ルカの物語
日南田 ウヲ
第1話
その少年は、屋根の上でいつも赤い色の空を眺めていました。
風の日も雨の日も、太陽が輝く日も、月が輝く夜も、一人ぼっちで空を眺めていました。
少年はどこまでも広がる空を見ていると、自分も飛行艇乗りのお父さんのようにいつか空の彼方へ行けるのだと思うことができました。
瞳を下げると屋根からは少年の住む街の遠くまで延びる鉄の錆付いた煙突やパイプがいくつも見えました。
街はいつも鉄の焦げる様な匂いがして、時折空から黒い雨が降ると街はより一層鉄の錆びた匂いがしました。
そして街に風が吹くと風の中に鉄粉が混じり、それが空へと舞い上がり空を赤くしました。
夏が過ぎる頃には、いつも巨大な嵐が襲いました。嵐は空を汚す街の人々を怒り狂うように襲い、街を破壊しました。
嵐が来た時は街の人々は家の中で肩を震わせて抱き合っているのですが、嵐が去った沈黙の後には街の人々は再び鉄を打ち、また風が鉄粉を空へ運んで空をより一層赤くしてゆくのでした。
或る時、少年のお父さんは彼に空の彼方にある美しい青く輝く海に囲まれた豊かな森や川のある青い楽園のことを話しました。
緑豊かな森も美しい川もどんなに少年が屋根から背伸びをしてみても、この街で見ることができない世界でした。
その場所は飛行艇乗りたちの中で昔から語り継がれている伝説の楽園でした。
青い楽園では美しい青い空が広がり、そしてその空から消え果てることのない檸檬色の優しい光が降り注ぎ、その光を受けて実る美しい果実の森があって、そこで誰もが平和に暮らしているとのことでした。
でもそこに行くには夏至の夜に渡り鳥達の後に続いて飛び続け、そして巨大な嵐の王様“サンベルジュ”に会わなければなりませんでした。なぜなら青い楽園はサンベルジュの身体である巨大な嵐が壁となって守っているといわれているからでした。
青い楽園は光の主がこの世界に残した唯一の穢れなき美しい場所で、サンベルジュは光の主から、楽園へ入る資格を持つものを見定める門番の役目を受けていると言い伝えられていました。
その資格とは光の主がこの世界の全ての生命を創り終えたときに囁いた“光の主の囁き”に対する答えを持っていることでした。
サンベルジュはその答えを持つものだけに嵐の壁の門を開き青い楽園へ導くといわれているのですが、青い楽園へ旅立った者は生きて帰ってきた者がいないので、誰も“光の主の囁き”とその答えを知りませんでした。
青い楽園へたどり着く事は空を行く者たちの憧れで、大きな夢でした。
「お父さんも、行きたいの?」
少年がそう言うと、お父さんは遠い目をして彼の頭を撫でました。そしてゆっくりと手を離しました。少年はその時お父さんの瞳の奥に輝く星を見た気がしました。
少年が十歳の夏至を迎えた夜、お父さんの乗った飛行艇は強大な嵐に巻き込まれ、その後、行方が分からなくなってしまいました。
少年は一人ぼっちになってしまいました。
その日から少年は屋根に上りひとり空を見続けていたのでした。そしていつかお父さんの夢の続きを叶えるために、自分も飛行艇に乗り空へ旅立とうと思うのでした。
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