第10話
「ステラ、そっちはどう?」
「ダメです、ルカ様……! 一旦、戻りましょう!」
村中を駆け回ったステラとルカは、息を切らしながら屋敷に戻る。
そこには、三十人弱の子供たちが集まっている。みんな、不安そうに顔を見合わせている中、同じタイミングで戻ってきたソラが三つ編みを揺らしながら言う。
「ステラ姉、村の中は!?」
「見つからなかった。屋敷の中は?」
「ダメ。かくれんぼで隠れる場所も見たけど、全然いない」
クウヤも遅れて駆け戻ってくる。息を整えながら、軽く汗を拭う。
「……いないのは、フランを含めて六人……か。一応、リュウには畑を見に行ってもらっているが……」
「子供たちが、畑に行くとは考えにくいわね」
息を整えたルカはそう告げる。ハルトも続けて戻ってきて、首を振る。
「ダメだ。どこに消えたかさっぱり分からない……六人も、神隠しだと?」
「いや、そんなはずはない。だけど、村の人は見ていない、と言っていた……となると」
クウヤはわずかに考え込む。確かに、とステラは頷いた。
子供が六人も群れていれば、絶対に村人たちの目につくのだ。特に、村の外は遮るものはない。子供たちが村の外で遊んでいれば、必ず分かる。
だから、絶対に、村の中にいるはずなのだ。
(でも、本当に村の中にいないとするなら――どこに……)
「……ハルトくん、もしかして、誘拐の可能性って……」
「あり得ないよ。ソラ姉。見知らぬ人が村に入り込めば、絶対に村人に顔を覚えられる。その時点でマークされて、片手落ちだ」
二人の会話に、ふと、ステラの思考が引っ掛かった。
少し前、夕焼けの中、歩いた広場を思い出す。
(今日、あそこにいたのは――)
「――隊商」
ステラの言葉に、クウヤは目を見開いた。
「それだ、ステラ! あの隊商、道理で見慣れないと思った……! 迂闊だった!」
「まさか、隊商に、誘拐された……?」
「分からない。だが、可能性はある――追いかけてくる」
クウヤは落ち着いた声でそう告げると、素早く子供たちの方を振り返った。そこには、子供たちをなだめるシンクの姿がある。
「シンク、子供たちを任せる。ソラは、シンクの傍に。ハルトは念のため、村の中をもう一度、見て回ってくれ」
「う、うん……」
「任せてくれ。父さん」
ソラとハルトがしっかりと頷いた。シンクが心配そうに眉を寄せるのを、クウヤは一瞬だけ微笑みを見せて頷き――素早く踵を返して駆けだす。
ステラは、迷わなかった。背後を振り返り、主人の姿を見やる。
「ルカ様は――」
「私も協力するわよ。もちろん」
止める暇もなかった。脇をすり抜けるように、黒髪をなびかせて駆けていく少女。その後ろ姿に、ステラは思わず苦笑いをこぼし、その背を追いかけていった。
夕焼けの平原を、疾駆する三つの騎影。
その先頭を駆けるクウヤは、鞍もつけずに馬を勢いよく駆けさせていた。その勢いに、ステラとルカは追いすがっていくのがやっとだ。
ステラは手綱を握りしめ、空に視線をやる。日が、徐々に沈みかけている。
(日が沈んだら、追跡が不利だ――急いで、追いつかないと……)
焦る気持ちを落ち着ける。そこまで、まだ遠くへは行っていないはず――。
「いたわ!」
ルカが声を上げて、前方を指し示す。その道の先には、ゆっくりと進んでいる荷馬車が数台あった。その周りを、数人の騎馬が囲んでいる。
一見して、普通の隊商だが――不意に、その騎馬が振り返った。
馬首を返し、こちらに向かって猛然と駆けてくる。その手には、刃――。
「――はっきりしたわね。クウヤさん」
「ああ! 二人とも、力を貸してくれ」
「もちろんです!」
ルカとステラも馬上で抜刀し、クウヤに続いて馬を駆けさせる。
クウヤの手には、何も握られていない。だが、彼は臆することなく裸馬で疾駆。そこへ向かいから雄叫びを上げた、三人の騎馬が突っ込んでくる。
その騎馬の一つと、クウヤがすれ違う。直後、ふわりとその敵が宙を舞っていた。
冗談のようにクウヤに跳ね飛ばされ、地に落馬する一人。ステラとルカはそれを避けるように左右に分かれ、正面から来た敵と当たる。
「おおおおおおお!」
声を上げる敵が刃を突き出す。それを潜るようにステラは避け、すれ違いざま、胴体に太刀の峰を叩き込んだ。衝撃と共に、馬から叩き落とされる敵。
ルカも見事に敵を捌き切り、太刀を振りかざしながら駆けた。
正面から、さらに七騎の敵。だが、クウヤは臆さない。
全身から気迫を放ち、その両手を馬上で構え――すれ違った瞬間、馬上から次々と敵が落ちていく。
彼の手が相手の身体に触れた瞬間、弾かれたように跳ね飛ばされているのだ。その光景に、ルカが目を見開いた。
「すごい――素手で、敵を相手している……さすが、ステラの師匠」
「……私も、お父さんの本気、初めて見ました」
もはや、二人は出る幕がなかった。クウヤの後に従い、馬を駆り飛ばす。
ぐんぐんと近づいてくる荷馬車。それを前にして、ルカは馬上で太刀を逆手に持ち替えた。そのまま振りかぶり、投げ槍のように一息に振り抜く。
その刃が車輪に吸い込まれた瞬間、大きく荷馬車が揺れた。そのまま、引きずるようにして、荷馬車は前に進んで停止する。
すかさずクウヤは荷馬車に駆け寄ると、馬から飛び降りて幌を開いた。
瞬間、中から転がるように飛び出してくる、金髪の少女――それを、クウヤは抱き留めながら、荒く息をつく。
ステラとルカも、馬から飛び降りて駆け寄る――そのクウヤの腕の中には、泣きじゃくっているフランの姿があった。
その手は縛られ、猿轡をされている。それをクウヤがほどくと、彼女は大声で泣きだし、彼の身体に抱き着く。その身体を抱きしめ返しながら――クウヤは視線を上げる。
「――よくも、僕の大事な子供たちを誘拐しようとしてくれたな」
ぞっとするほど、凍てついた声だった。殺気交じりの声に、止まった他の荷馬車からぞろぞろと男たちが出てくる。
そのうちの、酷薄な笑みを浮かべた男が、斧を担ぎながら笑った。
「は――少しくらい、分けてくれてもいいじゃねえか。出来のいいガキは、よく売れるからな」
「この子たちは商品じゃない。家族だ」
クウヤはフランの身体を抱きしめながら、険しい声で告げる。そのまま、ルカを振り返ると、そっと泣きじゃくるフランを預ける。
「ルカさん、お願いします――あいつらは、僕が」
「クウヤさん、無茶よ、三十人はいるわ……貴方は、無手じゃない」
「いえ、大丈夫です――それより、子供たちに、僕の姿を見せないようにして下さい」
そういうクウヤの瞳の奥には、激しい怒りの炎が渦巻いている。どす黒い感情を前に、ルカは尻込みしたように後ずさった。
クウヤはそのまま踵を返すと、つかつかと静かに商人たちに歩み寄っていく。
その背後から、陽炎のように怒気が漂っている。その気迫に、ごくりとステラは思わず唾を呑んだ。
「は――無理すんなよ。優男。今なら、見逃してやる」
「見逃すはずはない……家族に手を出す者は、一片の慈悲も持たない」
クウヤが低い声でそれを宣言する。握りしめられた拳が開く。
鉤爪状に開かれた手。ルカはそれを見つめて、わずかに目を開いた。
「これって、ステラの……」
「ええ、お父さんから教わりましたから……でも」
その気迫は、ステラと比べ物にならないほど濃い。殺気さえにじませる気迫に、思わずステラは喉をごくりと動かし。
不意に、彼の身体が消えた。
一瞬、そう錯覚する。だが、すぐに気づいた。彼は地面を這うような低さで駆け出したのだ。その動きに、賊たちの全員の視線がついていけるはずもない。
わずかな動揺。その隙を突き、クウヤは一人の男に肉迫し、手を閃かせる。
次の瞬間、血飛沫が上がった。
(――え……)
思わずステラが目を見開く。ルカは咄嗟にフランの顔を抱きしめて、彼女の耳も塞ぐ。一瞬遅れて、断末魔の悲鳴が上がった。
ステラの目の前で、クウヤは滑るように他の男に近づき、手を突き出す。それがすれ違った瞬間――血飛沫が、ぱっとまた上がった。
彼の動きは、一切の無駄がない。
揺れるように不規則に動き、視界から外れ、不意打ちで突きを放つ。ステラの動きを洗練化した動き。目で追いかけるのも難しいほどだ。
ましてや、対する男たちはそれを見定められるはずもない。
彼が踏み込み、すれ違う。それだけで、次々に男たちは苦悶の声を上げて倒れていく。血煙に紛れるように、彼はさらに駆ける。
そして、最後の一人の背後に、彼は音もなく回り込み――その腕を突き出した。
音は、なかった。代わりに舞ったのは、血飛沫だ。
どさり、と最後の男が地に崩れ倒れる。その中で、クウヤは肩で大きく息をついた。その寂しげな目つきに気づき――ステラは、前に歩みだす。
「だい、じょうぶですか……? お父さん」
「ああ、大丈夫だ……ステラにも、こんなところは、見せたくなかったのだけど」
振り返った彼の顔は、真っ赤に染まっていたが――それでも、いつものような笑顔を見せてくれる。だが、少しだけ力ない笑顔だ。
彼は自分の手を持ち上げ、皮肉げに口角を吊り上げる。
「敵の急所を鉤爪状に指で突く――要するに、暗殺拳だ。こんな薄汚れた拳、見せたくはなかったけどな」
まるで、その拳を振るったことを悔やむように、自分の拳を握りしめる。
その姿がとても痛々しくて――ステラは、気づけば前に一歩踏み出していた。
そのまま、躊躇することなく、その手を両手で包むように握る。
驚いたようにクウヤは視線を上げる。ステラは励ますように微笑んで首を振る。
「大丈夫です。汚れてなんかいません。汚くなんてないですよ」
「だけど、こんなに血に――」
「これは、お父さんが私たちをいつも守ってくれている証です……それを、汚いという人がいるなら、私が代わりに怒ります」
だから、気にしないでください、とステラは笑いかける。
クウヤは戸惑うように目を見開き――やがて、ふっと肩の力を抜いて笑い返した。
「全く……本当に、立派に育って……」
「お父さんの子ですからね」
「でも、二人とも、そんな手で戻ったらみんなにびっくりされるわよ」
ルカが笑いながら近寄ってきて、竹筒を投げ渡してくる。
「はい、水筒――これで血を流しちゃいなさい。ついでに、荷馬車の中に服が何着かあったわ。クウヤさん、着替えてしまってはいかがですか?」
「確かに、そうですね……拝借してしまいましょう。子供たちは……」
「荷馬車で待ってもらっています。みんな、大丈夫そうでした」
「よし――なら、二人とも、後始末をさっさと済ませて帰るとしよう」
クウヤは目を細めて言い、ステラは笑って頷いた。
「はい――私たちの家に」
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