第18話 勧誘

「芦谷、それは無理だってぇぇ!アヒャヒャ!」


「何が無理なんだよ」


 今は昼休みの教室。いつも通りざわざわと周りから談笑の様子が目からも耳からも入ってくる。


 誰と群れるでもなく僕と黒野は二人で昼飯を食らっていたのだが、僕が、冬知屋さんとのテスト勝負のことを相談すると、ヒステリックに笑われる始末。


「だって冬知屋さんって前のテスト、学年二位の成績だったんだぜ」


「はあ!?」


 え?冬知屋さんってそんなに頭いいの?いや、まあアホっぽくはないんだけどまさかそこまでなんて……


 てか、そんな頭脳の持ち主が平々凡々な僕に学力勝負挑んできたのかよ。どんだけ勝ちたいんだよ。


 僕なんて国語の成績が学年四位ってこと以外は何も取り柄がないぞ。というか、数学の順位は下から数えた方が早いくらいに致命的だし。


「今から名前で呼ぶ練習しとけばー。イエッヒェヒェ!」


「まだだ。まだ諦めてたまるか。黒野。僕と勉強会開かないか?」


「お。頑張るねー。いいぜ。この黒野に任せれば学年二位も夢じゃないぞ!」


「妙に自信満々なのが逆に怪しいんだが……」


 黒野の声高らかな宣言を、胡乱げな眼差しで迎えつつ、弁当を食べるため箸を進める。


「その勉強会、よかったら私たちと一緒にやらない?」


 横から見知った声が聞こえたと思い、振り向いてみると、冬知屋さんと千花さんがいた。


「ふ、冬知屋さん……」


「そろそろ私の成績を知って絶望しているところだと思ってね。さすがにフェアじゃないから勉強教えてあげるよ。…………凌君」


「りょ……凌君!?」


「ちょ、ちょっとどうしたの紗希ちゃん!?え?もしかしてそういう関係に!?」


 千花さんが血相変えて、冬知屋さんの肩をグワングワン揺さぶっている。声音は例のごとく無気力だが。この二人の絡み、新鮮だな。


「おい、芦谷。これはどういうことだってばよ?」


 何で黒野は囁き声なんだよ。お前の吐息は全然気持ちよくねえ。


 冬知屋さんはしたり顔で言い放った。


「確かに、勝負に勝ったら下の名前で呼んでもらうとはお願いしたけど、私が凌君を凌君って呼ぶ分には何も問題ないでしょ?」


 そんなに凌君凌君って連呼するなって。嬉しさと恥ずかしさがせめぎ合って大変なことになってるから。


 あー千花さん放心状態になってるよ。口から魂が抜けてるって絶対。


「俺も凌太君って呼ぼうかにゃー」


「猫語も君付けもやめてくれ」


「じゃあ、凌太でいーや。今日から妥協の凌太だ」


「マイナスのイメージ強めだから、妥協って言うのやめような」


 なんだこれ。冬知屋さんが場を支配している。こういった戦い方もできるのか。さすが冬知屋さんだな。さす冬だ。


「凌君は別にいいよね?私にあんなことを言ったんだから」


「あんなことって何?私の紗希ちゃんをどうやってたぶらかしたの?」


「あー凌太、あんなこと言ってたもんなー」


 黒野、あんなことってお前は知らないだろ。何適当言ってるんだ。場をかき乱すな。


「べ、別に変なことは言ってねーよ」


「じゃあ、何て言ったか説明してくれる?」


「それは……」


 こんなところでなんてほぼ公開告白じゃないか。言えないのわかって訊いてるな、冬知屋さん。


 ん?でもあんなことってどれのことだ?色々言いすぎて、どれがあんなことなのかわからないな。


 うわ。思い出すと恥ずかしくなってきた。うわーやばいよ。やばい。顔絶対赤いわ。


「だよね?黙るよね?やっぱり紗希ちゃんのこと口説いたんだ……あ、今、三途の川見えたかも……」


「やるな。凌太。立派に成長しやがって」


「口説いたとかじゃないし……多分……あと黒野は誰目線なんだよ」


「「多分!?」」


 黒野はニヤニヤしてこっち見てくるし、千花さんはジト目で睨んでくる。コワイ。


「羽衣ちゃん大丈夫だよ。置いていったりしないから」


「紗希ちゃん。好き!」


 冬知屋さんが頭を優しくなでなですると、千花さんは飼い主に撫でられた猫のように懐いていた。にゃーって言ってる…………言ってる!?


 さっきの黒野といい猫化する魔法でもかかってるのか、この空間は。


 僕が知らなかった二人の仲の良さに目を奪われていると、黒野が今度はほんとの小声で、二人に聞こえないほどの音量でこう呟いた。


「俺、百合もいけるんだよな」


「僕の冬知屋さんで変なこと考えるな」


「僕の……か……ごちそうさまです」


「ご、誤魔化すな!」


 うっかり余計なことを言ってしまった。幸い二人には聞こえていないようだった。


「というか、だいぶ話は逸れたが、勉強会のことだよな?僕はオッケーだぞ」


「私はもう少しこの話しててもいいけど」


「こっちは勝負に必死なんで」


「凌君が私のことを思って頑張ってくれるんだもんね」


 動揺するな。振り回されるな。話を逸らすな。


「そ、それでどこで勉強するんだ?四人集まるってなったら、それなりの場所が必要だろうし」


「図書室はどう?ちょうど羽衣ちゃんと行こうと思ってたところなんだ」


「わかった。じゃあ、放課後図書室だな」


「あ、それとね。羽衣ちゃんが普段仲良くしてる図書委員の先輩もいるんだけど、それでもいい?」


「ああ。どうせ勉強するだけだしいいぞ」


 予定が決まったので、話は終わるかと思えたが、冬知屋さんが何かを思い出したかのような素振りを見せた。


「そうだ。黒野君。今度は負けないから」


「そっかー。頑張ってね。俺も負けるつもりないけどー」


 え?なにが?この二人何の因縁があるの?という僕の疑心を見透かしたのか、千花さんがボソッと僕に教えてくれた。


「黒野君、前のテストで紗希ちゃんに勝ってたから、それのリベンジってことだよ」


 ん?冬知屋さんって確か、学年二位だったよな?それに勝ってるってことは……


 え?黒野って学年一の成績なのか?


 衝撃的すぎて言葉が浮かばない。驚きが隠せないんだが。いや、マジで…………

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る