第19話 勉強会

 「「え!?付き合ってないの!?」」


 千花さんと黒野の心からの叫びは図書室の一角に響き渡った。と言っても、ここは図書室だが、話してもオッケーとされている隔離された勉強部屋だ。周りが防音壁で囲まれているゆえのルールである。


 テスト週間だからか僕ら以外にも雑談や勉強の教え合いをしている利用者は少なくない。


 でもな。そんな大きな声で付き合ってないの?とか言うな。この学校にいるのは恋バナとあらば一目散に食いつく年頃の学生なんだぞ。周りからの視線が超集まってきている。その集中力はどうか勉強に使ってください……


「そ、そうだよ。私と凌君はそんな関係じゃない……よ……」


「あ、ああ。仲直りはしたけど、別にそういうのじゃないって!」


 ったく。男女がちょっと仲良くしたからってすぐ交際を疑うのやめてくれよ。


 というか、冬知屋さんなんでこのタイミングでもじもじして照れたの?顔も若干朱色に染まってるし。デレの基準がわからねえ。


「でもあんな動画を見せられたら誰だって付き合い始めたって思う……あ!」


 千花さんがなにやら胡乱な話題を口走った。動画だと……


 キッと僕は目線を黒野に向けると、こいつはリコーダーで低いミの音を吹いていた。なんでリコーダー持ってるし。せめて口笛で誤魔化してくれ。


「い、いや、違うんだよ。凌太。千花さんに見せるつもりはなかったんだ。休み時間に動画内のお前の熱い叫びを一人で楽しんでいたら、後ろから千花さんに見られたんだよ。すぐに隠したんだけど、千花さんが『紗希ちゃんが見えた紗希ちゃんが見えた』って呪詛のように呟き続けるから、仕方なかったんだよー」


「え?私のせいなの?黒野君?」


「だってそうだろー。千花さんが口を滑らさなかったらバレなかったんd……」


「わ・た・し・の・せ・い?」


「いえ、すべて私めの責任でございます。すみませんでした。千花様、凌太殿」


 コワイ。千花さんコワイ。目に光が一切灯ってなかったぞ。そりゃ黒野もこんなみじめな態度になるよな。


 千花さんはすでに「にゃー」って言いながら冬知屋さんに抱きついている。さっきの闇の面影は跡形もなく消え失せている。化け猫だ……


「それで動画ってどんなの?私も見たいな」


 冬知屋さんが動画の詳細を何か企んでいる風に訊ねた。


 たぶん、いや、絶対僕を辱めようと謀っているに違いない。何としても阻止せねば。


「そんなことより勉強しよーぜ。せっかく集まったんだしさ」


「冬知屋さんが言うなら見せてもいーぜー。よし鑑賞会だー」


「お、おい」


 僕の抵抗も空しく、黒歴史上映ショーが開催されてしまった。


『僕は何が何でも折れないぞ。十年、二十年後、いや、それ以上の年月が経ったあと、僕は冬知屋さんをたくさん知ってるんだと古参アピしてやる。周りから懐古厨と言われようが、冬知屋さんには傷一つつけさせない!守りきってやる!お前にここまでの覚悟があるのか!』


「あああああああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁああぁあぁぁあぁぁ~」


「ひゅー。さすが親友。かっこいいねー」


「紗希ちゃんに何て言ったかと思えば。これってほぼプロポーズだよね」


 僕は力強く頭を抱えて、見たくない現実から目を背けた。しかし、再びそっと顔を上げるほど黒野に訊いておきたいことがあった。


「ていうか、黒野。僕は今村に殴られる場面だけ撮れればいいって頼んだよな?どこから撮ってたんだよ」


「『冬知屋さんを離せ。今すぐに!』辺りからだな」


「まあまあ序盤からじゃねえか!」


 くっそ。そんなとこから黒野に見られていたのかよ。


 それにしても冬知屋さんがやけに静かだな。通常運転なら、「ここで再現してよ」とか言ってきそうなものなのに。


 バッと顔を冬知屋さんの方へ向けると、そこには真っ赤な物体が存在していた。


 まあ冬知屋さんなのだが、様子がおかしすぎる。


 かなり上気した頬を隠すように両手を当て、目は百メートルバタフライを想起させるほど泳ぎまくっている。「プ、プロポーズ……」とあわあわしながらボソッと漏らしていた。


 どうやら真に受けたようで、バカみたいに照れていたのだ。見てるこっちも照れてしまうくらいに。冬知屋さんが仕掛けた罠で自爆している。可愛い。


 あまりの可愛さに千花さんも「だめ。それ私の前で一番やっちゃいけない恋する乙女の顔だよ……」と呆然としていた。


「あらあらまあまあ。セイシュンですね~」


 まるで万物に慈悲を与えてしまうような包容感溢れる声音を発したのは、千花さんの友達で、図書委員の一歳上の先輩、衣鳩恵奈いばとけいなさんだ。


 今まで一言も話さなかったのは、温かい眼差しで見守ってくれてたからだ。一言で言うとお姉さん属性なのだが、バブみがそのわりには強すぎる節がある。


 そう言われて、気を取り直したのか、冬知屋さんは軽く咳ばらいをした。


「ま、まあ凌君にしては頑張ったほうだね……」


 髪を耳に掛ける仕草をしながら、冷静さを装ってのたまった。顔を真っ赤にしてた子が言うセリフじゃないのに。動揺を悟られるのが嫌なのか?


「強がってる冬知屋さんも可愛い……」


「な!?!?」


「や、今のは違うんだ!」


 やべっ。心の中で完結するつもりがうっかり口をついて出てしまった。


「べ、別に強がってなんかないし……」


「そ、そうだよな。ごめん。変なこと言って」


「バカ……可愛いなんて何度も通用すると思わないで」


 そんな可愛いって言ってなくない?って思ったけど前に下校したときも言ったな。そう考えると、チャラ男みたいで自分が浅はかな人間に思えてくる。

 

 でもそうか。可愛いって何度も通用しないのか。冬知屋さんの顔がまた朱色に染まりだした気がするけど、通用してないんだよな。


「おーい。二人の世界に入るなー」


「違うよ。違う違う。こんなの私が知ってる紗希ちゃんじゃない……」


「ふふっ。お二人とも可愛くてお似合いですね」


 なあ。早く勉強しないか……

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