第374話

 俺達は進行を再開。

 今のゴブリンとオークの群れがやって来た通路を逆に辿るために、分岐を左に曲がった。そこを真っ直ぐ進むと今度は通路は右に折れ曲がり、またすぐに左に曲がって元の方向に戻るというクランク状になっていた。

 そして、そのクランクを抜けると前方に広間のようなスペースが見えてくる。


「どう見ても広間、だよな」

「広間だ」

「もうボス部屋ってこと…? いや、そんな訳ないわね」


 一旦立ち止まってガスランとニーナとそんなことを話した俺は、エリーゼと探査の結果について確認。俺もエリーゼも探査の有効範囲はほぼ同じだ。それはフィールドでもダンジョンでも。


「……うん、やっぱりさっき探査で群れが見え始めたのはこの辺りからだった。今はこの先に反応は全くないけど、とにかく中を見てみようか」

 そう言って皆の顔を見渡して互いに頷き合い、俺は歩き始めた。


 スウェーガルニダンジョンの迷路型の階層で、広間と呼べるような広いスペースがあるのはボス部屋とその前の安全地帯ぐらいだ。まさか、スタート地点から近いここはそういう広間とは違うだろうとは思うが、どうやら俺達にとってはイレギュラーなことばかりが多そうなこのダンジョンのこと。果たしてどうなのか…。

 おそらくは俺達のほとんどがそんなことを考えながら、そして不確かなことに対しては、より慎重であるべきと自身に言い聞かせながら進んだ。


 そうして間もなく広間の入り口に到着。

 入り口で一旦足を停めてさっと中を一瞥した俺は、すぐに全員に向けて言った。

「総員警戒は怠るな。ここは安全地帯じゃない」

「「「「「了解」」」」」


 この広間はスウェーガルニダンジョンの浅層のボス部屋と同じぐらいの広さだ。

 一つの辺が70メートル程度の正方形の部屋で、俺達が覗き込んでいるのはその正方形の一辺の中央に在る入り口から。


 警戒は緩めずにゆっくりと全員で部屋の中に踏み込み、鑑定フル稼働で改めて部屋の中を吟味し始めたところで、俺はこの部屋の入り口から見て真正面の壁に隠蔽された何かがあることに気が付いた。隠蔽の中心は床から1メートルほどの高さにある。


「エリーゼ、全員に精霊の守護を掛けてくれ」

「……了解。何を見つけたの?」

 エリーゼが、そう言いながら精霊の守護を発動。

 精霊魔法の淡い光のベールが俺達全員を覆って染み込むように薄れていった。


 俺は直径2メートル程度の光の輪を縦に浮かべて、それを隠蔽が掛けられている範囲を囲むように壁に貼り付けてから、エリーゼの問いに答える。

「そこの壁にある隠蔽魔法を斬る。何が隠されているかは分からない。総員防御態勢で警戒を」


「「「「了解」」」」

「オッケー、壁のその辺りね」


 警戒態勢を取った全員の様子を俺は振り返って確認。

 前に出ているニーナはアダマンタイト剣を構えて、いつでも重力障壁を張る準備が出来ているのだと解った。


 ゆっくり壁に近付いた俺は、はっきりと見え始めた隠蔽魔法そのものに向けて光を籠めた女神の剣を振るう。

 隠蔽魔法は純粋に闇属性の魔法。

 光を籠めた女神の剣ならそれは斬ることが出来る。


 ギンッッ! という音がたて続けに三度響いて魔法が斬り裂かれた。


 熱風で空気が揺らぐように壁が揺れて見えたのは一瞬。

 隠蔽魔法は霧散して、隠されていた壁の窪みが露わになった。



 ◇◇◇



 これまで何度も見たことがあるダンジョンの宝箱は、部屋の中で台座の上に置かれた状態で出現したものだったが、今、見えてきた宝箱はこの部屋の壁の一部が窪んで出来た棚に置かれている。


 俺は宝箱を何度か鑑定してからは、この後のこと考えている。


 どうして宝箱が…?

 と、ニーナは訳が分からないと言いたげな顔に変わっていた。

 いつもなら宝箱を見る度に中身がどうこうよりもまずは飛び上がって喜ぶニーナも、さすがにこの状況では訝しんでいる。

 他も全員が同じような感じだが、ガスランは俺の表情を見ていろいろと察したのか割と嫌そうな顔で俺に尋ねてきた。

「シュン、もしかしてこれもトラップ?」

「うん。多分間違いないと思ってる。と言っても、宝箱自体に罠がある訳じゃなくてこの棚になってる所から繋がってこの部屋全体にカラクリがありそうだ。部屋をもっとしっかり調べるべきなんだろうな。皆は少し待機していてくれ」


 その後、俺が部屋の中をゆっくり歩きながら壁や床を見ていくという念入りな調査を始めてからは、散開はせずなるべく集まっていた方が良いだろうということで俺以外は全員が部屋の入り口の所に集まっている。

 そして、その入り口から見て左側の壁の中央付近に俺は妙な箇所を見つけた。


 ふむ…。何かあるだろうとは思っていたが、これは隠し扉か…。


「エリーゼ、ちょっと来てくれ」

 入り口の方を振り向いてそう言った俺が視線を壁の方に戻して尚も壁を調べていると、エリーゼが隣に来て俺と同じように壁を見詰め始めた。

「ここの壁も怪しいの?」

「今度は隠蔽じゃないんだけど、そう。ちょうどそこの入り口と同じ感じの範囲が微妙に壁の材質が違うんだよ」

「……それって、もしかして隠し扉?」

「おそらく。だけど、人の生体魔力波を感知する仕掛けはない」


 続けてそこから対面の、入り口から見て右の壁にも同じ違いを見つけた俺は、そのことを皆に説明し、そしてエリーゼと二人でダンジョンの壁の向こうまで見通すべく渾身の探査を始めた。これはかなり消耗するので、そうそう乱発は出来ないもの。


 カシャンッ…、カチャッ


 と、ニーナが収納からショットガンを取り出して、魔力残量の確認を始めた。

「もう、そういう事だよね。人には開けられない隠し扉が二つ、そしていかにも仕掛けがありそうな宝箱…。ここもモンスタートラップってことでしょ」

 ニーナはそう言って不敵な笑みを浮かべる。


 俺は左の壁を指差して言う。

「そうだと思う。但し、そこそこ多いぞ…。この壁の向こうにはオークが41体居る。通常種が38体に、オークメイジが3体」


 ふん、と鼻で笑うニーナ。

「でしょうね。見えない宝箱に気が付いた人への特別な贈り物って訳なのね。いいわよ、そのプレゼント貰ってあげましょ」

 そして、やはり全力の探査での見極めが終わったエリーゼが右の壁を指しながら皆へ報告。

「こっちの壁の向こうは、ゴブリンばかりよ。通常種36体、メイジ5体、ジェネラルも5体。そしてキングが1体。合計47体」


 ニーナは今度はニッコリと微笑んだ。

「了解よ。全部で約90体。魔法持ちも上位種もいるってことね」


 ニーナが言ったように、宝箱を隠している隠蔽を看破できた者には、それに見合う魔物を用意してくれているということなのだろう。

 しかし、ここは第一層なんだよなと俺は呆れている。

 ダンジョンには個性があると言われるが、これっていきなり第一層から個性発揮しすぎじゃないか?



 ◇◇◇



 さて、敵の構成と出現箇所が判っていれば対処は容易い。

 何百体居ようがショットガンで粉砕し尽くす気満々だったニーナをなだめて、俺達は方針を決定した。

 ちなみに、ディブロネクスもショットガンを撃ちたくて仕方ないと顔に書いている。ディブロネクスにもショットガンとスタンガンをセットで渡していて、練習はさせては居たんだけど実戦は初めてだ。


 宝箱を開けることがトリガーなんだろうという予想通りに、俺が宝箱を開けた途端に両サイドの壁の中央付近が二つ同時に光り始めた。


「ニーナ、お客さんじゃ」

「いらっしゃい! 歓迎してあげる」

 なんて軽口をたたいているディブロネクスとニーナ。

 そして手筈通りにニーナが重力障壁を展開。


 すぐに壁の光が薄れて、真っ先に魔物の声がこちらに届いた。

 そして、グギャグギャッと叫ぶゴブリンの群れが堰を切った水の流れのように出てくると、間髪を入れずにニーナの鋭い声が響く。


「撃て!」


 ズガガガガガガガガガカガッンッッ!!

 ズガガガガッッ! ズガガガガガガガッ! ズガガガガガガガガガッッッ!!

 ズガガガガガガカガッンッッ!! ズガガガガッッ!


 ゴブリン達が出てくる箇所を囲むように布陣していたガスランとエリーゼとニーナ、ステラ、そしてディブロネクスが手にしたショットガンが雷を噴いた。


 阿鼻叫喚とはこういうことを指すのだろう。

 敵を威嚇し混乱させて戦意を失わせるはずだったゴブリン達の咆哮は、断末魔の叫びと悲鳴にすぐさま変わっている。

 仲間の死体や肉片が折り重なって進むことが出来なくなってまだ隠し部屋の中に残るゴブリンを、中央で構えているニーナがショットガンで狙い撃ちし始めた。


 一方、オークの群れはフガフガと戸惑いと苛立つような声は大きくなっているが、隠し扉が開いた所の間近に隙間なく張られたニーナの重力障壁に阻まれてこちらの部屋に侵入することは叶わず、ただ騒ぎながら俺達の方を見ているだけの状態だ。



 ところで、宝箱を開いた俺は何をしていたかと言えば、実は優に3秒はフリーズしていた。それは幾度も鑑定を繰り返していたからだ。宝箱の中に在った物はそれ程までに信じられない、自分自身の目を疑う物だった。


 取り敢えずそれを収納に収めて俺は再起動。


 まだ散発的にショットガンを撃ちながらのニーナがゴブリンの死体などを加重魔法で押しのけて道が空くと、俺はガスランに声を掛ける。

「ガスラン、中に入るぞ」

「了解!」


 扉が開いたおかげで楽に探査で見えているゴブリン達。

 その部屋にまだ残っている数体のゴブリンの中にはキングが居る。

 縮地でキングの懐に飛んだ俺は剣を一閃。

 ゴブリンキングの頭がゴロリと下に落ちた時には、ガスランがゴブリンメイジ二体を斬り裂いてしまっていた。これでゴブリン達は全滅。


 だが、またもやフリーズしてしまいそうになるような問題が一つ。

 この隠し部屋の奥には、またしても宝箱が在った。


「……シュン。どうする?」

「後回し、かな」

「そうしよう」


 ゴブリン部屋から出た俺とガスランの視界に入ってきたのは、既にオーク達への対処のために布陣を変えているエリーゼやニーナたちの姿と、重力障壁をこの部屋の内側へと後退させたために隠し部屋から溢れ出てきて盛んに威嚇や怒りの咆哮を上げているオークの群れだった。


 扉が開いた所を中心とした半円形に張られた重力障壁の半径をニーナが少しずつ広げていくのに応じてオーク達が隠し部屋の方から出てきている。


「大体は出尽くしたかしら?」

 と、ニーナは暢気にエリーゼに確認しているが、オーク達は手にした武器で障壁を殴り身体で押し、そしてメイジがこちらを狙った魔法が障壁の魔法干渉力に阻まれて飛び散っていたりもしていて騒がしいことこの上ない。


「もう部屋に残ってるオークは居ないよ」

 そんなエリーゼの答えに満足げに微笑んだニーナが、俺とガスランの方をチラッと見て頷いてきた。


 対処方針を話し合った時に、ゴブリンはともかくオークをショットガンで跡形もなく粉砕してしまうのは少し勿体ないんじゃないかと言ったのはステラで、試してみたいことがあるとも言っていた。


「ステラ、そろそろいいと思うぞ」

「了解…。てか、こんなに楽なお膳立てまでして貰えるとは思ってなかったよ」

 そう言って前に進み出たステラは、オークの群れの方に歩み寄った。


 まるで強い風が吹きつけるようにググッと存在感が増して、ステラがオーク達に見せつけるようにその実際の姿を晒した。

 ステラの見た目が変わった訳ではない。

 しかし絶対的な格の違いを有する真祖としての存在感がオーク達を凍り付かせると、40体ほどのオーク達全ての動きが停まって静寂が訪れた。


 無慈悲な消失ルースレス・エバネス


 細くて黒い闇の槍が無数に伸びたことも、その静寂を破りはしなかった。

 しかし次の瞬間からドサドサッと一斉に倒れたオーク達の身体が床にぶつかる音が静寂を打ち破った。


「……凄いのう。さすが真祖じゃ」

「全くだな。ステラが敵じゃなくてホントに良かったよ」

「それ同感」

 と、感心しきりにディブロネクスと俺とガスランが囁き合っていると、ステラが振り向いてニッコリ微笑んだ。

「ありがとう。なかなか実戦でここまでの数を一度に相手にすること無いから、貴重な経験をさせて貰えて嬉しいよ」


 そしてステラは、握った拳を突き出して迎え入れる仕草のエリーゼとニーナの元へ駆け寄ると三人で微笑み合いながら拳を合わせた。



 さてさて、俺は予感めいたものがある。

 ガスランに目配せして、二人ですぐにオーク達が潜んでいた部屋に踏み込んだ。


「やっぱり、こっちもか…」

「どうする?」

「まあ…。取り敢えずは鑑定してからだけど…」


 後回しという台詞はもう通用しない。

 こちらの部屋にも在る宝箱を見て念入りな鑑定はしながら、いったいどういうことなのだと考えていると、オークの回収をしつつやって来たエリーゼが息を呑む音。

「えっ…?」


 どうした? とやって来た他のメンバー達も。

「あっ…」

「んん?」

「ほう、またか」


「いや実は、ゴブリンが居た方にもあるんだよ。宝箱」

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