第349話 潜入エゼルガリア

 女冒険者ノエルが、護衛の一員に名目だけでも加えて貰って領都エゼルガリアの門を通りたいと考えているのは明らかだった。だから俺達がエゼルガリアに入る商人の護衛依頼を受けてる訳ではないことを知ると、ノエルはがっかりした様子を見せた。


 落胆し途方に暮れているような雰囲気をノエルは漂わせた。

「エゼルガリアは間違いなく戦場になる。それでも戻りたいの?」

 ガスランがそう訊くとノエルは唇を噛み締めた。

「……雇ってくれていた商会の人は、ずっと家族のように良くしてくれました。私も同じように大切に考えています。こういう時こそ傍に居たいんです。それにウェルハイゼスはこれまで東部の住民に対しては危害は加えていないと聞いています」


 ウェルハイゼス公爵軍は、確かに民を標的にすることはないだろう。

 けれども、一度戦場となればそこに絶対大丈夫は無い。


 俺に目配せしてきたガスランが続けて尋ねた。

「非合法な手段でも構わないから街に入りたい?」

 ノエルはその言葉の真意を測るようにじっとガスランを見つめた。

 そして一段と声を潜めて言う。

「私も、結構考えたんです。壁を登って入った人の話を聞きましたし…」


 そう聞いて、つい俺は自分達が壁を登る姿を想像して笑ってしまいそうになる。

「まあ、それもアリと言えば有りだけど…。ノエル。いろいろ協力してやってもいいが、でももっと楽に入れる方法は無いのか?」


 どういうことなのかと、僅かな期待と疑念の色を目に浮かべながらノエルは更にこう言った。

「あとは、夜は南門だけ衛兵の人数が少なくなるらしくて。その時に金貨10枚渡せば入れると聞いたんです。だけど私はそんなには出せないので…」


 なんじゃそりゃ。なんとかの沙汰も金次第ってことか。

 でも…。


「ふむ…。それでいけるなら、割といい方法かもしれない。その方法でも入門の記録は残るんだよな?」

「はい、それは残ります。結果としては合法な形になると聞きました。入門審査がフリーになるだけだと」

「そうか。後々のことを考えたら、それがいいな。忍び込んでいて入門の記録が無いなんてのは、記録の名寄せをされたらすぐにバレる」


 もしかして、そうやって街に入っている人は結構多いんじゃないかと俺は思い始めていた。



 ◇◇◇



 宿場町に着いた当初は、そこの様子を見たら直前に出立した軍団を追うつもりにしていた。予想としては、あの軍団は北側の丘陵地を東に進んでイアンザード城塞に行くのだろうと考えていたので、その行軍の意図を探ることと合わせて、前線に近付いて公爵軍の情報が得られればと期待していたからだ。


 しかしノエルと話をした翌日には、俺達はエゼルガリアに向けて猛スピードで馬車を走らせていた。


 その日の深夜になって、エゼルガリアの南門へ行くという遠回りになった爆走も終わりに近づく。エゼルガリアの壁の周囲は街道以外はほぼ荒野なので璧外に建物は少なく、それも倉庫の類ばかりで人が住んでいる建物は極めて少ない。周囲には人の気配もないし当然灯りもない。

 馬車の中では、イアンザードのことだけではなくエゼルガリアのことについても少しは話を聞けたので、まあ、回り道と手間をかけただけの収穫は得られたと俺は思うことにしている。



 ところで、ニーナがステラに託した公爵軍への密書には、得た情報に加えて侵攻についての細かな指示と俺達の行動予定が記されていた。


 ニーナの指示通りに公爵軍が動いたならば、ドヌーブ領を征圧した後はイアンザード城塞は迂回してサラザール領都のエゼルガリアに直接乗り込んでくるはずだ。

 その時までにエゼルガリアに潜入しておくこと。それが俺達の最優先のミッションで、なんとかそれは実現できそうだということには俺達全員が少し安堵している。


 ニーナは、エゼルガリアをあの教皇国首都のような瓦礫の街に変えてしまうことを良しとしていない。仮にこの領都の民の全てが難民となった場合、その受け皿になる場所はサラザール領内にも周辺にも無い。そうなることは多くの王国民を虐げ不当な困難を強いることと同じだ。飢える者も死に至る者も少なくはないだろう。

 その後に勝利を得たとしても、それはウェルハイゼスが勝利したと言えるだろうか。答えは否だ。

 軍事施設のイアンザード城塞は必要があれば容赦なく徹底的に破壊し尽くすつもりだが、エゼルガリアでは決して民を盾として使わせず、城以外は攻撃せずに自主的な開門と降伏を促す。そんな難易度の高い指示がニーナからは出ている。



 さて、ノエルは俺達に何度もお辞儀を繰り返すと南門の方に一人で歩いて行った。

 必要な金貨は情報提供料という名目で十分な量を渡している。

 もちろん俺はノエルにマーキング済みなので探査でのトレースは続けていて、首尾よくちゃんと街に入れたなら、それでノエルの件は終わり。


 俺達はノエルを送り出し見送った街道の途中で停まったまま、暗闇の中で更に隠蔽もしっかりかけた状態で、四人でティータイム。馬たちにも頑張ってくれたご褒美の食事や水をたくさん与えている。

 そして間もなく、狙った期待通りにノエルが門をくぐり街中へと歩き始めたことを確認して、俺はそれを皆に告げた。


 安心したようなため息を吐いたガスランが、ぽつりと呟くように俺に尋ねてきた。

「ノエルは、俺達のこと何と思ってるだろう。信用はしてくれてたとは思うけど…」

 俺もそれは気にしていた。

 いろいろと驚きながらもノエルは殊更に俺達の素性や目的については詮索せず、そして同時にたくさん湧いていたであろう疑問も口にしなかった。


「怪しいと思っているのは当然で、こっちがウェルハイゼス側の人間なのは気が付いてただろう。冒険者だし、噂で聞くアルヴィースということにまで、その気付きは結び付いていたかもしれないな」

 俺がそう答えると、エリーゼが続いた。

「ノエルは最後に『今回のことは全て自分一人の胸に留めます』って言ってたよ」


 そして、少し不機嫌そうな口調のニーナ。

「彼女は望みを叶えることはできた。だけどその代償は罪悪感よ。不正な手段で門を通ったというのは些細なこと。それよりも、現状では明らかに敵と見做すしかない相手を信用し共に行動し、挙句に便宜を受けたというね」


 ニーナが内心ではノエルを連れて行くことに反対だったのは解っていた。

「俺が冒険者としてほっとけないって言ったから…。俺のせい」

 ガスランがそう言った。

「いや、俺も何とかしてやらないとなって思ったから一緒だよ」

 俺はそう応じて、ガスランの肩をポンポンと叩いた。


 するとニーナがプッと吹き出した。

「全く、二人とも。ナンパするなら次からはもう少し相手を選びなさいよね」

「「すみませんでしたー!」」


 同じように笑ったエリーゼが、そのままのにこやかな口調で言う。

「ノエルに、あの四人は敵じゃなかったんだと思ってもらえる結果を出しましょ」

「そうね。それしか無いわ」

「確かに」


 その通りだと思う。

 それは、俺達が思う最善の結果を目指すしかないということ。

「だな。しっかりとやるしかないな」



 ◇◇◇



 翌日、俺達四人はエゼルガリアの街中を歩いている。

 既に宿は確保済みで、俺達は普段着。冒険者っぽくない服に着替えている。

 街の地図は頭に叩き込んだので、それと実際のすり合わせをしている。俯瞰視点で得る情報もそれに加味しながらの作業。


 やがて俺達は二手に分かれた。

 ガスランとニーナは街中にもある軍や衛兵の施設などを近くで確認して、住民の様子を見ることや街に流れている噂などを多く集めて来ようとしている。

 俺とエリーゼは、まずはサラザール城の詳しい調査。

 中には入れないので、あくまでも外からの観察や探査などを駆使する予定だ。


「なんか、初めて帝都に着いたあの頃のこと思い出すね」

「俺もさっき、それ思ってた。今回は髪は染めてないけど」

 とエリーゼと二人で言って微笑み合う。


 しかし、帝都の時との違いは大きくて街中では明らかに休業中か閉店してしまったかのような、扉が閉じられた商店が多い。半分近くがそんな状態だ。


 エリーゼが、ふと何かを思いついたような顔を俺に向けた。

「シュン、あとで商業ギルドに行ってみようか」

「おっ、それはいいかも。商人の情報網ならではの話が聞けるといいな」

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