第14話 覚悟

 私はやっぱり駄目な子なんだ。誰かと深く関わると、その人を傷つけてしまう。昔から変わってない。


 だから芦谷君には話しかけないようにした。私が芦谷君に構うと、彼が今村に苦しめられてしまう。芦谷君のあんな姿もう見たくない。私のせいで誰かが不幸になるのはもう見たくないの。


 私が間違っていた。芦谷君と付き合う未来予知をした日。彼なら私の心の溝を埋めてくれると信じた。いや、信じたかったんだ。


 でも駄目だった。心の溝が埋まる前に、彼が潰れてしまう。私のせいで。そう直感したの。


 このような同じ思考を何度も繰り返して、今村が暇になる時間を一週間近く待ち続けた。つまり、部活がオフの放課後だ。


 私は今村を呼び出して、二人である場所へ足を運んだ。


 そこは校舎と校舎の間に位置する何もない空間で、周りからは死角となっていて人目につかない。


「おいおい。こんなところに呼び出していきなりどうしちまったんだよぉ?」


「大事な話があるから呼んだの」


 私はもう芦谷君とは付き合えない。付き合っちゃいけないの。そして、今村を芦谷君に近づけるわけにもいかない。なら、方法は一つしかない。


 私が今村と付き合えば一番周りへの被害が少なくて済む。


 そのためにここへ呼んだのだけれど、芦谷君の時とは違った緊張感を抱かずにはいられないわ。


 これだけ人目につかないのであれば、もしかしたら乱暴なことをされるかも。


 不安でので、思うように未来を見られないから確かめることもできない。


 でもそのときはそのときか。今まで私がもたらしてきた不幸への天罰なのかもね……


「あ?今度は急に泣きやがってぇ。気ぃ狂ってんのかぁ?」


「こ、これは違うの。忘れて」


 指摘されて初めて気が付いたが、どうやらスッと頬に一筋の涙を流していたようだ。


 この期に及んで未練たらたらなんてほんとダメな子だね。そんな自分に嫌気がさしてくる。


 左手で涙を軽く拭い、フッと息を吐いた。


「今村はほんとに変わったよね。中学の時とは見違えるほどに」


 これは嘘ではない。本当に変わったのだ。


 昔は髪も真っ黒でただのサッカー好きの好青年って感じだったのに、私が振ってから突然変わっていった気がする。まるで別人になったかのように。


 今村は不敵な笑みを浮かべながら、私の言葉をじっと待っている。


「それでね。私にとって今村ってどんな存在なのかこの一週間ずっと考えていたの」


 真っ赤な嘘だ。


 考えていたのは芦谷君のことばっかり。自分の都合で勝手に距離を取ったのに、離れれば離れるほど頭の中が芦谷君のことで埋め尽くされてしまう。思いもどんどん強くなっていった。


 だから未だ後悔の念は残っているが、迷っている自分と強引に別れを告げるため、こんな思い切った行動に出たんだ。


「考えた結果を今から言うわ」


 自分に嘘をついていることから目を背けようと、結論を出すのを焦ってしまった。


 だが、焦っていたのは私だけじゃなかったらしい。焦っていたというか、じれったかったの方が彼の方は正しいかもしれない。


「そんなまどろっこしい御託はもういいからさぁ!」


 今村はそう怒鳴って、私の両手首を片手で握り、両手が頭の上にくる形で私の背後の壁に押し付けるようにして拘束した。


「俺のこと好きなんだろぉ?じゃあここでヤらせてくれよぉ?」


 下卑た笑みを汚く貼り付けた顔がズンズンと距離を狭めてくる。


 どこまでも救いようのない下品な人間だった。欲望の塊。自己中心的。


 でも、私も他人を不幸にする最低な人間。最低同士、案外上手くいくのかもね。


 そうした自己嫌悪百パーセントの笑えない皮肉を脳裏に浮かべても、私の気持ちが大きく揺らぐことはない。


「こんな人気のない場所に連れてこられてさぁ。目の前で悔しそうに泣きやがる女がいてさぁ。俺にとっては犯せって言ってるようなもんなんだよぉ。わかるだろぉ?」


 今村の空いた右手が私の胸にじわじわと寄ってくる。

 あぁ。こんな男に私は初めてを奪われるんだ……


 あれっ?もうとっくに自分を犠牲にするって覚悟したはずなのに、この状況が嫌だって思ってるの?そんなに私の覚悟って薄っぺらいものなの?


 嫌だ。優柔不断な私も嫌だけど、この男に弄ばれるのも嫌だ!もう全部嫌!


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!もう全部。何もかも……






 芦谷君……助けて…………






「何やってんだてめぇはぁぁぁぁぁぁ!!!」



 もう関わらないって、頼らないって決めたのに。


 今、一番聞きたいと思っていた声が聞けて、嬉しくなってしまっている私がいた。

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