第121話 Aランク

 帝国への旅は長旅になることが確実。行くこと自体はガスランの家から戻った際に何人かには話はしていたので、その日程的な確定として知らせることに。まあ、ギルドのフレイヤさんミレディさんと、宿のマスター達とベルディッシュさんぐらいなものなんだけどね。


 出発の前日、フレイヤさんからギルドへ四人で来てくれと言われた俺達は、午後になって支部へ行った。

「さて、先にカードの更新を済ませてしまいましょうか。四人ともランクアップよ」

 フレイヤさんはいきなりそう言った。


 ニーナは、よっしゃあ! とガッツポーズでもしたいような雰囲気を漂わせる。冒険者になる以上は、必ずAランクになってみせると父親に宣言したという話を聞いたことがある。


 フレイヤさんは、俺達からカードを集めると職員を呼んでそれを渡した。


「シュン君は、Aランクというものをあまり望んでいないのかもしれないけど、貴方を上げない訳にはいかないのよ」

「はあ…、言ってる意味は解ります」

 そう。俺は辞退したいんだけど、フレイヤさんの言ってることも解るんだよね。


 フレイヤさんは俺に満面の笑みを見せながら言う。

「シュン君の考えている事は理解しているつもりよ。だけど、それでも私はとても嬉しいわ。あの日、貴方の冒険者登録をしたのは私。そして今日、私の目の前でAランクにまで上り詰めてくれた。本当に嬉しいの」


 いや、そんな風にしみじみ言われると、もう辞退なんて言えないじゃないですか。

 そして、既にカードの準備は出来ていたようで、意外に早く職員が新しいカードを持って来てくれた。


「あれ?」

 カードを受け取ったガスランが声を上げた。

「ん? どうした」

「あっ! ガスランも同じだよ」

「えっ?!」

 と、ニーナは大声を上げながらガスランのカードを覗き込む。いやもう、一目見ただけで色で分る。カードの色は、BランクはシルバーだけどAランクはゴールドなので。


「おお、やったな!」

 自分の事は置いといて、ガスランがAランクに上がったというのは嬉しい。

 ガスランの頭をガシガシと撫でてやる。

「「ガスランおめでとう!」」

 エリーゼもニーナも一緒になって頭を撫でる。ガスランは凄く嬉しそうだ。


 フレイヤさんはそんな俺達を見て微笑みながら言う。

「2ランクアップは前例が無い訳ではないわ。それよりも、ガスランの場合はスウェーガルニ支部の最短記録更新ね」



 ◇◇◇



 旅が当初思っていたより大人数になったので、ウィルさん達と話し合って馬車を一台用意してしまおうという事になっていた。俺達四人だけなら乗合馬車を乗り継いで行こうと思ってたんだが、8人となるといつも全員が乗れるとは限らないし馬車を買うことにしたのだ。


「絶好の旅立ちの日だ!」

 シャーリーさんは、そう言って自ら最初の御者役を買って出た。何故か俺も一緒という前提が付いていたんだけど。でも、どうせ全員で交代していくので異論はない。

 そういう訳で俺は、シャーリーさんと二人で御者台に座っている。ノンビリ走らせる馬車の揺れが心地よくてついウトウトしてしまいそう。もう少しで春だとは言え、まだ朝晩は寒く昼でも風が冷たい日も多いが、その日は天気も良く日射しの暖かさが心地よかった。


「シュン、見てくれ。こんな感じで良いのか」

 シャーリーさんは最近、フレイヤさんから魔力操作を習っている。以前より魔力操作の要領が良くなって、体内魔力の流れがスムーズになってきている。これに淀みがあると魔法の発動が遅いだけではなく、MPの効率が落ちる。燃費が悪くパワーも出ないという状態になるのだ。

 俺はシャーリーさんの身体全体の魔力の流れを見て、魔力の体内での循環は出来ていることを確認してから言う。

「いい感じです。もっと速く体内循環できることを目指せばいいと思いますよ」



 旅は、レッテガルニを経由して南西へ向かう街道を進み、隣領のデュランセン伯爵領へ入ることになる。伯爵領の領都サインツェから西へ向かう街道を進むと王国と帝国との国境地帯に入る。これを抜けて帝国に入り、更に西へ進めばロフキュールへと着く。


 レッテガルニまでは以前も行ったことがあるので、景色に少し懐かしさを感じながら俺達は進み続けた。馬車の中ではいつものように俺は読書。今はウィルさんとニーナが御者席に。エリーゼとセイシェリスさんとガスランは魔法談義。シャーリーさんは静かなので寝てる。起きてるときは大抵騒がしいから間違いない。


 その時ふと小さく聞こえてきたのは、外を見ていたティリアの囁くような歌声。

『春よ、遠き春よ、瞼閉じればそこに…』


「えっ?…」

 俺は正面に座っているティリアを見つめる。

 そんな俺に気が付いたティリアは、どうしたの? という感じで俺を見る。


「その、歌は…」

 歌っていたティリアに、俺は絞り出すような声でそう言った。

 エリーゼが俺の腕を捕まえて言う。

「シュン? どうしたの」


 セイシェリスさんもガスランも怪訝な顔で俺を見ている。


 ティリアは戸惑いの表情を浮かべる。

「え? 何?」


 俺は、自分が思わず興奮してしまっていることに気がついた。

「あ、ごめん…。今の歌は?」

 そして俺の腕を捕まえていたエリーゼには、ごめんという意味を込めて頷いた。


 ティリアは、俺の質問が自分が口ずさんでいた歌についてなんだと、今になって理解したのか言う。

「あっ、うん。この歌は、うちのメイドの子が教えてくれたの。ステラの…。その子が夢の中で覚えた歌だと言って良く歌っていたのを、教えて貰ったの。いい歌だなと思ったから」


「夢で…」

 俺はそう言った。

 ティリアはそれに頷いて、俺に問う。

「シュンはもしかして聞いたことがあるの?」

「ああ、知ってる…。俺の故郷の歌だよ」


 ティリアは、驚いて大きく見開いた目で俺を見て続ける。

「そう…。ステラはずっと長い間その夢を見ていたと言ってて、時々、その夢の話をしていたわ。私にはよく解らないことが多かったんだけど。

 例えば、空を飛ぶ船や馬が必要ない馬車、空よりもっと高い所まで飛ぶと空気がない世界があるとか…。そして、人間はいるけどエルフや獣人は居ないとも…」


「そうか…。歌もそうだけど、それは日本の事だ」

「「…!」」

 セイシェリスさんとエリーゼが、ほとんど声にならない驚きの声を漏らした。


 間違いない、俺と同じ日本からの異世界転移者だろう。夢で見た、か。そんな風にしか言えない気持ちは解る気がする。


「良かったら、ステラの事をもう少し教えてくれないか」

 俺のその言葉にティリアは頷いた。


 ステラは、ティリアの母親の実家に長く仕えている使用人夫婦の子で、その賢さをティリアの母に認められて、幼い頃から将来はティリアの傍に仕えるメイドとなるべく雇われていたと言う。ティリアとは年齢も近く、共に勉強したり剣の訓練をしたりして一緒に居ることも多かったらしい。


 ───ステラには、両親が居るのか…。この世界で普通に、その母親から生まれたというのか?


 俺とは大きく異なるその境遇には強く違和感を感じる。俺とは異なる方法で転移してきているのか。あの女神が関わっているのかいないのか…。


 そんな風にずっと考え込んでしまった俺に、ティリアは言う。

「シュン? ロフキュールでは、ステラに会えると思うから」


 少しして、やはり考え込んでいたセイシェリスさんが言う。

「夢というよりも、もしかしてそれは前世の記憶ではないのか」

「前世の記憶ですか…、確かにそういうものかもしれないですね」

 俺はそう答えながら、確かに俺の日本での事も前世の記憶と言ってもいいのかもしれないなと思う。


 この世界デルネベウムで前世というものが語られるのは、神殿が語り繋いできた言い伝えの中にある使徒についての話が最も一般的なものだろう。

 神によって人間界に遣わされた使徒は、人が最も繁栄を誇った時代を人間として生きていたと言われ、その前世の記憶を持ったまま現世に遣わされたとされている。そして、その記憶の中に有った知識で多くの人を導いたと伝えられている。


 ティリアは、考え込んでいる俺達に何故か申し訳なさそうな顔をしている。

 俺はそんなティリアに謝る。

「ティリア、ごめんな。つい興奮してしまった」

「え? あ、ううん…。だけど驚いた。てっきりステラの夢の話や歌は、あの子が頭の中で思い描いた創作物だと思ってたから」

「うん、普通そう思うよな。まあ、あまり大騒ぎするとステラに迷惑かもしれないし、機会があれば話を聞いてみるって程度でいいよ」

「うん…、そうね。解った」

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