同じ鍵 もう はなれない!

fujimiya(藤宮彩貴)

第1話 真打ちご登場

(『同じ鍵』シリーズ最終章です。初回は2話更新します。続けて第2話もどうぞ)


***


「ぼくの妻で遊ばないでください、真冬さん」


 携帯を握りしめた類が立っていた。すごく怒っているときの顔で。


 どうして、ここに類がいるのだろう。仕事は? あおいは? さくらは朦朧としている、理解できない。


「さくら。ぼくだよ、分かる? だからお酒を飲んじゃだめだって、あれほど言ったのに」


 頬を軽くはたかれた。ぺちぺちと。


「……ごめんなさい」

「ほら、お水。飲める?」

「ほしいけど、無理」


「仕方のない子だね。じゃあ、口移ししてあげる。真冬さん、さくらを返してもらいますよ」


 類は真冬を押しのけてさくらの身体を奪った。


 冷たい水が、類の唇から運ばれてきた。徐々に、目が覚めてゆく。

 瞼を思いきり持ち上げると、目の前いっぱいに類の顔があった。心配そうに覗き込んで、さくらの様子を窺っている。


「類くん、逢えた」

「さくらに逢いに来た」


 離れたくない。さくらは類にしがみついた。泣きたくないのに、うれしいやら安心したやら、一気に感情が流れ出して次々に涙があふれてくる。


「よしよし。間一髪……で、真冬さん」

「なにかな(しれっ)」


 怖いこと言うときの笑顔。類、怒っている。激怒である。


「沖縄に、シバサキが出店する予定です。真冬さんにはそっちの仕事を任せますので、さっそく週明けに異動してください」

「おきなわ? まだ、構想しかなかったよね、アレ。オープン直前なら行ってもいいけど(寝耳に水)」

「立地から選定してください。お店を開いて軌道に乗せるまで、本州には帰れません」


「まじか。せっかく、北海道から帰って来たばかりなのに(呆気)」

「まじです」

「左遷か」

「まさか。シバサキ初出店。栄転ですよ」


「吉祥寺店はどうする。あれ、使えないよ? いっときの感情で人事を動かすなんて、愚の骨頂(挑発)」


 あれ、とはイップクのことだろう。


「なんとかします。このあと梅雨で客足が鈍るし、夏のボーナスが出るまで、お店はそんなに忙しくないでしょうし。なんと言っても真冬さんが、吉祥寺店は『売れるお店の下地』を作ってくれましたから。しかも数か月で。イップクも学んだでしょう。あいつは素直です。真冬さんの養分を、ぐんぐんと吸収しましたよ。そういうやつは伸びます」

「ずいぶん評価しているんだな(意外)」


「イップクは、シバサキにとって大切な人間です。小手先だけの器用さで、ラクしようと手を抜く輩より信頼できます」

「あいつも、さくらを狙っているのに?(ちょっと驚き)」

「真冬さんとは違います」


 類と真冬は睨み合った。けれど、時間にしてみれば、五秒ほどだった。


「あっそ。勝手にすれば。さくらといい、イップクといい、類は経験の浅いやつが好みなんだな。以前とは大違いだ(開き直った)」

「調教しやすいほうがなにかと都合がいいでしょ。それに今は、家族ひとすじの純情社長ですので。あしからず」


 満面の笑みで類が手を振ると、とたんに真冬はつまらなさそう苦り切った表情で、立ち上がった。


「まあまあかわいいけど、とにかく類ほどの男が執着する女じゃないと思うよ(真実)」

「ええ。ぼくもそう思います。さくら程度の女なら、いくらでもいます」


 おいおい、本人を目の前にしておきながら言うねえ……さくらは身を小さくした。


「でも、さくらがいいんです。ぼくには、さくらだけなんです」

「はー。沖縄ね。行くよ。シバサキは好きだからね(了解)」

「よろしくお願いします」


「現地のかわいい子がいても、紹介しないよ(揺さぶり)」

「ぼくには、さくらとあおいだけでじゅうぶんです」


「そいつ、ふわゆるだぞ。管理を厳重にしろ(忠告)」

「ですが、これがさくらの持ち味なので。あいまいに、ふわっと拘束します」

「できたダンナだね(感心)」

「恐れ入ります」


 真冬は部屋を出て行った。

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