第287話

 さすがの真祖の自己再生力。今回はエリーゼの精霊魔法のおかげも大きいが、見た限りではほぼ全快のステラを伴って場所を移した談話室で、四人で一緒に昼食を食べた。食べて喋ってしばし楽しく過ごしたその後、ステラはミレディさんとフレイヤさんに丁寧に礼を言って挨拶を済ませると、俺達に見送られながら街の中へ溶け込むように消えて行った。


「会談にはアルヴィースも出席でしょ。だからその時にはまた会えるね」

 去り際にステラはニッコリ微笑んでそう言った。

 幼馴染のティリアはもちろんニーナやレヴァンテ達にも会いたいだろう。俺達とだってまだまだいろいろと話は尽きないはずなのに、ステラは敢えて自分を厳しく律するかのように任務を優先する姿勢を明確に見せた。


「ステラは仕事熱心」

 ステラの姿が見えなくなってしまってから言った、ガスランのこの言葉には俺もエリーゼも同感だ。


 彼女が自身にストイックさを強制している様は初めて見た訳ではない。その背景には、転生してからずっと人間社会ではどうしても疎外感を感じてしまうトゥルー・ヴァンパイアという生い立ちが大きな影を落としている。

 同じ日本人の魂を持つ俺、魔物から進化したガスランや世界でただ一人ではないかと思われる稀有な精霊魔法師のエリーゼ、そして出会った時から事情を知っても全く変わらない友愛を見せるニーナ。更に、話として聞いているガスランと同様の存在であるフェル、そもそも人間ではないレヴァンテ。

 そんな俺達の傍ならば、ステラは自分自身をさらけ出して気楽に過ごせるはずなのだ。そこで安らぎを感じたいはずなのに、ステラは任務を理由にして張り詰め続けている。人間社会に属している自分で在り続けたいというステラの思いが解るからこそ、いつかは自分自身をそんな呪縛から解放してもっと普通に自由に過ごせるといいなと、俺はそう思っている。


 何となく感じた寂しさを振り払い気持ちを切り替えるべく、俺は深呼吸と背伸びをしてからエリーゼとガスラン、二人の方を見る。

「今回はいろいろあって余計に状況がゴチャゴチャしてきた感じだけど、サラザール関連の捜査は騎士団に任せて俺達は本来の仕事に戻ろうか」

 エリーゼがコクコクと頷く。

「だね」

「いい加減帰らないと怒られる」



 ◇◇◇



 スウェーガルニダンジョン第10層の通称ゲート広場に俺達が帰り着いたのは、その日の陽が沈んで間もない頃だった。


「おかえり!」

 元気な声でそう言って、ゲートから出てきた俺達三人を次々と抱き締めたのはニーナ。

 真っ先に小言が飛んでくると思っていた俺は少し拍子抜け。見たら、ガスランもあれ? という顔をしている。

 ニーナは、レヴァンテを通じて状況はリアルタイムで把握していたはずだ。特にドニテルベシュクの超絶魔法の真っただ中に飛び込んだことなんかは、小言も出てこないぐらいに心配をかけてしまっていたのだと、俺はそう思った。


 俺とガスランの後、最後に抱き締め合っているエリーゼが、そのままニーナの耳元で今回起きたことについての説明を始めたようだ。それはこの場に居るケイレブにいきなり全てを聴かせたくはないからでもある。

 俺達のいろんな秘密やこれまで知ったこと経験したことなどについて、王家の人間であるケイレブにどこまで聞かせていいものなのか。その辺はニーナに判断して貰う事にしている。

 まあ、そうは言っても、既に魔族とのことや帝国でのことなども含めてかなりのことを、これまで一緒に過ごしている間にケイレブにはオープンにしてしまっているので、今更という感じも俺はしているんだけどね。


 狩りに出ているバステフマークの五人はまだこのゲート広場には戻ってきていないが、ニーナ達はそろそろ夕食の準備をと思っていたみたいだ。ならばと俺とエリーゼとガスランは買ってきたものを早速出すことにした。


 すぐにたくさんの料理がテーブル狭しと並び、皆で食べ始めてから、俺達が居ない間どうだったとフェルとケイレブを見ながら尋ねてみると、

「僕は、剣術スキルのレベルが上がりました」

 ケイレブは実に嬉しそうにそんな事を言ってきた。

 剣を握るのが楽しくて仕方ないという顔をしている。


 フェルは、何故かひたすら弓の特訓をしていたらしい。

「投擲と弓、盾術もなんだけど、剣以外ももっとしっかりやるべきだってニーナとレヴァンテに言われたの」


 俺達が居ない間は狩りはせず、訓練に徹すると言っていたニーナの言葉通りに二人はニーナとレヴァンテからみっちりしごかれていたようだ。


 ケイレブは俺達と行動を共にし始めた最初の頃と比べると、毎回の食事でたくさんの量を食べるようになっていて、それは周囲の大食漢の影響もあるがやっぱり身体をかなり動かすようになったせいだろう。

 そして、見るからにひ弱な印象だったのが、とても溌剌として元気な感じに変わってきている。

 いいことだと俺は思う。

 将来ケイレブが王家の一員として何をするのか、それは俺には分からない。だが何をするにしても、丈夫な身体は長きにわたってケイレブ自身を支える大事な資本になってくれるはずだからだ。



 その後、丁度、俺達が食事を終えた頃になって、やっとバステフマークの面々が戻ってきた。

「あー、シュン達が帰ってきてる!」

「お疲れさん」

「お疲れさま。元気そうね」

「お疲れさまです」


 先頭を歩いているセイシェリスさんが俺を見てニッコリ微笑む。

「シュンお帰り。エリーゼとガスランも」

「お疲れさまです。俺達も少し前に帰ってきたところですよ」

「今日は少し足を延ばし過ぎてしまってね。そろそろ、中間安全地帯が無いときつくなってきたわ」

 セイシェリスさんはそう言うと、更新したばかりというマップを見せて最近の成果について説明をしてくれる。


 この10層ゲート広場の東西それぞれの門の向こう側の探索は、最初に取り決めたように東側をバステフマーク、そして西側は俺達アルヴィースが担当している。

 東側ではボス部屋が発見されて2パーティー共同で攻略済みだ。あのハーピーの大群やヒュージワームが居た砂場の部屋のこと。

 そこには下の第11層に降りる階段も出現しているが、まずはこの第10層をしっかり探索してしまおうとしている。スウェーガルニダンジョンではこれまでで最大の広さだと思われるこの第10層は、出現する魔物が部屋ごとで違っていて多種多様だ。王国では珍しい魔物も現れるため、素材の供給源として見込めるとその意義はとても大きい。

 フレイヤさんからもお願いされているのは、第10層でなるべく多くの部屋を確認して出現する魔物を調べ上げてほしいということ。


「今日は魔物が居ない部屋を見つけたのよ」

「え?」

「えっとね…、ここよ」

 セイシェリスさんはマップで示してくれる。


「かなり広い部屋なのに変でしょ。たまたま部屋の住人が居ないだけなのかとも思ったのよ。だけど…」

 そう言って、セイシェリスさんは収納から薬草の束を取り出した。


「……もしかして、薬草が生えている部屋だったんですか?」

 コクリとセイシェリスさんは頷く。

「どうやらそういう感じなのよね。もう一度行って確認はしてみるつもりだけど、シャーリーは、とても質がいい薬草だと言ってるわ。そして…、これも」

「おっと…、これは…」

 続けてセイシェリスさんが取り出した物も、俺はすぐに鑑定で確認した。


 それは魔苔だった。


 イレーネとルミエルというサキュバス達。奴らを追って訪れた帝国北部にあるエルフ北方種族の都市国家連邦自治領。

 魔鉱石と同様に、その北方種族自治領の特産品で主要輸出品となっている魔苔は、高級MP回復ポーションの原料としてよく知られている。希少性の高さ故に高額だ。


「魔苔ですね…」

「そう。やっばりそうなのね。一応、実物を見たことがあるシャーリーもティリアもそうだろうと言ってたんだけど確信は持てなくて。シュンに見てもらおうということになって、取り敢えず少しだけ採取してきたのよ…。結構たくさんあったわ」

「そうですか…。ダンジョンが生み出しているとしたら…、というかそれは間違いないんでしょうけど、どの程度の時間で再生しているかですね」

「ええ、その通りよ。もし短いサイクルでまた生えるのだとしたら、とんでもない話になる」

「確かに。大量に採取出来るのなら、価格が下がるということもでしょうけど、高級ポーションでの帝国の優位性が揺らぎ兼ねないですね」

「当面は極秘扱いにすべきね。フレイヤに相談しないといけないわ」

「ですね」


 そんな割と深刻な話をしている俺とセイシェリスさんを尻目に、腹空かし代表の2トップ。ウィルさんとシャーリーさんがティリアたちが準備している料理をつまみ食いしながらワイワイ騒いでいる。

 セイシェリスさんとの話にキリを付けて、既に食事を済ませた俺達も同じテーブルでお茶を飲むことにした。



 ◇◇◇



 薬草と魔苔が群生している部屋についてエリーゼ経由で連絡を受けたフレイヤさんは、話を聞いた翌日にはギルド職員を伴って第10層ゲート広場にやって来て、セイシェリスさん達に護衛をしてもらう形で職員達とその部屋の調査を実施した。


 俺達はゲート西側の探索を再開している。どこかの部屋には居るのだろうと予想していたハーピーと再び対峙。また別の日にはかなり変わったゴブリンの亜種が居る部屋を見つけた。

 これまでに出現したことがある魔物でもこの第10層ではレベルが高く、常に慎重さが求められる状況の中、フェルとケイレブの二人は技術と共にその心構えのようなものについても成長を続けている。



 ……そして、ステラと会った日から一週間が過ぎたこの日。


 夜になって、リズさんが騎士三名と共にゲートを通って現れた。


 すぐにニーナの前で跪いたリズさん含めた騎士達。

 全員が最初から臣下モード100%だ。

「殿下、公爵家第六騎士団と中央軍二個師団がスウェーガルニに到着しました」

 静かな声でそう言ったリズさんにニーナが微笑んだ。

「そう。父上が来たということなのね」

「はい…。公爵閣下より書簡を預かっております」


 リズさんは二個師団って言ったよな…。と俺はそれが気になる。師団の人員規模は状況によって変わるが、少なくとも師団一つで1万人を下回ることは無い。だから最低でも2万人の軍勢だということ。


 リズさんが両手で差し出した書簡を受け取ると、ニーナはその場で開封して読み始めた。


 すぐに読み終えて、書面に落としていた視線を上げたニーナは、全員を見渡す。


「父上からは大きく二つ。一つ目は、ケイレブをうちの第六騎士団が全力で保護するということ。これは具体的には代官屋敷に居てもらってという話ね。ケイレブにはベスタグレイフ家との会談に同席して貰いたいからというのがその主な理由よ」


 ニーナがそう言うと、ケイレブは眉を顰めて思案顔。黙ったままだ。

 フェルはちょっと不満そうな顔で口を尖らせて何か言いたげだが、その雰囲気を察したレヴァンテが肩に手を置いて黙らせた。


 セイシェリスさん始めバステフマーク全員が俺達同様に、静かにニーナとリズさんのやり取り、そしてニーナの話を聞いている。


「二つ目は、アルヴィースとバステフマークの全員と一緒に食事がしたいそうよ。まあ食事だけが目的じゃないのは明らかだけど」

「うちもなの?」

 セイシェリスさんの問いにニーナは大きく頷く。

「それって私もなのかな?」

 ティリアが遠慮気味にそう尋ねるとニーナは再び大きく頷いて言う。

「カルセティーリア殿下にも同席していただきたいとはっきり書いてるわ。あ、フェルとレヴァンテも参加だからね」


 ええ? という顔で固まっているフェルの頬をぺろぺろと舐めたモルヴィ。


 ニーナは微笑みながらモルヴィに手を伸ばしてその頭を撫でる。

「もちろんモルヴィも一緒よ」

 ミュー…



 ◇◇◇



 そもそもの王家からの依頼は、ケイレブと最低二週間は行動を共にして冒険者活動をするというものなので、とっくに達成条件は満たしている。そしてケイレブ自身も公爵からの話を一つの節目、機会として捉え、今後の予定を自分なりに定めたようだ。ダンジョンから出ることに納得してくれた。


 そういう訳で俺達は街区に戻り、その足ですぐに代官屋敷へ入った。

 そのまま街区に留まって夜は公爵との晩餐である。ケイレブも同席することになっている。


 貴族との会食の席ではあるが、普通に冒険者としての服装で構わないと前もって言われていたこともあって、特に気を遣ったりということもなく普段通り。

 とは言え、女性陣はそれなりに皆おしゃれな恰好ではある。

 フェルは悩んだ挙句に学院の制服姿。最終的にはニーナからのアドバイスだ。


 久しぶりに会ったニーナの父親、ウェルハイゼス公爵は以前にも増して元気そうだった。なんだか、以前より若返っているような気もする。

 公爵は教皇国での事について詳しく聞きたがった。

 詳しい話がニーナからも伝わっているはずなんだけど、どうやら俺達それぞれの口から直接聴きたいようだった。



 和やかな雰囲気で時間は過ぎて、そろそろお開きという頃合いで公爵は言った。

「今後、アルヴィースとバステフマークはどういう活動をしていこうと考えてるのだろうか、差し支えなかったら教えてくれないか」

 先にセイシェリスさんが答える。

「我々は当面は、ダンジョン攻略を続けます」

「俺達もそうですね」

 セイシェリスさんは俺をチラッと見て少し微笑む。

「そして、これは以前からシュン達と計画していたことなんですが、王都アルウェンへ行こうと考えています」

「ですね。アルウェンの神殿を訪問したいと考えています。俺達が転移トラップで飛ばされたせいで延び延びになってるので、そろそろ実現したいですね」


「神殿ですか…」

 ケイレブが難しそうな顔になってそう呟いた。

 ニーナがそこで口を開く。

「ケイレブ、実は神殿から書簡で返事は来てるのよ。私達の訪問を受け入れるか内部で検討する、それだけなんだけど可能性はゼロではないと思ってるわ。まあ、いざとなったら少し強引に押し入るかもしれないけど」


 驚きの表情のケイレブ。

「神殿から書簡が返って来たんですか?」

 その驚きの理由は俺も話としては聞いている。

「滅多にないらしいな」

「シュンさんその通りです」

 さすがに王家からの問いかけなどには無愛想ながらも反応はあるらしい。しかしそれでも必要最低限のことが口頭で伝えられる程度で、王家も含め世間にはなるべく関わりたくないという姿勢があからさまなんだそうだ。



 ◇◇◇



 公爵との晩餐会後の深夜。

 俺とエリーゼ、ガスラン、ニーナ。そしてセイシェリスさんを加えた五人で、壁外に出ている。五人でかなり速いペースで歩いて向かうのはステラがドニテルベシュクと戦っていた辺り。

「ドニー、ちゃんと気が付いて来るかな」

 ガスランがそんなことを言った。


「一応は今夜辺りという話にはなってるんだ。もし来なかったら明日も来てみるしか無いかもだけど、あいつ俺の気配は敏感に察知出来るみたいだし、多分大丈夫だろ」

「きっと来るよ」

 エリーゼは、なぜか確信があるみたい。

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