第4話
「そういえば、ステラは二カ月ぶりくらいになるか」
食堂で食事をしながら、歓談しているときだった。
食堂には、シズマ、ルカ、リヒト――そして、ステラ。ひたすらに気まずいが、ルカとシズマの希望で、ステラも同席することになったのだ。
いつも、ルカと二人だけで使っている、広い円卓のテーブル。四人で使うと、丁度よい感じになっている。その対面のシズマからの、言葉だった。
ステラは慌てて背筋を正すと、シズマに向き直り、頭を下げる。
「その節は、ご迷惑をお掛けしました。団長」
以前会ったときは、ステラの命令違反を問われた尋問のときだった。それ以来の再会なので、話題に出されると少し気まずい。
だが、シズマは苦笑いを浮かべて手を振った。
「過ぎたことは気にしないでくれ。本当なら、キミにもう少し肩入れしたかったのだけど、団長としての立場があってね」
「分かっています。団長。あそこで、独断の行動をした私の責任です」
「個人的には、キミの行動は好ましく思っている。だからこそ、ルカを通じてこうやって引き抜かせてもらったからね――ルカ、ステラはどうだい?」
「とてもいい仲間だと思うわ。腕も立つし、何より実直かと」
ルカは熱っぽい口調で言うので、少し気恥ずかしい。
ステラは顔を伏せ気味に、小さくはにかむと、シズマは目を細めて頷いた。
「うん、それを聞いて安心した。ステラが上手くやっていけているか、少しだけ心配していたから」
「お父様、私のことを信頼してくれないの?」
「ルカのことは信頼している。だけど――それとこれとは、話が別だろう?」
拗ねたようにつぶやくルカに、シズマは困ったような笑顔を見せ、ちらりとステラを見つめる。ステラは苦笑い交じりに頷いた。
「確かに、最初は――戸惑うことばかりでした。でも、ルカ様のお気持ちに触れて、この街が好きになって来たところです。リヒトさんの食事も美味しいですし」
「恐縮です。まあ、この料理は、シズマ隊長仕込みなのですが」
リヒトの言葉に、ステラは少しだけ目を見開いて訊ねる。
「そうなのですね。意外です、団長が料理上手なんて」
「まあ……夫婦のどちらかは担当するべきだからな」
シズマは少しだけ濁した言い方をして、ルカは気まずそうに視線を泳がせる。
(……あれ、何かまずいところを突いちゃった?)
思わず顔を引きつらせると、リヒトが苦笑いと共に言う。
「この家では――ルカ様のお母様……アスカ様にお料理をさせないようにしているのです。昔、ちょっとした事件がありまして」
「思い出させないでよ、リヒト……あれ、結構、トラウマなのよ」
見ると、ルカが少し青白い顔をしている。シズマは平静を保っているが、湯呑に伸ばした手が微かに震えている。
(あの団長を畏怖させるほどの、事件が……?)
少しだけ興味がある。だが、強引に話を打ち切るように、シズマは咳払いした。
「今は、美味いリヒトの飯があるのだ。そのことは思い出さないようにしよう。その方がいいよな、ルカ」
「ええ、そうね、お父様。全面的に賛同するわ」
「それは残念――ステラ様、今度、お話しいたしますね」
茶目っ気たっぷりに片目を閉じるリヒトに、ステラは笑って頷く。
「お願い致します。是非」
「ルカ様に意地悪をされたときに、お話をすると、効果がてきめんですよ」
「なるほど、覚えておきます」
「リヒト、ステラ、貴方たちねぇ、最近私をからかうのを楽しんでいない?」
ルカが呆れたような声を上げ、シズマは楽しそうに笑い声を上げる。明るい笑い声に、ステラも気分が明るくなってくる。
そのまま、四人で歓談を続けるうちに、食事は終わり――リヒトが、使用人を呼んでデザートを出させる。その中で、ふとシズマがステラに視線を向ける。
「――と、そうだ、ステラ」
「はい? なんでしょうか」
少しだけ改まった雰囲気を感じ、ステラは背筋を伸ばす。シズマは真っ直ぐにステラを見つめ、凛とした口調で訊ねる。
「王都に、戻ってみる気はあるか?」
「――え?」
それに驚いたのは、ステラだけではなかった。ルカは目を見開き、シズマの顔を振り返る。シズマはステラから視線を逸らさずに続ける。
「このたび、アウレリアーナ女王直轄の部隊、『征東隊』を再編し、私の直属の遊撃隊とした五百名ほどの部隊を編成することとなった。もし、よければ、ステラ・ヴァイス中騎士をその小隊長として任命したい」
一息にそう告げたシズマの目は、真剣だった。
その眼光に射すくめられるようにして、ステラは目を離せない。それに代わり、ルカが慌てて腰を上げ、口を開く。
「ま、待って、お父様!」
「ルカ、これはステラが決めることだ――ごめん、少しだけ黙っていてくれるか?」
口調だけは申し訳なさそうに――だが、その視線ははっきりとルカを制するように投げかけられる。それにルカは息を呑んで黙り込む。
シズマはステラに視線を戻すと、はっきりとした口調で続ける。
「この人事は、他の誰からも口出しはさせない。だが、最大限に便宜を図ることができる。もちろん、これを断っても他の人事査定には影響がない――すまない、急にこんな話をして」
最後の一言だけは、柔らかい口調だった。シズマは視線を緩め、少しだけ申し訳なさそうに頭を下げる。
「ただ、あの出来事にステラは非がないと思っている上に、ステラはもっと別の場所でも活躍できる騎士だと思っている――だからこそ、この話は前向きに検討してくれるとありがたい」
「い、いえ……恐縮です。団長」
ようやく、ステラはそうやって言葉を返すのがやっとであった。
心の整理がつかず、戸惑いが占めていて、その後のデザートの味がよく分からず。
そして、ルカがいつまでも押し黙っていることに気づけないままだった。
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