図書室にあるSF小説を片っ端から読んでいる文学ギャルになった。


ただ、麻沼には敵わないが。

麻沼は活字狂いだ、中毒者だ。

泉鏡花や太宰、谷崎や宮沢賢治、乱歩から筒井康隆、京極夏彦や森博嗣、舞城王太郎に中山可穂、倉知淳に伴名練に宮澤伊織、平山夢明に小川一水や飛浩隆エトセトラエトセトラ…あの女はなんでも読む。清楚な見た目をしてロールキャベツ系女子だ。


おかしな話だがあたしは麻沼と話したことがない。入部してから丸々一年が立つが部室に入ればすでに麻沼が本を読んでいて、その時ちらりと視線をあげることはあっても挨拶さえなかった。そしてあたしが帰宅する時間にもまだ読んでいる。鍵閉めはいつも麻沼が(当たり前だが)やってくれていた。

だから話しかけたことはない。理由はあたしが読書中に話しかけられるのが嫌いだから。小学生の時に習った「人にされて嫌なことは自分でもしないようにしましょう」というルールを今でも律儀に守っているのだ。


今日、地球が終わる日、部室にはあたしと麻沼しかいない。まるで日常と代わり映えはない。

麻沼はあたしが部室に来たとき当たり前のような顔で本を読んでいた。やっぱりね、と思いながらあたしも読みかけだった「パプリカ」を読んだ。


「丹川さんって筒井康隆が好きなの?」


鈴が鳴るような、なんて古典的表現がぴったりの声がわたしを言葉の世界から引き剥がした。

これが他の声だったら切れていたが、あんまりにも綺麗で、そして声の相手が麻沼しかいないことに気付き怒りなんてふっとんだ。

顔を上げるとカフカの変身を読み終えたらしい麻沼はあたしを薄い笑みを浮かべながら見ていた。


「……好き、大好き。特に「笑うな」はさいこう。麻沼は?」


「当ててみてよ、一年も一緒にいたんだから」


あたしを認識してたのかと少し驚いた。

初めて見た表情で見つめられていることにも、ドギマギする。


「…麻沼は、ジャンル広すぎてわかんない。活字ジャンキーじゃん。」


「あら正解。わたしのことよく見ていたのね丹川さん」


顔が羞恥に染まるのを感じた。

この女、性格が悪い。あたしがこの一年見てきたことを知っていて最後の日に話しかけてくるなんて。


「良かった、おあいこだったのね。わたしだけが見てたのかと思った。」


なのに、ふふ、と意味ありげに笑った顔がとてもかわいくて、あたしは燃えるような体温を感じながら「世界が終わるね」と言った。


「ええ、じゃなかったらきっとわたしはあなたに思いを伝えられないまま卒業して、大人になって、あなたを忘れて、誰かと結婚してたかも。というわけでわたしはずっとあなたが好きでした、丹川さん。」


「あたしも、同じ。世界の終わりがこんなに幸せだと感じるとか、おかしいかな。あたしも麻沼のことが好きだよ。」


お互い見詰めあってふ、と笑った。

体感時間は三秒。




遠い遠い宇宙のどこかで地球が消滅したことが観測された時刻。まあ、わたしたちにはどうでもいい話なのだけれど。

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