第44話 夏祭り
夏祭り当日。
空模様はもうすぐ夜を迎えようとしている中、僕は待ち合わせに指定された最寄り駅に約束の時間より二十分ほど早く到着していた。
結構大きな祭りだからか、普段は閑散としている駅もちらほら浴衣姿の人が見受けられる。
僕をちゃんと見つけてくれるのか不安だったが、その心配は無用だった。
からん、からんと下駄を鳴らしながら、紗希が早足でこちらに向かってきたのだ。
そんなに急ぐと転ぶぞと注意しようとした瞬間、本当に体のバランスを崩し、転びそうになったので、咄嗟に紗希の華奢な両肩を手で支えた。
「ご、ごめんっ」
「いいよ。それよりけがはしてないか?」
「うん。大丈夫。ありがと」
「お、おう……」
「それじゃあ歩こっ」
「あ、ああ」
紗希はサッと右手を差し出してきた。
ちょっと前までは周りの人に見られるのが嫌で委縮してたよなー。
でも、今は違う。
そう思い、僕は迷わずその手を握った。その柔らかい手を。
だが。
わかってはいた。
紗希の浴衣姿が可愛いなんて見なくてもわかりきっていたことだった。
それは僕の想像をはるかに超えるほどの出来栄えだった。
紺をベースに白い朝顔が花を咲かせている綺麗な浴衣を身にまとい、鮮やかな色をした帯は全体の印象をきっちり整えていて、紗希の艶やかさを演出していた。
絹のような黒髪は瀟洒な
まあ、どれだけ言葉を尽くそうが、言いたいことはただ一つだけだ。
「紗希。浴衣姿……その……可愛いな…………」
「ほわっ……!?あ、ありがとぅ…………」
ポッと一瞬で桜が開花したかのように頬を上気させ、僕の顔を窺うようにそっと目を合わせると、照れたのか、すぐさま俯いた。
か、可愛い……
それに、僕のためにこんなに着飾ってきてくれたんだと思うと、幸せな気分で脳みそが支配されてしまった。
そのまま僕らは電車に乗るため、ホームへ向かった。
からん、からんという下駄の音は夏祭りが非日常であることを意識させるのには十分だった。
************
現地に到着してからは人の多いところに付いていくだけだった。
しばらくすると、両側に出店が並び始めて、一気にお祭りムードが引き上げられた。
「凌君は何から食べたい?」
「食べ物から行くのは確定してるんだな」
「むっ。今食い意地張ってるって思ったでしょ?」
「だって、以前ドーナツ四個を完食した女の子に言われたらな」
「ドーナツは別腹なの。ゼロの形してるからカロリーもゼロなの!」
「その理論は謎」
「あ、あそこにわたがし屋がある。凌君、あそこ行こっ」
そう言って、繋いでいる手をグイッと前へ引っ張って、目的地に直行した。
わたがし屋の店長は紗希が可愛いからと言って、一つ分の料金はおまけしてくれた。
可愛いって正義なんだな……
にしても、そうだな。
わたがし屋の人だけじゃない。
さっきからしょっちゅう紗希へ色んな視線、特に男のそれを奪っている気がする。
だめだ。紗希は誰にも渡したくない。
そんな意気込みを行動に反映させるかのように、僕はグッと紗希を引いて、恋人以外ありえないほどの近距離に詰め寄った。
すると、紗希は「うぅぅ…………」と赤く染まった顔で僕の眼差しを射抜き、全身を僕の左腕に押し付けるようにくっついた。
「これでおあいこだよ……?」
それから、花火の時間まで、かき氷を食べたり、射的をしたりして、甘い時間を二人で過ごしていた。
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