第4話
「では、今後、野盗行為を行わないように――よろしいですね」
「ああ、約束しよう。敗者の定めだ」
陽が次第に暮れていく中、草原でステラと覆面の女はそう言葉を交わしていた。
言質を取ったステラは、後ろに待っているルカを振り返って訊ねる。
「これで、よろしいですか? ルカ様」
「ええ、構わないわ」
すんなりと頷くルカに、覆面の女は少しだけ訝しげに首を傾げる。
「本当に口約束だけでいいのか?」
「ええ、貴方が約束を違えるような人には見えないし――もし、約束を破るなら、シズマ・ナカトミが直々に貴方たちを追いかけ回すわ」
「……それは、何よりの脅し文句だな」
ふっと笑った覆面の女は、手下の野盗たちを振り返って告げる。
「と、いうことだ――あのシズマ・ナカトミに八つ裂きにされたくなければ、もう二度と野盗をしないことだ。私はもう、足を洗う」
「そ、そんなぁ、姐さん……」
「俺たちはどうやって暮らしていけばいいんですか……」
弱気な言葉を紡ぐ野盗たちに、ルカは腰に手を当てながら眉を少しだけ吊り上げる。
「なら、私たちの街〈アザミ〉に来なさい。仕事の世話くらいならしてあげるわよ」
「本当かっ?」
不意に食いついたのは、その覆面の女だった。顔に巻いた布の奥から覗かせる、紅い瞳が燦然と輝いて食いつくようにステラを見る。
それに面食らったのはステラだ。思わず戸惑いながら訊ねる。
「えっと……なんで、私を見るのでしょうか?」
「その、お願いがある……ステラ、様、私を部下にしてくれないか?」
その言葉に、ステラは思わず目を見開き、咄嗟に断ろうとして――。
「いいわよ。別に」
ルカが事もなげに告げる。えっ、とステラは振り返り、恐る恐る主に訊ねる。
「……ルカ様、何と仰いました?」
「だから、いいわよ、と。見たところ、その子の鞭の腕は凄まじいわ。性根も真っ直ぐで悪くはない。ステラの監督下に入るのであれば、問題ないと私は判断するわ。あとは――そうね、ステラが彼女を認めるかどうかよ」
「な、何でもやる! だから――よければ、私を……」
そう告げる彼女はか細く声を揺らしていて、どこか切なげだ。
その紅い目を見た瞬間、ステラは言葉を詰まらせる――思うのは、少し前の自分だ。
(自分も――ルカ様に拾ってもらえなければ……)
かつての自分と重ね合わせてしまうと――もう、断ることなんてできなかった。
ステラは小さくため息をついて彼女の目を真っ直ぐに見つめる。
「では、一つだけ」
「――え?」
「貴方の顔を、見せてくれますか? 顔を覆った人を部下には、したくないです」
「あ――わ、分かった!」
慌てて彼女は自分の頭の後ろに手を回す。そして、その布を解き、するすると布が落ちていく。その下から現れたのは――思いのほか、幼い顔つきだった。
浅黒の肌に、まだ未成熟な丸みを帯びた顔。その中で紅い目だけが利発に輝いている。その童顔を見て、思わずステラは問いかける。
「年、いくつなのですか?」
「十五くらい――バカにして欲しくはないのだ」
彼女は少しだけ拗ねたように頬を膨らませる――そうすると、本当に子どものようだ。低く落ち着いた声で、身長もステラと同じくらいなのに。
「あ、あと、覆面を外すならこれも外すべきよな」
戸惑うステラの前で、彼女は足元に手をやり――履いていた靴に触れる。
その底がかこん、と音を立てて外れた。厚底で、嵩増ししていたようだ。そうして立った彼女は、本当に小さな少女だ。
(十五、か……その歳で野盗をするなんて……)
ステラは内心で小さくため息。そして、真っ直ぐに少女を見つめる。
「分かりました。今後、一切、盗みのような卑怯な真似をしないと誓うのであれば、貴方を私の部下にします。それでよろしいですか」
「わ、分かった、じゃない、分かりました」
「無理に敬語にしなくてもいいです。最低限の、礼儀を弁えていただければ」
にこり、とステラは努めて優しく少女に笑いかけて手を差し伸べる。
「貴方の名前は?」
「私は、サンナ!」
「はい、サンナ、これからよろしくお願い致しますね」
ステラの声に、サンナは花咲くような笑顔を浮かべると、無邪気にステラへ飛びつきながら、澄んだ声で告げた。
「よろしくっ、ステラお姉さまっ!」
「え、お、お姉さま、ですか?」
「あ、ダメ、だった?」
上目遣いのサンナ。くりくりと愛らしい紅い目で見つめられ、思わず窮してしまう。何故か、話し方も砕けていて、ステラは戸惑いを隠し切れない。
その戸惑いを察したのか、サンナはしゅんとなってわずかに身を引く。
「ご、ごめんなさい、いきなり迷惑、だったよね……」
「あ、いえ、迷惑というわけではありませんが」
「じゃあ、いい? ステラ様が、お姉さまだったら嬉しいな、って……」
そう心細そうに言われてしまったら――やはり、ステラは言葉に詰まってしまう。孤児院出身のステラとしては、気持ちが痛いくらいに分かってしまうのだ。
仕方なくため息をつき、柔らかく笑みを浮かべて手を伸ばす。
「――いいですよ。仕方ありませんね」
そのまま、そっと彼女の茶髪を撫でると――あはっ、と心から嬉しそうにサンナは笑みこぼれ、掌に頭を押し付けてくる。
その仕草が、孤児院で一緒にいた子供たちに似ていて、思わず相好を緩めていると――ふと、淡々とした声が背後からかかった。
「話がついたなら、ステラ、撤退するわよ」
「あ、はいっ、ルカ様――サンナ、行きますよ」
「うんっ、お姉さまの後ろに乗ってもいい?」
「自分の馬があるでしょうに……それに乗って来て下さいね」
「はーい」
なんだかんだで素直に従ってくれるサンナに相好を緩めながら、ステラは自分の馬に歩み寄って乗ってルカに寄る。
だが、ルカは何の一言もなしに、馬首を返して先んじて駆け始める。
その背中が、妙に遠い。何故か、不機嫌に突き放すような背中にステラは戸惑いを隠せなかった。
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