第214話

『ステラ。俺は、お前が思っている以上にお前のことが分かっている。日本からの転生者だということも。俺もそうだからな』


 俺はステラに日本語でそう言った。


「えっ? 『日本語』?」

『そうだ日本語。俺も日本語を使うのは久しぶりだ。変な感覚だな』

『……懐かしい。嬉しい…』

 ステラはその大きな目からポロポロと涙を零し始める。

 俺はニーナに頷いて拘束に使っている魔法を解除させた。


 ステラはその場にペタンと座り込んでしまう。


『取り敢えず自己紹介しようと思うんだが、いいか?』

 涙を拭いながら、日本語を頭の中で反芻しているようなステラ。

『あ、うん…。どっちの?』

『ニーナが居るから、こっちの世界の方。日本のことは後でゆっくり話をしよう』

『解った』


 俺はステラを連れてもう一度停車場の休憩所に戻る。ニーナは少し離れて付いて来ながら警戒を続けている。


「名前は知ってるんだろうとは思うけど、俺がアルヴィースのシュン。そしてこっちが同じくアルヴィースのニーナ」

「私はステラ。ベスタグレイフ辺境伯領のロフキュール特務部隊の一員よ」

「ニーナよ。よろしくねステラ」

 小さく頷くようにして目礼を交わした二人。


 ニーナは続けて言う。

「それでどうして私達を尾行してたの?」

「それは、任務と個人的興味…の両方」

「任務の方から説明してくれるか? まあ言える範囲でいいけど」

 ステラはこくんと俺に頷いて見せてから話し始めた。


「私は最近は主に帝都で情報を収集しているのだけど、帝都の近くで見失ったという連絡があった教皇国の密使を探していたの」

「ふむ…」

「教皇国…」


「それで、足取りを追っているうちにイレーネ商会に辿り着いた…」


 教皇国の密使は帝都でイレーネに匿われた後、極秘裏に北方種族自治領へ向かった。それをステラが追跡している途中、ラズマフで異変が起きる。イレーネ商会に帝国からの捜査の手が入ったのだ。それはすぐラズマフ支店にも及び、イレーネの眷属だったラズマフ支店長と共に密使はラズマフの街から逃亡。

 とある山中でイレーネと合流したところまではステラも監視できていたが、支店長と密使の足取りはそこで消えてしまったそうだ。


「その後、ラズマフに戻って情報を集めていてやっぱり北方種族自治領に入るべきだと考えていた時、帝国軍が動いたという話が聞こえてきてそれを待つことにしたわ」


 フェイリスに率いられた帝国軍が北方種族自治領に入ったその混乱に乗じて、ステラも自治領内に侵入。そして帝国軍の後を付けた。

 結局、イレーネと俺達の戦いの場も、ステラは彼女が持つ超遠隔視の能力で見ていたと言う。

「あの戦いを見てアルヴィースに興味を持ったのが、個人的興味ということ。陛下ととても親しくしている事もそうだけど、アルヴィースのいろんな噂は帝都に居ても聞いてはいたから、余計に詳しく調べたいと思った」


 俺はお茶を収納から出して、ニーナとステラにもカップを渡した。

 ティリアをスウェーダンジョンで助けたことに始まり、一連のベスタグレイフ辺境伯家との関わり、ロフキュールでのこと。そして教皇国と魔族レイティアの陰謀、教皇国に対してニーナのウェルハイゼス公爵家とフェイリスが協調したことなどを話した。

「空間転移を使う魔族の話は情報として入って来たけど、それがアルヴィースからの情報だったとは…」



 考え込んでしまったステラを俺とニーナはしばらく放置した。

 そしてお茶を淹れ直してから俺はステラに話しかける。

「ステラ。俺は鑑定スキルを持ってるんだ」

「えっ、鑑定…? それって…、あ、じゃあ…」

「トゥルー・ヴァンパイアだから、真核にも興味を持ったんだろ?」


 ステラの動揺は明らかだったが、じっと見つめる俺とニーナの視線を受け止めると落ち着いてきた。

「ふぅ…、あとで日本の話をって言ってた。転生のこともあるから場合によってはその時に話すつもりだったんだけど」

 ステラは俺とニーナを順に見て頷くと、続けて言う。

「そう、私はヒューマンじゃない。トゥルー・ヴァンパイア。それは真祖と呼ばれることもある悪魔種よ」



 ◇◇◇



 ステラの両親は元奴隷だ。それでも奴隷として売られた先がティリアの祖父であるロフキュール城主オルエスタン子爵の家であったことは極めて幸いなことだった。帝国中部以東で奴隷解放が実現した後も、そこに留まって使用人として暮らすことを選択したのも当然だろう。

 ステラが10歳の時に大きな変化が起きる。原因不明の熱にうなされて死線を彷徨い、やっと治った時には、その身体はトゥルー・ヴァンパイアとなり日本人の15歳の少女の魂がそこには宿っていた。


「ステラは…、この身体の元々の持ち主のステラはその時に死んでるの。私は彼女の記憶をすべて引き継いでいたから、この世界のことにそれ程戸惑うことは無かったけれど、日本人としての私はなかなか現実を受け入れられなくて、醒めない夢を見ているんだとずっと思ってたわ」

「日本で、やっぱり死んだのか?」

「そう。それは鮮明に覚えてる。凄く痛かったから思い出したくないけど。でもやっぱりと言うことはシュンも?」

 俺は黙って頷いた。俺もあの時のことは思い出したくはない。

 話を変えるようにニーナがステラに尋ねる。

「だけど、どうして転生でヴァンパイアに変わったの? シュンはヒューマンよ」


 うん、それはそうなんだけど。俺の肉体は女神が造ってるからかなり話が違う。


 真核…。その名を言ってステラは話し始めた。

「真核…。世界樹が産み出す原初の核と言われる物。この話からすべきね…。真核には二つ大きな機能、使い方があるの。悪魔種に伝わっているのはそのうちの一つ」


 悪魔種は種を増やすという行為の他に、消滅したと言われている自分達の始祖の復活を大きな使命と考えているらしい。復活した始祖級の悪魔種は真祖と言い換えられるのだが、その真祖を産み出すことが悪魔種が生きる意味のようなものだとステラは言う。


「真祖を産み出す方法とは、自分の身を犠牲にして新しい肉体を同種の器として変質させ、そこに真核を撃ち込むこと。悪魔種の魂が真核に吸収されて真祖として生まれ変わると言われてる」

「「……」」


「でも、実はそれは間違いなの。と言うか正確な話じゃない…。真核は確かに魂を吸収する。私の、このステラの場合でもそうだった」


「真核に認められるほどの強い魂がなかった?」

 俺のその問いにステラは大きく頷いた。そして言う。

「真核は、その撃ち込まれた肉体を進化させる。それが私がトゥルー・ヴァンパイアになっている理由。そして、ここからはヴァンパイアのリュールの話をした方がいいわね。少し話は前後するけれど…」


 ステラのミドルネームになっているリュールと言う名だ。


 ヴァンパイアのリュールは、かなり長い間ロフキュール近郊で隠れ住んでいたらしい。ヴァンパイアの亜種と表現されることもあるサキュバスは、人間の男の性的な面を利用し言わば人間社会の裏側に寄生する形でその生を永らえる。ヴァンパイアはそんなサキュバスと同等の行為も可能ではあるが、実際のその有り様はかなり異なる。魔力や生命力の類を吸収するのに性行為は必須ではなく、むしろそれ以前に人間、生物以外の物からの吸収だけでもその命を永らえることが可能だ。この点がサキュバスとは大きく異なる。


「リュールの記憶はあまり私には引き継がれていないの。知識も欠落がある。ステラを変質させるのに消耗し過ぎたせい。それだけ弱いヴァンパイアだった」


 人間社会と深く関わることを避けて隠れ住んでいたリュールに転機が訪れたのは、狩りをしていた森で偶々魔力の反応を辿った先で見つけた真核。これを手にしてからのことだ。

 本能に突き動かされるようにリュールは真祖となるべく新しい肉体を求めた。その対象になったのが当時10歳のステラだったということ。


「真核はその新しい肉体で、元のステラの魂を吸収してそしてリュールの魂の殆ど残滓になっていた状態の物も吸収した。けれど真核の本来の機能は、そこに強い魂を呼び寄せて定着させること。しかもそれはこの世界だけではなく異世界からも魂を呼び寄せることができる」



 ◇◇◇



 既に日は暮れていた。話に一区切りついたところでステラは自分が乗って来ていた馬の世話を始めた。ニーナがそこに行って馬にヒールをかける。

「ありがとう」

「いいえ、重力魔法で少しいじめてしまったからそのお詫びよ」


 ルミエルと共に消えた真核。ステラはその行方が気になって俺達を監視していたと言う。もちろん本人が言う通りに俺達への関心、興味もあったからだろう。

 食事の準備をして三人で少し遅い夕食を食べた。ステラは身体機能としては人間と同等と言って良く、人間の普通の食事を栄養源とすることに問題はない。吸収、俺に言わせればそれはドレイン魔法と同じようなもの、それも可能だが本質的にステラは日本人であり、その行為への忌避感はどうやら根強いようだ。

「ドラキュラみたいなのって嫌だから」

「ドラキュラ?」

「あー、ニーナ…。ドラキュラってのは俺達の故郷のヴァンパイアのお伽噺みたいなものに出てくる悪い奴の名前だ。若い女の生き血を吸って回ったっていう感じ」


「私は真祖という割には大した力は無い。もちろん他の悪魔種のように不老不死の力は使えるしほぼ不死身よ。いえ、それに関しては他の悪魔種のような限界は無く優れてる。けれど、それに加えてあと少しスキルを持っている程度なの。まだそれだけでしかない」

 俺は引っ掛かりを覚えてステラに尋ねる。

「まだ?」

「うん、自分のことだから判るんだけど、もうひと段階の進化なのか覚醒と言うべきなのか、いずれそんな変化が起きる日が来る。おそらくそうなって初めて真祖という呼び名に相応しいものになるんでしょうね」

 ステラはとても寂しそうな顔でそう言った。何か達観して諦めているような人の表情だ。


「そうなってもステラで居られるか…」

 俺がそう言うとステラは頷いた。

「今の感じだとあと五十年はこのままだろうとは思ってるけどね」

 と、今度は少し微笑みを浮かべてそう言った。


 一つはっきりしているのは、ステラの転生に女神は関与していないということ。ステラは女神に会ったことなど無く、そもそも実在しているなんて思ってもいなかったそうだ。



 ステラは、これからすぐにロフキュールへ戻ると言った。俺の話を聞いて改めてその決心がついたようだ。

「ロフキュールを長く離れすぎていたと思ってる。陛下や辺境伯家のシュン達との関わりにしても知らな過ぎた。しっかり情報を持っていないと正しく動けない」

「今の仕事は続けていくんだ」

「ロフキュールには両親も居るし、辺境伯家にはとても恩義を感じている。あと、それなりにあちこち見て回れるから楽しい部分もあるの」

 ステラはその肉体的にはティリアと同い年だから、俺達とも同い年だ。そして15歳の少女の魂がそこに宿って10年。ステラの魂は通算すると25歳。俺の通算の年齢と同じぐらいだということ。


「じゃあロフキュールでまた会おう。俺達は王国へ戻るつもりだが、ロフキュールには寄るから」

「そうね。楽しみにしてる」

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