第212話 尾行者
帝都から離れて街道を南に進む俺達は、追いつき追い越すように近付いてきた乗合馬車にうまく乗り込めた。
馬車の最後尾のデッキに4人で座り込んでから、エリーゼが俺達だけに聞こえる程度の声量で囁く。
「慌てて追いかけてきてる感じ」
「敵意みたいなものは感じないんだけどな」
ニーナが俺とエリーゼを交互に見ながら言う。
「どの辺から付けて来てるって気が付いたの」
「少し前だよ。待ち伏せしてたんじゃないかと思う」
「どんな奴か見た?」
ガスランの問いに俺とエリーゼは揃って首を横に振った。
探査でも判りにくい隠れ方をしている。何か闇魔法系の結界のようなものを張っているのかもしれない。
乗合馬車に途中乗車した俺達の後をしばらく追って来ていた尾行者は、次第にその速度を落としてしまい俺の探査の範囲からも外れてしまった。
宿場町で一泊した俺達は、翌日は朝から乗合馬車に乗って移動を開始。
そして昼休憩を終えて再び馬車が走り始めてから、俺はまた尾行に気が付いた。
エリーゼが首を傾げる。
「今日はしっかり馬車に付いてきてるね」
「おそらく同じ人間だと思うけど、今日は馬に乗ってるな」
「て言うか、私達の行き先を知ってる感じね。宿場町から付けてたんじゃないってことは」
そのニーナの言葉を受けてガスランが言う。
「フェイリスから言われて監視?」
「その可能性もあるだろうけど…。でも帝国の特務部隊だったら一人でってのは無いんじゃないか」
俺はガスランにそう答えながら、フェイリスからの指示だったら俺達を監視しつつも周囲への警戒をするものなんじゃないだろうかと思った。その為にも一人というのは無理がある気がする。俺がこの尾行者に気配として感じているのは俺達の監視と俺達への興味。そんな雰囲気だ。それは今日もそうだし、敵意や害意というものはこれまで一度も感じていない。
乗合馬車は皇帝直轄領から隣領に入っていて、この日はこの行程では唯一の野営。以降はメアジェスタまで野営となることはない。辺境近くの街道沿いだと軍の駐留地がある所で野営だったのだが、今回はそれと違って王国内の街道同様に乗合馬車でやって来た者以外は無人の停車場にテントを張った。
おそらくは遠隔視の手段を持っているであろう、付かず離れずで探査の範囲から出てしまう事も多かった尾行者は気が付いたら付いて来ていない。
「もしかして直轄領までだったのかな」
「だったらやっぱり、フェイリスからの指示で見送りだったのかも」
エリーゼとニーナのそんな話を聞いて俺は思う。
いや…。フェイリスだったら、俺達にはどうせ気付かれるという感じでもっと堂々と尾行させると思うんだけどな…。
◇◇◇
それから尾行者は探査の範囲に現れず、幾つかの街と宿場町を通り過ぎメアジェスタまであと三日という所まで俺達はやって来た。
この乗合馬車の終点はベスタグレイフ辺境伯領都メアジェスタで、俺達はもちろんそこまで乗って行く予定だが乗客のほとんどは目的地はそこではなく途中の街で下車して、また別の客が新しく乗ってきたりと入れ替わっていく。
三台編成の今回の乗合馬車には護衛の冒険者が4名同乗している。先頭の馬車に2名と残りの馬車に1名ずつ。馬車それぞれの御者達も全員が帯剣しているので、いざとなったら戦えるのだろう。見るからに冒険者といういで立ちの俺達は、いつものように最後尾の馬車に乗っている。客の中の戦える者は先頭か最後の馬車に乗ることが通例になっていて、冒険者のマナーとしてもそれが常識のようになっている。
そして辺境伯領に入る頃になって来ると探査で時折ではあるが魔物の反応を感じるようになり、今はかなり数が多い群れが見え始めたところ。
「コボルトが多い。この辺はゴブリンは居ないのか」
「ゴブリンが居ないからコボルトが多いのかも」
「うん、確かに。それだろうな」
エリーゼとそんなことを話しながら、探査で判っている30匹ほどのコボルトの群れが居る方向に意識を向けていた。そこには人の反応もある。襲われているのか。
街道を進めばその群れに近付いていくが、探査を持たない乗合馬車の御者達にはそれを知る術もない。
目立ちたくはないがこの状況では仕方ない。俺は同じ馬車に乗っている護衛と御者にも声をかける。
「この先、魔物が人を襲っている。結構数が多い」
「は?」
なぜそんなことが判るんだという彼らの疑いの視線はスルーして、俺は進行方向を指差した。
コボルトの群れを目視できるようになったのは、それから間もなく、街道の先に停車場が見え始めた時だった。そこには停車中の馬車が二台。二台とも扉は既に開け放たれていて、コボルト達が侵入している。馬が全て倒れているのは先に殺されてしまったからのようだ。
俺達の乗合馬車の隊列の先頭馬車は進行速度を落としてしまっていて、それは様子を窺っているからだろう。しかしその時、人の悲鳴が聞こえてきた。
立ち上がって窓から顔を出していた俺は馬車の中を振り向きガスランに言う。
「この速さだと間に合わない。走るぞ!」
「行こう」
ガスランと同時にエリーゼとニーナもデッキに向かう。
ニーナは護衛に言う。
「貴方達は乗客を守っていて!」
俺は窓からそのまま、ガスランもすぐに馬車から飛び降りて走り始める。エリーゼとニーナもそれに続いた。
「デカいのが居る。ガスランそいつの足止めしてくれ」
「了解!」
「雑魚は任せて!」
矢の射程範囲に入った所でニーナとエリーゼが足を停める。
エリーゼはすぐ矢を放ち始めて、見えているコボルトは次々とその矢の餌食になっていく。ニーナもそれに倣って矢を放つ。
手前の馬車の中に入り込んでいるコボルトに俺はスタンを撃っていく。
ガスランはもう一台の馬車に辿り着いて、剣先を中に向けながら扉から入っていく。すると窓から一匹のコボルトが飛び出してきた。それがデカい奴。
そいつは長剣と短剣を手にしている。
まだ馬車の中に居たコボルト何匹かを切り捨ててすぐに馬車から出てきたガスランにそいつは任せることにして、俺は入れ替わるように馬車の中に入る。
馬車の中には切り刻まれ噛みつかれて死んでいる何人かの人。そして馬車の一番奥に震えて丸まっている一人の女性。服を引き千切られ裸にされているのはそういう理由だろう。
犬系だが二足歩行で手は人と同じような造りのコボルトは人型に近いと言えば近いが、人の女性を犯すという話は聞いたことが無い。幸いなことにこの女性は未遂で済んでいるようだが。
周囲のコボルト達を片付けてしまったエリーゼとニーナも駆けつけていて、ガスランと三人でそのデカいコボルト、コボルトキングを取り囲んだ。
女性の手当てを始めた俺は馬車の中から三人へ言う。
「そいつはコボルトキング。人間の女が好きみたいだぞ」
「…シュン撃たないで。女の怖さを思い知らせてやる」
「変異種かも知れないから、気を付けて」
俺がニーナにそう答えた直後、逃げ場がないと悟ったのかコボルトキングは吠えて、剣を振るいながらニーナに向かって行った。
迎えうつニーナはあっという間にコボルトキングが持っていた剣を二本とも叩き落としてしまう。続けてニーナは両方の腕を深く切る。
腕を上げることが出来なくなったコボルトキングの恫喝の咆哮が苦悶と苛立ちと怒りの声に変わった。
コボルトキングは、ニーナにその牙を向けて噛みつこうとするが、シュシュッ、とエリーゼが放った矢がその大きく開いた口の中に2本飛び込んだ。
ギィィ… そう一声発してコボルトキングは静止してしまう。
そして素早く一歩踏み込んだニーナが剣を一閃すると、コボルトキングの頭がゆっくりと地に落ちた。
多少の傷はあるがそれほど問題はないと解った女性のことはニーナとエリーゼに任せて、俺はガスランと共に最初の馬車に戻ってスタンで気絶しているコボルトを馬車の外に放り出した。
そうしていると俺達が乗っていた馬車の隊列がこの停車場に入って来る。コボルトキングを切り捨てたのは彼らにも見えていただろう、そしてその後俺達が馬車を出入りし始めた様子で近付いても大丈夫だと判断したようだ。
放り出した気絶しているだけのコボルトに止めを刺し始めた俺達をじっと見ている護衛や御者、そして乗客達。
そんな彼らに、ローブを羽織らせた女性の肩を抱いて停車場の脇に敷いたシートに座らせたニーナが言う。
「貴方達はまだ見ているだけのつもり?」
「え、あ…。いや…」
「あ…」
「……」
乗合馬車の一隊の責任者の男が俺達に近付いてきた。
「何か手伝えることがあるなら…」
「彼女と、遺体と遺品を街まで運んでほしい。方法はあるか?」
「遺体はマジックバッグで良いなら。遅延タイプだ」
「十分だ。それで頼む」
俺がそう言うと、彼はすぐに護衛達にも指示して馬車の外と中に残っている遺体を回収し始めた。男性七人と女性一人が犠牲になっている。馬車に残っている荷や所持品などの確認もその責任者の男に頼んだ。
死んだ馬を焼いたり片付けが終わった頃にはすっかり日が傾いていた。次の街まではまだ少し距離があるが、馬を急がせるということなので皆でまた乗合馬車に乗り込む。唯一の生き残りの女性も俺達と同じ馬車に。
彼女は一人旅だったそうで、亡くなった人達のことは全く知らないと言う。彼女は今この馬車が向かっている街で働いている。今回は実家がある村に里帰りをしていてまた街に戻る途中だった。
コボルトのこんなに数が多い群れのことは聞いたことが無いと言う。もちろんコボルトキングのことも。
その時、エリーゼがふっと馬車の後ろの方を見た。
うん、俺も気が付いてる。
ニーナとガスランも俺達のそんな仕草に気が付いて、眉を顰める。
「かなり遠くから遠隔視が出来るのかも知れないな…」
俺がそう囁くとニーナも囁く。
「もう尾行してないと思ってたけど、探査の範囲外から見てたのね」
「そういうことだろうな…」
ガスランがどうする? という感じで俺を見る。
「面倒だけど、明日も同じ状況なら顔を見に行ってみるか」
俺のその言葉に三人はコクリと頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます