第52話
「シュン君、ミレディが凄く喜んでたわよ。共通の話題を持っている人にやっと会えたという感じだったわ」
飲んでたスープを、ぶふぉっと吹き出しそうになった俺。
ドリスティアからスウェーガルニへの帰り路。あと一日で帰り着く距離まで来て、街道沿いで馬車を停めて昼食を摂っていた時のことだ。
あの…、フレイヤさんって俺がむせそうなタイミング狙って話してません?
「ええ、ミレディさん光魔法の制御がとてもすごくて。俺、相当刺激受けました」
「そうでしょうね。彼女は天才だもの」
以前フレイヤさんは王都の魔法学院で学んでいたミレディさんに魔法の講義をしたことがあったらしく、その縁でスウェーガルニのギルド特別職員へと勧誘したんだそうな。
昼食後、エリーゼが洗い物などの為に離れた時にフレイヤさんは言う。
「シュン君。ミレディは女性にとって結構、重要な意味を持つ魔法が使えるの。そのうち教えてもらうといいと思うわ。きっと丁寧に教えてくれるはずよ」
「はぁ…。女性にとって重要、ですか?」
「そうよ。それはね、避妊魔法」
「げっ…」
いや、その存在は知ってた。女神からの埋め込み知識にもあるから。
「正確には、緊急避妊魔法と通常避妊魔法の二種類よ。ドリスティアやスウェーガルニも含まれる王国西部と呼ばれる辺りは、異常にゴブリン、オークと言った女性の敵の魔物が多い所なの。だからミレディのその魔法の重要度はかなり高いのよ。多くの女性を救ってきたわ。最悪中の最悪を避けられたという意味でね」
通常避妊魔法は、一般女性もだが、特に娼館で働く女性は定期的に教会でお布施をして魔法をかけて貰う。それが通常避妊魔法と軽い除菌魔法。期限がある魔法になっているのは、魔法不定着時の自然減衰のせい。魔法師の力量によるが大体3ヶ月から長くて5ヶ月。
ミレディさんが通常避妊魔法を使うと、その効果はほぼ100%だという。期間は6ヶ月以上。教会との軋轢を避けるために、建前としてその行使は冒険者ギルドが必要があると判断した場合のみとしているらしいが、フレイヤさんが言うには「友人にかけてあげた。みたいな話になると教会も文句のつけようがないわ」とのこと。
「いざという時に、光魔法をミレディと同等。ううん、それ以上に使えるシュン君が習得してくれていると嬉しいわ」
馬車の旅は続き、その最終日。
スウェーガルニが見えてきた。
何だろう。とても嬉しく感じる。第二の故郷、そんな感じかな。
エリーゼと二人でスウェーガルニの壁を見つめた。
「帰ってきた~」
と、ニコニコ顔のエリーゼと肩を寄せ合って「双頭龍の宿」の扉に向かう。
マスターとイリヤさんもニコニコ。
「お帰り」
「おかえりなさい。シュンさん、エリーゼちゃん」
「「ただいま~!」」
いいよね。帰る所があるってのは、ホントに大切だ。
一夜明けて、朝訓練はみっちり。旅の間は、いつものようには出来ていなかったからね。二人で汗を流して朝食はたっぷり。最近また少し背が伸びたような気がする。
宿にベルディッシュさんからの言伝が届いていて、顔を出せと。防具の事だろう。オーク殲滅で成金になった俺とエリーゼは、防具について予算枠大幅拡大をして追加の注文もしていたので、おそらくそれに関することだろう。
そして例のゴブリンから回収した剣について。
その本来の持ち主所縁の大公家からの一隊が、スウェーガルニへやって来ていた。昨日着いていたらしい。
ところでフレイヤさんは、いったいいつ寝てるんだろうといつも疑問に思う。
通常のギルドの業務、オークの横穴に関しての対処。そしてこの大公家とのやり取りなども。他にも抱えている案件は多そうだし、俺とエリーゼのこともいつも気をかけてくれてるし。
「シュン君は心配しないで。大公家の騎士団の一小隊が来ただけよ」
フレイヤさんはそう言って、ニコッと笑った。
その小隊は剣の受け取りをして、俺がゴブリンから剣を回収した所から剣の持ち主の大公の娘さんがゴブリンに襲われたと見られている地点までを調査してから、王都へ帰るそうだ。
そしてギルドで、大公家の小隊の隊長さんへ剣が返却されることに。
やっと、という気がして俺は、やはり安堵の気持ちになる。
非公式にという前提でその隊長さんと面談をすることになる。
剣の返却の場だから是非にと言われて了承した。
ギルドマスター室で、紹介など堅苦しい部分はフレイヤさんが仕切ってくれるので、俺は頭を下げる程度。
「シュン君、と呼んでいいかな」
そう言った隊長さん。ローデンさんは、背丈はウィルさんぐらいだけどもっと紳士的にして少し痩せた感じの、いかにも騎士という感じの人。
少しの間話をした。
シュン君の剣術はどんな流派だ? と質問してくる武人らしい人。
そして俺からは、自分は異国からの流れ者で礼節も知らぬ人間だと説明して、拝謁などはご辞退したいということをフレイヤさんと一緒に説明した。
隊長さんとしては、意向は理解はした。だが自分は約束は出来ない、すまんと。
まあ、それはそうだよね。諦めてくれることを祈るだけです。女神が何とかしてくれるといいんだけど…。
そして、シュン君ありがとう。それでは、と言った隊長さんに続いて俺が席を立った時、左手の女神の指輪が震えた。
ああ、そうか。そうだよな…。
「ローデンさん。あと少しだけ、その剣とのお別れを…。構いませんか?」
「もちろんだ」
俺は剣をギルドマスター室の中央にある応接テーブルの上に、そっと寝せるようにして置いた。ベルディッシュさんのおかげで綺麗になっている。
俺は剣の前で跪き、そして正座をする。
剣に向かって頷いてから、左手でそっと撫でる。指輪も一緒に揺れる。
「良かったな、あと少しで帰れるぞ」
合掌。指輪が優しい光を放つ。
俺は目を閉じて祈る…。
女神。こいつのこと、あとは頼むよ。
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