第5話 夜道

 芦谷君のお家で晩御飯を食べて、連絡先交換した、その後の帰り道。辺りはうっすらと暗くなっている。


 私の家までは徒歩で約十分かかるかかからないかくらいなので、大丈夫だと言ったのだが、芦谷君は夜道に女の子を一人で帰らせるのは気が引けると言って、結局ついてきた。


 律儀なんだね。


 でも、それにしても芦谷君だって男の子なんだし、安心はできないんじゃないのと不安に思う方もいるだろう。その点は大丈夫です。


 だって、私は未来が見えるから。


 芦谷君の家に着くまでにも私は言ったのだが、芦谷君に襲われない未来を見たんだもの。


 だから、男の子のお家に抵抗なくお邪魔できたし、今もこうして二人並んで夜道を歩けているってわけ。


 でも。でもね。


 正直、芦谷君のお家に行くのはちょっと緊張しちゃった。芦谷君の部屋に入る機会はなかったけど、自分の家とは違う空間、さらに言えば、男の子と二人きりというシチュエーションにはつい、内心を取り乱してしまった。気づかれなかったけど。


 それに、芦谷君はやっぱり周りに気が遣える人だった。


 重い荷物は自分で持ってくれたし、私がキッチンで料理しようとするとき、家電の場所や使い方まで教えてくれた。「このコンロはクセがあるから強めに押さないと火がつかないんだごめんね役立たずで」と早口で言われたときは、笑いそうになったけど。


 あと、おいしいって言ってくれた。箸の進むスピードを見れば嘘じゃないことはすぐわかったんだけど、芦谷君が私に言ってくれたという事実が何より嬉しかった。


 連絡先知れたのも良かったなぁ。帰ったらチャットしようかなぁ。今度はどうやってからかおっかなぁ。


 我ながら意地悪なこと考えているなと思っていると、横から話を振られた。


「明日提出の数学の課題、もうやった?」


「それ、明後日じゃなかった?」


 芦谷君は「あ、そ、そうだったね。ハハハ」と言って、視線を再び前へ向けた。ハハハって言ってた。笑ったんじゃなくて。


 緊張してるんだね。その困った顔ずっと見てたいなぁ。


 そのまま気まずい沈黙が流れた。まあ、私は芦谷君のもじもじした表情が見れて満足なんだけど。


 でも、もっといろんな顔が見てみたいから、私から話題を振ることにした。


「そういえば、さっき心理テストしたよね。私も一つだけ知ってるのあるから芦谷君に問題出していい?」


「え……もう心理テストはこりごりだよ……」


 うーん。やっぱりそうくると思った。なので、私は何て言おうか方法を模索するため、


『だいじょうぶだって。もうからかわないから』


『絶対嘘だろ。顔に書いてる』


『女の子を無意味に疑ったら嫌われちゃうよ?』


『うっ……じゃあ一問だけだぞ』


 チョロい。芦谷君チョロいよ。逆に悪い女の子に捕まりそうで心配だよ。


 とりあえず、予知通りに、話を運ぶことにした。


「だいじょうぶだって。もうからかわないから」


「絶対嘘だろ。顔に書いてる」


「女の子を無意味に疑ったら嫌われちゃうよ?」


「うっ……じゃあ一問だけだぞ」


 胡乱げな眼差しを向ける芦谷君に私は堂々と心理テストを放った。


 質問


 あなたは犬を飼っています。その犬はどうやらむらっ気があり、言うことを聞いてくれる時もあれば、聞いてくれないときもあります。あなたはどうしますか?


 芦谷君はうーんと唸ってから口を開いた。


「どうもしないかな」


「どういうこと?」


 その返答が意外だったので、スッとその理由を尋ねていた。


「まあ、そんなに急ぎたくないというか。懐いてくれるまで、信じて待ちたいかな。飼い犬に嫌な思いさせたくないし」


「ふーん」


 何か芦谷君らしい理由でほっとした。やっぱり受け身なんだと思うと、頬が緩んでしまいそうになる。からかわないと言った手前、一応我慢しないとね。一応。


「ではなく!」


「うん……?」


 芦谷君が急に顔色を変えて、自分の回答を変更しようとする。


「やっぱり厳しく躾けたいかな。余計に舐められるかもしれないし!」


「う、うん」


「あ、でもご褒美はあげるよ。言うこと聞いてくれたら!」


「ふーん」


 わかった!私の顔色見ながら答えているんだ!面白い!かわいい!探り探り様子を窺ってくる感じが良い!なら、もうちょっと意地悪しよっかなぁ。


「あ、放し飼いとかにするとより言うこと聞かなそうだから、首輪はつけるよ。散歩するときはちゃんとリードを持ってね!」


「ふ、ふーん」


 何か面白い展開になってきた。このまま聞き流そう。


「あとやっぱり飼い犬には自分好みの芸とか仕込みたいな。指示して犬にやらせるという行動が主従関係を意識させそうだし!」


「へぇー」


「あ、あ、あ、あと吠えないようにも調教したいね。夜とかたくさん鳴かれると近所迷惑だし!」


 芦谷君がテンパりすぎて、なんだか、犬を飼う上での方針みたくなってるけどまあいいよね。面白いし。


 芦谷君が自分の両手をギュッと握り、祈るポーズを作った。


「お願いします!」


「良い回答であれって祈ってるよね、それ」


 私はクスクスと笑みをこぼし、診断結果を告げた。


「この質問は深層心理で恋人に要求したいことなんだって」


「え……?」


 芦谷君はまだいまいち状況を把握できていないようだ。


「芦谷君は恋人にご褒美を駆使しながら、厳しく躾けたいんだね」


「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「今一応夕方は過ぎてるから声のボリュームは抑えてね」


「あ、う……」


 これこれ!この恥ずかしがる顔が見たかったの!


 フフフと溢れ出る笑い声を我慢することはできなかった。


「ねえ。いくらなんでも首輪つけて外を散歩するのは嫌だよ?」


「う……う~~~」


「自分好みの芸って何?良ければ教えてくれない?」


「教えないよ!てか、そんなのないよ!」


「芦谷君の妄想では私って近所迷惑を心配するくらいに夜うるさいの?」


「そんなこと、か、考えてねぇ!そもそも冬知屋さんとはそういう仲じゃないだろ?」


「い・ま・は・ね」


「~~~~~~~~~ッッッ!!!?!!?!」


 そろそろ可哀そうなのでやめておこっと。満足満足。


 私は高ぶった気持ちを抑えるようにハーっと息を吐き、目尻を拭った。


 このように二人で会話のドッジボール(ワンサイドゲーム)を繰り広げていると、あっという間に、自宅近くまで来てしまった。


 あーやっぱり、芦谷君と一緒にいると楽しいなぁ。彼なら私なんかでも受け入れてくれそうな気がする。


 にもかかわらず、性懲りもなくそう感じてしまうのには、芦谷君ならという希望ゆえなのかもしれない。


 そう思うと、別れる前にどうしてもまた一緒にいる機会を顔と顔を合わせている今のうちに保障しておきたかった。


 そういえばテレビ見てるとき、芦谷君、コマーシャルに流れた映画の宣伝にくぎ付けだったよね。あれ、私も気になってたんだぁ。一緒に観に行きたいなぁ。


 そして、学校近くの映画館に明日の放課後、一緒にどう?と自分から誘おうとした瞬間、家にいたときに見た心理テストの二問目の結果を思い出していた。


 『四を選んだあなた。あなたは甘え下手です。尽くされるより相手に尽くすタイプ。尽くしてばかりだと疲れてしまうかも。なので、時には甘えてみましょう。甘え上手になれば、あなたの魅力は一段と輝き、もっと愛されるはず』


 たかが、心理テスト。当たるとは限らないのにね。


「そういえば、さっきテレビのCMでやってた映画、あれ私気になってるんだ〜」


 気づけば、口をついてそんな言葉が出てきていた。相手に選択権を譲るのってなんか緊張しちゃうな。


「観に行きたいなぁ。誰かと」


 一周回って駆け引きしてるみたいになってるけどいいよね。これが私の精いっぱいなの。


「き、奇遇だね。僕も観に行きたいと思ってたんだけど、その……良かったら明日の放課後とか……どう?」


 そわそわしながら、でも意を決したように私の目を真っすぐ見据えながら、デ、デートに誘ってきた。受け身になるとなんだかこそばゆいね。参考になるかも。


「や、やっぱり変だよな。いきなりこんなこと言うなんて。ごめんね、今脳みそ溶けてるから」


「いいよ」


「え……?」


「行こ。明日」


「そ、そうか……断られるかと思ってヒヤヒヤしたよ……」


 それはこっちのセリフだからという気持ちは喉の奥に引っ込めて、代わりに自己採点なら百点満点の笑顔でこう言ってやった。


「緊張してる顔もかわいいね」

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