第289話

 バステフマークと共に満場一致で塔に行くことに決めた俺達がまず着手したのは、全員の武器など装備を整えること。それと並行して毎度お馴染みの訓練である。

 ケイレブから「僕も一緒に訓練したいです」とお願いされ、公爵家の第六騎士団と中央軍が徹底した警護体制を取っている代官屋敷の敷地内でも行うことにした。

 早朝から昼までそのケイレブと共に身体能力向上のための訓練と、基礎的な剣技などの訓練を行う。午後からの魔法や団体戦の訓練は広さが必要なので以前同様に騎士団の演習場を使っていて、ケイレブはそっちには参加できない。

 本人は実に残念そうだ。しかし自分自身の警護のこと。事情も周囲の人達の苦労もちゃんと理解している。


 今回ベルディッシュさんには防具全てのバージョンアップの他に、ケイレブとフェル、更にはセイシェリスさん達が使うアダマンタイト剣を作って貰うことにした。それぞれ短剣や予備も作るのでベルディッシュさんは突然の超大忙しだ。

「しばらくの間、店を閉めるかもしれん」

 なんて言ってたけど、依頼した翌々日に店に行ったら店番の店員が居るだけで、ベルディッシュさんは本当に工房に籠ってて誰にも会わないと言ってるらしく、俺達も会えなかった。


 オクトゴーレムとの二度目の対戦の時に回収した奴らが持っていたアダマンタイト剣と盾は、俺とガスランが自分の予備としてそれぞれ収納に持っている。自分達の分は別にしてもまだ数はあるので、ウィルさんとクリスに使ってもらう為にこれも手直しを依頼した。膂力がある二人なのでそのままでもサイズや重さはそれほど問題は無さそうだったが、バランスや握りの部分などを二人それぞれに合わせて調整するという感じ。盾も同様。



 さて、俺達も驚いたドニテルベシュクがヒューマンに扮して学院講師をしている件は、フェルには言わないことにした。

 これはドニテルベシュクからのお願いでもあったが、俺達もまだフェルにその辺の事情を教える時期ではないと判断した。

 もちろんレヴァンテにはちゃんと説明して、最終的には彼女からもその点についての同意は得ている。


「バーゼル先生が、そうですか…。私は全く気付きませんでした…」

 学院で幾度か顔を合わせたことがあるというレヴァンテの第一声は驚きを隠せないものだった。当然モルヴィも気が付いていないそうだ。


 考え込んでいるレヴァンテに俺は言った。

「あいつにはレヴァンテのことは何も言ってない。ただ、フェルや俺達の傍にいつも居るレヴァンテのことは、あいつも何か思うところがあるかもしれない。そのうち必要だと思ったら話をしてみればいい」

「ラピスティの存在については、言い伝えの中のこととして知っているかもしれませんが、私のような存在は想像もしていないのではないかと思います。しかし、得体が知れないと訝しんではいるでしょうね」


「ふむ…、フェルを守るという目的で考えるなら、いつかは互いのことをもっと理解し合った方がイイかも知れないな。それはモルヴィも含めてという意味で」

「はい。今のシュンさんの言葉はしっかりと心に留めておきます」


 そしてレヴァンテは、塔にあると言われた魔王の遺産にもそれを守っている魔王の元側近にも心当たりが無いと言った。

「遺産と呼ばれるに値する物は幾つかありました。ですが、モルヴィでもないのに封印まで必要となると。まさかとは思いますが…、あ、いえ。独り言です。すみません。もう少し考えてみます」


 ふむ、この程度の話でも禁則事項ギリギリなんだろうな。

 と、俺はそう思った。



 ◇◇◇



 そんな風に装備の準備や訓練に明け暮れていたある日。

 午後から騎士団の演習場でバステフマーク全員と共に訓練をしていた俺達の元へラルフさんがやって来た。

「シュン、相変わらず凄まじいことやってるな。お前らは」

 ラルフさんはいきなりそう言って笑った。


「お疲れさまです。あー、ちょっとダンジョンで強敵相手になりそうな感じなので鍛え直してるとこです」

 俺がそう答えると、途端にラルフさんは厳しい表情に変わる。

「えっ、そんな強い相手なのか?」

「最悪を想定しない訳にはいきませんから…。いつものことですよ」


「ふむ…、それはそうだな。まあ、十分気を付けてくれ」

 で、何か用事がありそうな感じなので次の言葉を待っていると、案の定。

「実は、この前のベレル絡みのことなんだが…」


 ケイレブの警護責任者だった王国第三騎士団のベレル副団長に関しての話らしい。本人はあれ以来ずっと軟禁されているので、例の魔道具化されていたペンダントのことだろうか。魔道具としての解析結果についてはニーナを通じて報告は上げている。


「あの三人組は結局、別件で引っ張って尋問しているということまでは知ってたよな…。それがやっと進展があった。シュンの推測通り、あのペンダントに付与されていたのは催眠系の魔法だ。意のままに操る精神操作とまでは行かないが、精神を不安定にすることと、あと暗示を掛けられるらしい」

「暗示ですか?」

 俺は少し驚いている。

「催眠状態にして、その後にもうひと手間かけるみたいだ。それは催眠中に言葉を繰り返し聴かせて潜在意識に刷り込む感じだというが、俺には詳しいことは解らん」

「あっ、いえ。何となく解りました」

 強迫観念の強さはそのせいだったのかと俺は思い当たっている。


「そうか…。それで、これはベレル達が泊まっている宿で実行していたらしい。宿屋の従業員が関わっていることも判明した。……で、問題はここからなんだが、奴らのバックは王国第五騎士団だったよ。奴らはその傭兵というと聞こえはいいが、雇われた非合法組織の構成員だ」

「えっ?」

「はあ?」

 俺の声に続いたのは横から話を聞いていたニーナだ。


「サラザール家主導の今回の一連の謀略とは別に、第五騎士団は独自に策を立てていたみたいだ。但しそれは直接王子を殺めたり、もちろんニーナに危害を加えるような企みじゃない」

「……もしかして、ケイレブを警護していた王国第三騎士団がターゲットってことですか」


 そう尋ねた俺に向かって頷き、ラルフさんは苦笑いを浮かべた。

「サラザールの計画を側面から隠れて支援する予定だったのは間違いないんだが、その肝心の計画が失敗して撤退するんじゃなく、せっかく準備したんだからという感じで、奴らはこの催眠と暗示を実験のように考えて決行した節がある。まあ、解ってみると詰まらん話だ…。そうそう、ベレルのペンダントに手を加えたのは、まだ王都に居た時だそうだ。奴らの組織の中にそういう細工が得意な奴がいるらしい」


「でも、騎士団がそんな組織を雇っていてしかも同じ騎士団相手にそういうことをさせるってのは、それだけ派閥争いが激化していることの表れのような気がするわ。騎士団同士の武力衝突を意識してるからよね」

 ニーナの言葉にラルフさんはもう一度頷いた。

「そういうことだろうな…。それで、この件のケジメの付け方は公爵の判断待ちだ。事実を公表しても、どうせうちの捏造だと言われるだけだろう。正直、俺は奴ら三人を処分して終わりでいいと思ってる。出来たら、奴らの首を王国第五騎士団の団長に送り届けてやりたいとも思ってるけどな」



 ◇◇◇



 再びダンジョンに潜る予定の前日、午後の訓練は休みにして買い出しなどなど。

 今回は前半と後半というか二部構成で計画しているので、明日からの第一部ではそんなに多くの物資は必要ないのだが、備えあれば憂いなしの精神で大量である。


 その明日からの攻略前半は、新しい武器などの装備やチーム連携の確認を兼ねて浅い層と10層の手頃な部屋で狩りをする。特に、全員が装備することになったアダマンタイト剣の確認は重要だ。ベルディッシュさんの腕を信用していない訳ではなく、実戦で使ってみて初めていろいろ細かな要望などが出てくるのは当たり前。そして何より剣の感触をしっかり自分に馴染ませる必要がある。



 翌日、ゲートではなく通常の入り口を俺達は第1層に降りた。

 人数が多いので、第5層最奥の安全地帯までは複数のチームに分かれて、それぞれ別ルートを進むことにしている。


 俺は同じチームになったシャーリーさんとティリアに主に剣で戦わせながら二人の剣の状態を見て、時には弓とティリアに加重魔法を使わせる。

 これはなかなか新鮮だった。これまでずっといつも傍に居たエリーゼ達が居ないという状況。

 チームは、あと二つ。チームの筆頭は探査、気配察知が出来る者。

 エリーゼチームは、ウィルさんとセイシェリスさんとニーナ。

 そしてレヴァンテチームは、ガスランとクリスとフェル。


 それほど急がず、もっぱら剣の確認がメインで比較的ノンビリ進んだ俺達が第5層奥の安全地帯に到着したのは三つのチームの中では最後だった。


 エリーゼがすぐに俺の傍に来た。

「お疲れさま、シュン。どうだった?」

「なかなかいい感じだったよ。剣の切れ味が良すぎて二人ともびっくりしてたけど」

 俺がエリーゼにそう答えると隣に居るシャーリーさんが、

「エリーゼ! すっごいぞ、この剣は!」

 ティリアもニコニコ微笑んでうんうんと頷く。ちなみにティリアは今回の訓練を開始した時から弓も新しいものに換えていて、エリーゼやニーナほどでは無いが剛性を上げた物になっている。


 安全地帯で一泊した翌日は、下の第6層でトロールとミノタウロス、そしてミノタウロスキング狩り。ウィルさんとクリスはアダマンタイト剣二本を使う両手剣スタイルでも確認を続けた。


「これだけ酷使しても歪みどころか刃こぼれも全く無い。ホントに凄いわ」

 休憩時に俺の隣に座ったクリスは、刃をじっと見つめて嬉しそうにそう言った。

「アダマンタイトは特別だな。それにエリーゼの硬化魔法で処理されているから更に頑丈になってる」

「ねえシュン。本当にこれ貰ってもいいの?」

「もちろん。最初からそのつもりだって言ったろ」

「そうなんだけど。こんなに凄いと心配になったって言うか…。うん、いつもありがとう。大切にするよ」



 ミノタウロス狩りの翌日からは、一気に下を目指した。

 6層最奥までは魔法も出し惜しみせずにガンガンに攻めて進み、ゴーレムが居る7層へ降りた。ここからは、俺が全員に二丁ずつ用意した散弾銃の出番だ。

 おそらく、サイクロプスの群れに対しては散弾銃が大いに活躍するだろうと俺は思っている。


 そしてもう一つ、散弾銃の使いどころとして想定しているのはレイスだ。

 レイスは、あの窓の所を守っていただけではなく他にもまだ居るだろう。

 俺は自分でも少し不思議なほど確信めいた感じで、そう思っている。

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