第35話

 森の中で地面が急に垂直の壁を見せながら盛り上がったような、最も盛り上がっているところだと高さが15メートルほど。

 そんな崖が続いている。

 崖を隠すように木々の重なりが視界を遮っていて、崖がどこまで続いているのか判らない。

 しかしその木々の連なりが唐突に途切れたそこにはむき出しになった半円形の土の広場が見えていて、やはりむき出しになった崖の垂直な壁面には横穴が見える。


 そこに、オーク達は居た。


 木こり。土木工事。その言葉が最もこの状態を表すのに適していると思った。人から奪った武器しか道具も持たない奴らだが、横穴を中心に半円形になった広場の周囲で、その力の強さで木を引き倒し、切り株と土を削いでいる。


 俺とエリーゼはこの様子を崖の上から斜め下を覗くように見ている。崖の下の木々が視界を遮りがちだが、いくつかの隙間から奴らの様子を見ることができていた。


 この場所まで来て確認できた奴らの数は、横穴に入っている正確な数は不明だが最低でも50。目視でもそのくらいだと確認できている。横穴に入ったオークには探査が効いていない。魔力探査は念のため自粛。


 やはりあの穴の中までは探査が効かない。


 そんなにあの穴の中は広いのか?

 それに、入って行ったオークと出てきたオークが同じ個体とは限らない。


(エリーゼ、一回入った奴がまた出てきてるか、見分けやすい装備で目印つけて確認してみて)

(それ、私も気になって見てるとこ)


 なんだろう…。この、奴らの動きが不自然に感じる印象は。あの横穴の中が見れれば、もう少し判るんだろうが…。オークの癖に静かすぎる?



(シュン、これが最後の匂い消しよ)


 エリーゼのその囁きで俺は決心する。

 もう撤退のタイミングだろう。



 風向きを気にして大回りした結果、偶然、崖の始まりに当たる所から斜面を登るようにこの崖の上へと辿ることができた。そして風向きが変わることを懸念して、最近購入したばかりの匂い消し、その効果に若干の不安はあったがここまでは良い仕事をしてくれている感じだ。30分程度は効果が続くという謳い文句ではあったが、話半分以下として10分に一回使った。


 ここに来るまでの道筋、道と呼べるものでは当然ない。なので覚書として簡易な地図のようなものを作成した。崖の始まりと横穴の位置関係や大体の距離感、簡単なスケッチなど。


 半円形の広場には上位種の存在は確認できていない。横穴の中に入れば居るんだろうけどな…。


(エリーゼ、撤退だ)

(了解)



 森が途切れる所まで戻って、やっと一息つくことができた。周囲の確認をして一旦小休憩にする。

「エリーゼ、少し休もう」

「喉が乾いた~」


 崖が始まる部分からは木に印を刻みながら戻ってきたし、何日かは俺達が踏みしだいた跡も残っているだろう。今休憩しているここまで来れば、もう一度あの崖の所へ辿り着ける。


「シュン、あいつら何してたんだろうね」

 エリーゼが水筒を片手に、俺を見ながら口を少しだけ尖らせて考え込んでいる。


「何となくだけどさ…。えっと、ランダムに浮かんだ印象言うね」

「ん、どーぞ」


「伐採、枝集め、切り株の掘り起こし、地ならし、作業分担、木材運搬、防衛陣地? 家づくり? ん、ちょっとイメージ離れてきたか…」

「やっぱり、拠点づくりの類だよね、多分」


「うん、おそらくは。ただ…あいつら、あそこに来る前はどこに居たんだろう」

「南西の森の奥から? スウェーガルニに近い方から、とかは無いよね」


「うん。だとすると、こんな通るのもすごく大変な深い森の中をデカい体で藪をかき分けて来て、たまたまあの横穴を見つけたってことになるよな。崖、まして横穴があるかも判らないぐらい木が生い茂った中で」

「偶然にしては、ってのがシュンが言いたいことね」


「まあ、そうなんだけど。さっ、もう行こうか」

「うん」


「あ、歩きながら考えてみて欲しい」

「はーい」


「俺はね。奴らは、あの横穴から出てきたんじゃないかと思ってる。さあ、行くぞ」

「は? へ?」


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