第6話
「そういえば、クウヤくんってシズマさんから一本取ったことあったよね」
その話題になったのは翌朝、クウヤの家で食事を摂っているときだった
テーブルでクウヤ特性の野菜煮込みを食べていると、ふと、シンクが思い出したように告げる。クウヤは苦笑い交じりに首を振った。
「大昔の、出会った頃だよ。それに手合わせとはいえ、不意打ちの技を使った」
「え、そうなんですね……お父様が、負けた相手、初めて会ったかも」
「別に珍しくはないと思うけど」
目を輝かせるルカ。シンクはくすくすと笑って訊ねる。
「ステラの拳闘も、クウヤくん仕込みなんだよ。手合わせしたことある?」
「あります。とても粘り強く、好機をしっかりと生かすような体術でした。絶技を使わなければ、負けていたかもしれません」
「なるほど、二人が知らないところで、弟子たちが再戦していたわけだ。そして、今回はルカさんの勝ち――と。まあ、勝ち負けが全てではないけど」
「ふふ、そうですね。ステラから学ばされています」
「それはよかった。さすがしっかり者の、ステラだ」
二人の誉め言葉に、ステラはくすぐったくなってくる。思わず顔を伏せさせると、シンクは嬉しそうに目を細めながら、話題を変えてくれる。
「そういえば、二人とも今日はどうするの? 家でのんびりしてもいいし、村の方に顔を出してもいいのよ。ソラたちも、貴方に会いたがっているだろうし」
「そういえば、ソラちゃんたち、昨日帰ってきませんでしたね」
「貴方のために、部屋を空けてくれたのよ。レキとハルトも、リュウも」
「えっと……? 誰かしら。ステラ」
少し首を傾げるルカに対し、ステラは微笑んで言葉を返す。
「お父さんとお母さんの、お子さんたちです。私たち孤児院の子は、養い子ですけど」
ソラ、レキ、ハルト、リュウ――みんな、この家の子であり、クウヤとシンクの気質を受け継いだような、おおらかで優しい子たちだ。
みんな、年下でよく遊んだことを思い出す。ステラはルカに視線を向けて訊ねる。
「今日は、みんなに挨拶してきてもいいですか? ルカ様」
「ええ、是非とも貴方の家族に会いたいわ」
「ふふ、ありがとう、ルカさん――ステラ、案内を任せていいかな」
「うん、任せて下さい、お父さん。お父さんは、お母さんの傍でね」
「ああ。よろしく頼むよ。ステラ」
クウヤは朗らかに笑って頷くと、愛おしそうにシンクを見つめて夫婦で微笑み合った。
クウヤの家を出て、ステラたちは斜面を下っていく。
煉瓦で舗装された、歩きやすい階段を下りながら、興味津々にルカはクルセイドの村の方を眺める。その視線の先には、村の広場がある。
その周りには、昨日からいる隊商が、いろとりどりの屋台を開いていた。
村人たちは、村の広場でにぎやかにしている。その広場に、ルカは目を留めた。
「あの、広場にある――水を噴いている池も、もしかしてクウヤさんの発明?」
その視線の先にあるのは、水が天突くように噴いている池だ。ステラは笑って頷く。
「ええ、噴水、と言います。高低差を利用していて……」
ステラは振り返りながら、背後の山を視線で示した。丁度、ルカと一緒に越えてきた山だ。あそこに泉がある。
「そこから流れてきた水が、あそこで噴き出すように設計しているとか」
「すごいわね……どうやったらあんな風に……」
「あ、一応、あの工房の中に再現した模型がありますよ。戻ったら見てみますか?」
「是非見たいわ――本当に、クウヤさんってすごいわね。何者なのかしら」
「さぁ……そういえば、出身とか聞いたことないですね」
名前を聞く限りだと、カグヤ出身のようだが。
だが、シンクが名乗っている姓は、クルセイド――これは、北方にあるソユーズ連邦ゆかりの名前である。正直、不思議に思っている点だ。
「……だけど、父さんにどんな過去があろうと、父さんは、父さんですから」
「信頼しているのね。クウヤさんを」
「ええ――感謝もいますし、信頼も」
「……そっか」
ルカは目を細めながら、小さくはにかんだ。ステラは微笑み返しながら、石段を下りていき、村に立ち入る。その広場では、隊商の屋台が広げられている。
いろとりどりで、にぎやかな広場で、村人たちが思い思いの時間を過ごしていた。
そのうちの、子供と遊んでいた少女が、こちらに気づいて振り返り――目を見開く。
「あ――ステラ姉! 久しぶりっ!」
「あ、ソラちゃん! 久しぶりですね、本当に」
黒髪の三つ編みを揺らしながら、少女は目を細めて駆け寄り、ステラの手を両手で握った。ぴょんぴょん飛び跳ね、全身で無邪気に喜びを見せる。
「本当に久しぶりっ! 元気だった? 怪我していない?」
「あはは……ソラちゃんは相変わらず元気ですね。はい、大丈夫ですよ」
両手で手を繋ぎ合う。腕がぶんぶんと振られ、思わず苦笑いがこぼれてしまう。ソラは嬉しそうにはしゃぎながら――ふと、ルカの温かい視線に気づいた。
「わ、すみません、お客さんがいらっしゃった……えっと」
「初めまして、ルカと言うわ」
「はい、初めまして、私はソラと言います。すごく綺麗な人……!」
「ふふ、ありがとう」
くすくすとルカは嬉しそうに笑いながら、握手するように手を差し伸べる。ソラはその手を取り、にこにことしながらステラを見る。
「ステラ姉のお友達?」
「というか、上司というか……貴族様?」
「ふふ、確かにそうなるわね」
「へ……貴族、さま?」
こきん、と手を握ったまま、固まってしまうソラ。恐る恐るソラはルカに視線を移すと、彼女は満面の笑みを浮かべて首を傾げる。
「ええ、ナカトミ領で、辺境伯をやっているわ」
「ナカトミ――ルカ・ナカトミ、様……?」
「ええ、よろしくね。ソラ」
「は、はひ……」
かちかちに固まってしまったソラの肩をぽんと叩き、ステラはその身体から力を抜かせ、小さく微笑みながら頷く。
「まあ、固くならなくても大丈夫ですよ。ソラちゃん。見ての通り、気さくな方ですから」
「でも、貴族様……不敬罪……?」
「大丈夫ですよ。ね、ルカ様」
涙目になって振り返るルカの頭を軽く撫でながら、ステラはルカに視線を移す。彼女は楽しそうに目を細めて片目をつむる。
「ええ、気にしないでいいわ。楽に接して頂戴」
「う、うう……びっくりしたよ、ステラ姉……」
「あはは、ルカ様は少しお茶目な方ですから……」
ソラをなだめながら、ルカの方を見やって苦笑いを返した。
「あまり、からかわないで下さいよ? ルカ様」
「ふふ、ごめんなさい、とても元気な子みたいだったから」
「昔から、ソラちゃんは元気ですから……ほら、ソラちゃん、行きますよ。みんなにご挨拶したいですし」
「うう、そうだね……みんな、きっと会いたがっているよ。ステラ姉!」
ソラは元気を取り戻しながら、ステラの手を引く。そのソラにいざなわれ、ステラとルカは村の中を歩いていく。その村の一角には、一風変わった建物があった。
屋根がゆるやかに長く伸ばし、庇を成している。その左右からは回廊が伸びており、他の建物とつながっている。その庇の下には、看板が掛けられている。
その屋敷を前にして、ソラは三つ編みを揺らしながら振り返ると、にっこり微笑んだ。
「ようこそ、クルセイド寺院へ!」
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