第326話

 話は先日女神が降臨してきた時に遡る。

 あの時、ノンビリまったりお茶を飲んで寛いでいた女神が最後に語ったのは…。



「シュンさんはもう解ってると思うんですが、神もいろいろです~。破壊神と呼ばれている神のことは、シュンさんは知ってますよね~?」

「あ、うん。でも知ってると言っても、あのイビルドラゴンは破壊神が封じてたらしいとかそんな程度だけど」


 割と真面目な顔で女神は頷いた。

「破壊は再生の始まり。破壊は、混沌を経て更なる調和に至る道の始まり…。人は誤解しがちですが、破壊神は創造神の裏方のような存在なのですよ~」


 その話は妙に納得できる。神という名が付いているならそうであるべきなのだ。


「まあ…。言いたいことはなんとなく解るよ。破壊と創造…。新陳代謝みたいなイメージかなと思ってる…」

 そして俺は、最も気になっていることを女神に尋ねた。

「教皇ゼレスをこの世界に転生させたのは破壊神なんだろうと俺は思っていた。でも今日こんな話をするということは、そうじゃないということなのか?」


 ゼレスから引き千切った奴の左手首から先は、女神が回収してしまっている。

 もちろん指に着いたままの左手の指輪も。

 マジックアイテム・女神謹製財布に収納後しばらくして見てみたらロストしていたことに、俺は納得し安心もしていた。女神が引き取ってくれたんだなと。

 ゼレスをこの世界に転生させた者が指輪を与えたのは明白で、そして女神にはそれが誰なのかもう分かっているはず。


 女神は俺の問いかけに、また真面目な顔で頷き、その次にはどこか意味深な感じも漂う微笑を見せた。

「シュンさんは以前、その者の彫像を見ていますよ~」

「えっ?」

 と、思わず俺は大声を出してしまった。


「彼女のことは近いうちにもっと知ることになるでしょう」


 ちょっと待て、彼女? 彫像?

 じゃあ、あのガルエ樹海の地下神殿で見た女の石像が…。


 心の声駄々洩れの俺が考えていること。

 女神は頷いていた。



 ◇◇◇



 ニーナも俺達三人が王都の夜景を眺めていたバルコニーに出てきた。

「最新の王都内地図を貰って来たわ。出来立てよ」

 と、ニーナがそう言ってバルコニーにあるテーブルの上に一枚の地図を広げると、ガスランが地図を覗き込んで神殿の位置を確認し始める。

 その地図には、さっきエリーゼが説明していた西から真っ直ぐ森の中を貫く小道も記されていた。そしてそこが神殿の入り口なのだろうか、道が突き当たった所は入り口、玄関でも有りそうな少しの建物の出っ張りまで地図には詳細に描かれている。

 エリーゼが小道の途中の一点を指差した。

「んー、結界の境界はこの辺だったかな…」


 ふむ…、神殿を中心とした円で結界が実現されているとしたら。と俺は地図を見ながら結界全体をイメージしてみる。

「結構広い結界みたいだな」

 俺の呟きにニーナの声が続いた。

「広いね。神殿らしいと言えばそうだけど」


「うん。この感じだと、結界は一つとは限らないかな…。内側にも張られてそうだ。感知はもっと手前から在るだろうし」


 それにしても、と俺は思う。

 こういう宗教的な施設で入り口が西にあるのはかなり違和感を感じている。日本でも多くがそうだったように、この世界でこれまで見た神殿は全て、入り口は南に面していた。地形的な制約が無い限り、普通はそう造られるものじゃないだろうか。


「南側をよく調べた方がいいかもしれないな。普通、入り口は南側じゃないか?」

「あー、そっちはね」

 とニーナが言い始める。

「かなり昔に塞いでしまったって話を聞いたことがあるよ。誰にも出入りさせないという意思をそれで示したとかなんとか。道が繋がっている西のは神殿の神官の通用口みたいなものなんだって」


「やっばりそうか…。最悪、こじ開けるなら南側がいいかもな」

 俺がそんなことを言うと、エリーゼが釘を刺してきた。

「シュン、それ最後の手段だからね。しっかり外から調べるのが優先だよ」

「ほーい。了解」


 さてそういう訳で、盗賊団アルヴィース出動である。


 公爵邸を出る時に偶然出くわした女騎士にニーナが説明。

「パティ、ちょっと王都の散歩に行ってくるわね」

「はい…。あ、殿下。お供します」


 しかしニーナは声を潜めて、その女騎士パティさんの耳元で言う。

「大丈夫よ。ちょっと神殿の様子を見てくるだけだから」

 えっ? と驚いた表情に変わり、同じように小声になったパティさんはニーナに問い返した。

「……もしかして、侵入するつもりですか?」

 目線と眉を上げる仕草で肯定の意味を示したニーナは微笑んだ。

「心配しないで。見つかったり捕まったりなんて事にはならない予定よ」


 そうですか、で済ますことは出来ないパティさんの、せめて近くで特務に待機させてくれというお願いのようになった話をニーナは聞き入れた。俺達にすれば、近くまで馬車で連れて行って貰える話なので、それならそれで楽できるので異論はない。



 公爵邸が在る高台を降りて貴族街を抜けてしまうと、通りの様相が変わった。夜も更けてきているのに街にはまだ賑やかさがある。商店が多く建ち並ぶ通りは明りが明々と灯されて人通りが多く、今日は祭りなのかと言いたくなるほどだ。

 しかし早々にそんな明るい通りからは離れるべく、俺達が乗った馬車は裏通りへと入った。すぐに賑やかさも明るさも無くなって、馬車は静かな街中の道をゆっくりと進む。馬の蹄の音、馬車の車輪の音。馬車の中の俺達も自然と静かになって、時折話す声も抑えた小さなものになっていった。


 神殿を囲う森の木々が馬車の前方に黒い影のように見えてきた。

 特務部隊の隊員に頼んだのは、馬車を神殿の南西で停めてほしいということ。既に探査を開始しているエリーゼと俺は馬車の窓から森を見ながら集中を続け、探査を始めてすぐに感じている隠蔽の霧の中を探ろうとしている。


 俺は、やはり窓の外を気にして見ているニーナとガスランに話しかけた。

「結界は二重。外のは物理結界で、神殿に近い内側のは物理プラス魔法結界。あと、エリーゼが言ってた道だろうな。その途中に更に二箇所、感知結界が張られてるよ。そして神殿全体に隠蔽。これは対察知系に特化した隠蔽だと思う」

 ニーナもガスランも黙ったまま俺を見て頷いた。


 森の周囲に沿って馬車は進み、参道のように見えなくもない神殿の西の小道の入り口を左に見て通り過ぎ、更に先へ進んだ。

 直径約500メートルのほぼ円形を為す森の中心に神殿はある。馬車はその円の南西の端で停まる。ここまで来ると王都の外壁が近く、確かにこの森の東側は壁の内側と接しているのだろうということが実感としても分かる。森の木々の高さは神殿の高さを超えている。外壁の上や高い所から神殿を見通すことは難しいかもしれない。


 結界も隠蔽も、どちらも教皇国首都の大聖殿に掛けられていたものに似ている。しかし、精度強度共に教皇国で見たものの方がかなりいい。オリジナルは神殿だと聞いているんだけど、どうやら戦争を想定して徹底改造した教皇国がいい仕事をしていたようだ。


「結界の起点は、神殿の壁と屋根。隠蔽は神殿の中央付近。結界も隠蔽もどっちも甘いよ。隠蔽はもう少しで看破できると思う」

 俺がそう言って、すぐに手筈の最終的な打ち合わせ。それを済ませると、俺達は馬車から降りた。


 森の南西の端から真っ直ぐ神殿に向かって踏み込む。

 木々の密度は濃いが、足を取られるような茂った草などはそれほどでも無く、木の間をかなりの速さで縫うように進んだ。


「ガスラン、ストップ」

 最初の結界の直前で俺は先頭を行くガスランに声を掛けた。

 ここに来るまで、物理的なトラップ。罠の類も一応は全員が警戒はしていたがそういうものは無かった。


 近付いたことで看破が進んで隠蔽の中を探ることが出来るようになってきた。人の反応も判り始めている。

 それはエリーゼも同様で、

「五人…? 少ないね」

 と、まだ探査の結果に疑問を持っている口調だが、そう呟いた。

 特務が見せてくれた神殿の資料に、居住している神官は四人は確認済みと記されていたことを俺は思い出している。

 他を排し閉鎖的で孤高を保っていようとも、神殿の中に居るのは人間だ。生活に必要なものを購入する為に外出したりと、最低限の行動はある。


 ひとまず探査はエリーゼに任せて、俺は結界破りの作業へと移る。それは、目の前に張られている物理結界を部分的に無効化する作業だ。今回の結界では感知の機能までは備えていないことはハッキリしているので、割と大胆に魔法を構築していく。

 結界を消したり壊してしまうと、それは当然のように術者に知られることになる。魔道具で実現している場合なら警告が通知されるだろう。だから壊すのではなく、あくまでも部分的な無効化だ。気付かれないように穴を開ける感じ。

 起点に近づけるなら、これまでもやったように書き換えで停止させつつ警告も発しないということまで、もっと楽に出来るんだけどね。


 さて、そういう訳で作業は着々と進む。

 うっすらと発する光はニーナの隠蔽で隠してもらいながら、等身大の垂直に屹立する紫色の魔法陣を俺は結界の表面に描いた。

 なんとなく気配を感じてふと横を見ると、ニーナがワクワクした顔になっている。

「シュン。それ、闇魔法だよね。結界に穴を開けるって言ってたからどうやるのかと思ってたら闇でやるんだ」

「ん? あー、エリーゼには見て貰ってたけど二人には初めてだな。そう。これは闇魔法だ。ドレインの応用だからな」

 ニーナが嬉しそうな理由は分かる。

「コツを掴めばニーナにも使えると思うぞ」

「ふふっ、その言葉を待ってました。今度ゆっくり教えて」

「了解」


 と、そんな雑談をしているうちに構築完了。そして俺はすぐに発動。

 発動直後は紫の光が一瞬強くなったが、それもすぐに弱まった。


 うっすら輝いて垂直に浮かぶ魔法陣に手を差し入れてみると、何の抵抗もなく、物理結界の壁を超えて手が中に入った。

 続けて身体全体を魔法陣に突入させると、あっさりと俺は結界の内側に入っていた。特に不快な感じも違和感もない。取り敢えずのテストはしていたが、ほぼブッツケ本番だったにしては上出来。


 すぐに全員が魔法陣をくぐった。

「便利ね」

「これはいい」

「私も使えるようになんなきゃ」

 という具合になかなか好評だった。


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