第10話
食事が終わり、静けさが訪れた夜――。
ステラは、お茶の誘いを受けてルカの部屋にお邪魔していた。
「そういえば、ルカ様の部屋にお邪魔するのって初めてですね」
失礼にならない程度に、部屋を見渡す。その部屋は木を基調にした穏やかな部屋だった。部屋の棚の上には、小さな熊の編みぐるみが置かれている。
決して女の子らしいわけではないが、控えめな彼女の魅力が感じられる部屋だ。
ルカは浴衣の帯を軽く緩めながら、小さくはにかんで頷いた。
「そうかもしれないわね。適当に、ベッドに座っていいわよ」
「あ、では、お邪魔して」
天蓋つきのおしゃれなベッド。そこにおずおずとステラは腰を下ろす。ルカはその隣に腰を下ろし、ふふっと楽しそうに笑った。
「ステラ、あまり遠慮しなくなってきたわね。嬉しいわ」
「慣れと――ルカ様が、そちらの方が喜んでくれるかな、って」
持ってきた急須と湯呑をサイドテーブルに置く。そこで湯呑にお茶を注ぎ、ルカに手渡した。ありがと、と彼女はささやき、一口緑茶を飲む。
「……うん、こっちの方がいいわ。ステラとは、こんな距離感でいて欲しいかな」
「はい、分かりました……だけど、ルカ様、いいのですか? シズマ様が泊まられる、最後の夜なんですよね?」
「うん、だけど、お父様はリヒトや使用人たちとお酒飲むんだって」
「使用人の皆様と?」
基本的にリヒトが屋敷内のことを取り仕切っているが、他にも数人、使用人が控えている。厨房などの裏方で、あまり顔を合わせることはないのだが――。
ルカは肩を竦めながら小さく言う。
「みんな、元々はお父様の部下なの。戦とかで負傷して、戦えなくなったから、ここでお父様がここで働かせているの」
「ああ、皆さん、軍属経験とは伺っていましたが、そんな経緯が」
「うん、だから、お父様からしてみれば、みんな大事な家族なのよ。その晩酌を邪魔するのは、やっぱり野暮じゃない?」
「なるほど、そうかもしれませんね」
確かに、シズマとリヒトのやり取りは、とても気易かった。
いつもは丁寧な口調でしか話さないリヒトも、シズマの前では笑顔で少しだけ荒っぽい口調になっていたのだ。
(そういえば、養父さんって、なんでシズマ団長やリヒトさんと知り合いなんだろ)
あまり、養父と養母の交友関係を知らないことに、ふと気づかされる。
今度、里帰りしたときに聞いてみてもいいかもしれない。
そう思いながら、ステラは緑茶を口に運ぶと、ルカは穏やかな声で言葉を返してくれる。
「今夜は、ステラとゆっくり話したいな――って思って」
「それは、ありがとうございます。今日は、私もルカ様とお話ししたくて」
「ん、そうなの? 嬉しいわね」
ルカはそう言って微笑んでくれるが、ステラは真剣に向き直る。
「その前に――少しだけ、私は反省しているんです」
「ん? どうしたの? 何を反省しているの?」
「私が、しっかりとルカ様に向き合ってこなかったことを、です。今回の件も――私がルカ様の元にいる、ということをはっきり姿勢で示していれば、ルカ様も不安に思われず、シズマ様と無用な仲違いをしなかった、かもしれませんよね?」
「それは……どうかしら。いずれ、ケンカしていたと思うけど」
「それでも――です。言葉だけじゃなくて姿勢でも、私がルカ様の傍から離れないということをしっかり示しておくべきだったと思います。そうすれば、今後、ルカ様が不安に思われることは――ない、はずですよね?」
だから、とステラは真剣な眼差しでルカの目を見る。吸い込まれそうなほど、はっきりした瞳の芯を見据えて告げた。
「誓います――ステラ・ヴァイスは、ルカ様のお傍に常にあります」
ルカはぼんやりとその目を見つめ返し、瞳を揺らしていた。だが、やがて頬をわずかに朱に染め、視線を逸らす。
「あ、ありがと。すごく気持ちは嬉しいのだけど……一つ、いいかしら」
「はい? 何でしょうか」
「……今の、なんだか、告白っぽかったわよ?」
「――あ」
我に返り、気づく。ステラは目を見開くと、慌ててぶんぶんと手を振った。
「あ、違います、違います! そういう意味じゃなくてっ!」
「……そんなに必死に否定されると、少し傷つくのだけど」
ルカは拗ねたように頬を膨らませるが、すぐに、ぷっと噴き出しておかしそうに笑った。
「あははっ、そうよね、少しびっくりしちゃったわ」
「も、もう、ルカ様、からかわないで下さいよっ!」
「ごめんなさい、ああ、おかし、ステラ、すごく真剣な表情で言うから……」
「それは、真剣ですもの」
「そうね、真剣にプロポーズしてくれたものね」
「る、ルカ様ぁ、からかわないで下さいって……」
「いーや。すっごく嬉しかったんだもの。ステラの言葉」
ふふっと嬉しそうにはにかみ、ルカは甘えるようにしなだれかかってくる。ふわり、と肩に髪がかかり、つんつんと頬を突いてくる。
「顔が真っ赤よぅ、ステラ」
「ルカ様が散々からかうからです……全く」
気持ちを落ち着けるために、ステラは緑茶を口にしながら半眼を向ける。
「ちなみに、どうなんですか。ルカ様。結婚とか、そういう話に関しては。まあ、橋の下で興味がないとはお伺いしましたけど」
「そうねぇ、本当に興味がない――というか、私、異性には興味ないのよ」
ルカはそんなことを言いながら、ステラの白い髪を弄る。じっとステラの横顔を見つめ、んん、と少し考え込むように首を傾げる。
「そういうステラはどうなの?」
「私は……そう、ですね。あまり男性に興味を持たないといいますか」
孤児院で男の子と接し過ぎたせいだろうか、彼らを恋愛対象と見ることができなかった。どちらかというと、女の子と触れ合う瞬間――何故か、どきっとしてしまうときがある。その、芯にある柔らかさを感じてしまって――。
なんとなく、視線をルカに向ける。間近な距離で目が合い、ぼんやりと見つめ合う。
そのルカの瞳の奥に何故か、答えが隠されている気がして――距離が縮まり……。
ふわり、と鼻先に吐息がぶつかった瞬間、思わず我に返った。
「――ご、ごめんなさい、ルカ様」
「う、ううん、こちらこそ」
二人はほぼ同時に視線を逸らし、隣り合ったまま、気まずくもじもじとする。
ルカも何故か、耳を赤く染めながら、ちら、ちらとステラを見つめてくる。ステラは控えめに笑みを返しながら――胸の奥が、どくん、どくんと高鳴っていた。
もしかしたら、隣のルカに聞こえてしまいそうなほど、大きな鼓動。
胸も熱くなってきて、なんだか落ち着かない。
それを落ち着けるために、緑茶を飲み干し――ステラは、ルカに訊ねる。
「お、お代わりのお茶を入れますね。ルカ様」
「お、お願いするわ。よろしく」
それからしばらく、二人はなんだかぎこちない空気で、雑談を繰り返すのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます