第219話

 非常事態。キラーアントの情報はロフキュールの街とその周辺にすぐに伝わり、周辺の小さな町や村からロフキュールへ避難する住民が長い列を作った。

 キラーアントは教皇国の遥か南、荒れ果てた荒野に生息していることが知られている。そこは以前はヒューマンが暮らす緑豊かな小国であったが、キラーアントとの戦いに敗れてその国は滅んだ。僅かに残った住民は難民として各地に落ち延びてその脅威を人々に伝えた。


 捕縛した教皇国の特殊部隊の8人については厳しい取調べが続いていて、まだ断片的ではあるがかなり情報が出てきている。そして巣穴周辺の調査も進んだ。

 教皇国の部隊が連れてきたキラーアントに最初に掘らせた巣穴は、ロフキュールの北東の方角、連絡用通路と言っていた最初に見つけた巣穴の真北。外縁の森に入って半日ほど進んだ所にあった。


 ロフキュール城内の会議室のような所で、俺達とジュリアレーヌさん。そしてその父親のロフキュール城主オルエスタン子爵ら始め軍関係者が集まっている。

 ニーナが俺達の調査結果をまとめて報告している。

「……そして、少し中に入って調べた感じでは、捕虜の自供の通りね。地下深く辺境の奥の方向に斜めに下っていくように巣穴は進んでいる。そして外縁の森の更に奥の方に出入り口がもう一つあることが判った」

 キラーアントの巣穴は階層を作りながら下っていくので、階層の間の急斜面を除けば比較的中は平坦でその途中に部屋を作っていく。この部屋は獲物の解体場や食料の貯蔵庫であったり、卵を安置する部屋もある。


「そのもう一つの出入り口は狩猟用になっていて、ここを出入りしているキラーアントは多いわ」

「何匹ぐらい居たんですか?」

 顔を強張らせている軍人の一人がそう尋ねた。

「確認できただけでも約50匹。おそらく巣穴全体ではもっと多いでしょうね」


 重い空気が漂っているようなその部屋の中で、ジュリアレーヌさんが口を開く。

「現時点の救いは巣穴は辺境奥に向かっている事ですが、どうやら教皇国は帝国に戦争を仕掛けてきたようです。いろんな計略と魔物を使ったテロという形で」

 捕虜の取り調べは軍とジュリアレーヌさんが行っている。魔眼持ちのジュリアレーヌさんが立ち会うのは当然と言えば当然のこと。

 取り調べを担当している軍の人間が報告を始める。

「先日来、魔物の集団が領内各所を襲撃しているのは我が軍を壁外に誘い出す陽動。次の段階は大規模なスタンピードを発生させて辺境伯領を混乱させ、最終的にはキラーアントで辺境奥の地下深くに埋もれている古代の遺跡の発掘が目的だそうです」


 その場に居る者全員のどよめきが響く。口々に怒りと疑問の言葉が発せられる。

 俺達は顔を見合わせて囁き合う。

「地下の古代遺跡?」

「辺境の地下に?」

「地下…」

「嫌な予感しか無いんだけど」


 俺達のすぐ隣にいるジュリアレーヌさんがそんな俺達に小さな声で言う。

「遺跡のことは後で説明します」


 俺達が行った巣穴の調査は、同行する軍人も居て調査だけと決めていたのでキラーアントには手を出さずに戻ってきたが、こうして居る間にもキラーアントは増え続けているのだろうと思うと、巣穴の奥まで強行突入して殲滅した方が良かったんじゃないかという気もする。

 しかしキラーアントは単体でもB+ランクの魔物だ。俊敏性が高く底なしの体力に耐久性の高い頑丈な身体。毒を使うこともある。そして一旦敵対すると最後の一匹が死に絶えるまで決して攻撃をやめない。その習性から、群れになるとAランクより上の災害級の魔物として扱われる。


「シュン、また水攻めの方がいいんじゃない?」

 ニーナが小声でそう言ってきた。ガスランもそれに同意するような目で俺を見ている。エリーゼは思案顔。ニーナが言う水攻めとはスカルエイプの巣穴で最終的には大量の水を流し込んで殲滅した時のことを言っている。

「巣穴見た最初にそれ思ったんだけど、意外と水には強い造りだと思うよ」

「そうなの?」

「うん。階層みたいになってる所の途中の部屋がね、一段わざと下げてたりするんだよ。そこに水が溜まって下の階層に水が流れないように。まあ、それ以上の大量の水を流し込めば効果はあるだろうけど…。キラーアントの卵一つも残したくないってのがあるからな…。あと、スカルエイプはすぐに溺れてたけどキラーアントは水中でもしぶといと思う」


 そこでエリーゼが言う。

「キラーアントもだけどスタンピードを発生させるというのも気になるね」


 俺達がそんな風に話し合っているのと同様に、会議室ではあちこちでバラバラに話し合う状態が続いている。聞こえてくるのは魔物を操っている術者を早急に探し出すべきだという声。キラーアントには火魔法が有効だという声など。

 ロフキュールからもステラを中心とした索敵の部隊は既に出動している。もちろん領都の軍からも多数が出動していて、魔物を操っている術者の手がかりを何とか見つけようとしている。しかし潜んでいると思われる外縁の森はとにかく広いし魔物も多い。


 そして、イレーネが描いた筋書きとは異なるものの結果として帝国軍は大挙して西方へ遠征している。結局は教皇国が描いたシナリオ通りなのか、女帝アミフェイリスが獣人種小国家群平定の為に帝都を留守にしているせいで帝国軍の動きは鈍い。このままでは辺境伯領軍と辺境監視の為に帝国各地から派遣されている軍、その現有戦力だけで対処することになるかもしれない。


「辺境伯からの指示は、ロフキュールは国境警備とキラーアントへの対処。情報通りにスタンピードが発生すればおそらく標的となるであろうメアジェスタは、それを全戦力で受け止める。万が一それがロフキュールに向かうならばロフキュール城で籠城せよ、とのことです」

 ジュリアレーヌさんが書簡を片手にそう言うと、皆また一層沈痛な表情になった。 スタンピードが発生すれば、おそらくそういう話になるだろうと俺達も思っていたが、城に籠城するということは街は捨てるということに等しいのだ。


 その時ニーナが立ち上がった。

「私の兄デルレイスに、サインツェに居るウェルハイゼス軍を援軍として出して貰うのはどうかしら。国境警備だけでもやって貰えればそれだけロフキュールの負担は減るわ」

 軍人たちはザワザワと話し始める。ジュリアレーヌさんは唇を噛みしめて厳しい表情だが、チラッと彼女の父親であるロフキュール城主、オルエスタン子爵の方を見た。軍人達にニーナの話に否定的な声は無い。しかし皇帝の専権事項である外交事項なのを気にしている声はある。


「口添えして頂けるだろうか、ユリスニーナ殿下」

 オルエスタン子爵が立ち上がってニーナに向かってそう言った。軍の幹部からはそれを諫めるような言葉も発せられるが、オルエスタン子爵はそれに対して言う。

「陛下からのお叱りは私が受ける。全て私の一存だということにすればよい。今は非常時。領民を守る為ならば私はどうなっても構わない」


 そして静かになったその場にニーナの声が響く。

「デュランセン伯爵領の事件の時に、王国は帝国に借りが有るわ。その借りを返す時が来たのよ。私からはそう伝える。兄は私がロフキュールに居ると聞いて動かないはずはないから安心して。大好きなロフキュールを教皇国なんかの好きにさせない」



 ◇◇◇



 帝国と王国の間の国境に近いサインツェに駐留しているニーナの兄、デルレイス殿下への状況説明と依頼内容の詰めを始めたニーナにはエリーゼが共に残って、俺とガスランはその時間を使って実験をする為に出掛ける。終わったらジュリアレーヌさんの屋敷で合流する予定。


 俺は古代遺跡の話が気になっている。

 ジュリアレーヌさんとその父のオルエスタン子爵には、それに関して気がかりなことがあるように見えた。辺境の中に遺跡が存在する話は俺達も噂として耳にしたことはあるが、地下に在るというのは初耳だった。


 歩きながら俺とガスランは話している。

「教皇国がここまで準備して狙ってるってことは、遺跡の存在には確信があるんだろうな」

「地下だからキラーアントに掘らせる…。速いし巣穴の中は安全」

「うん、その遺跡に何かが在るんだろう。物なのか技術なのかは判らないけど」

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