異世界女神と、その使徒の顛末 ~あの女神、今度会ったら絶対泣かす~

@yabe

第1章 異世界

第1話 はじめてのスライム

 ポヨポヨッ、ポヨヨンッ、と目の前に来たスライム目掛けて、せーの!っという感じで、目隠しなしのスイカ割りでもするようにお気楽に剣を振り下ろした。


 のだが…


 ポフウゥン~~♡ と勢いを吸収されて、

 ん? と、その奇妙な感触に強い違和感を感じた。


「あれ? なにこれ」

 そう思ってるうちに、左脚の膝から下あたりに纏わり付かれた。


 ジュジュンッという音がしたと思ったら、ブーツに覆われていない膝の部分の衣服が溶けていた。と同時に痛みが走る。

 反射的に、纏わり付かれていた脚を素早く引いて数歩後退した。


「うっ痛っ! ちょ、あーーー、痛っーーーー!!」


 激痛。このまま脚を押さえて、転げ回りたい。でも倒れれば、それは全身がスライムと同じ目線になる。それは駄目だ。



 スライムは決して大きくない。少し大きめのクッションぐらいなもの。その身の高さは大人の膝の高さの半分ほどで、膝を溶かされた攻撃の時だけは、少しその体が伸びていた。


 丈の短い草原だからこそ見えていた。白いスライムがこちらに近づいてきた速度は人が歩く程度。脚へ攻撃してきた時の速度はそれよりも速かったが、それでも簡単に目で追えるもので、むしろ何をしてくるんだ? という他人事のような興味本位で思考停止していた。


 そう。スライムを舐めていたからこそ、食らってしまった。


 激痛を感じ続ける膝を手で押さえながら無理やり動かして、スライムに背を向けて走る。とは言え、脚を引きずりながらなので速足より少し速い程度。

 もしかして背中からざっくり、そんな嫌な予感をかなぐり捨ててただ懸命に転びそうになりながら逃げる。


 膝が痛い。少しずつ痛む範囲が広がっているような気がする。それでも止まれない。止まったらまたあの痛いのが…、嫌だ、嫌だ。


 半ばパニックで、ただ逃げたい。それだけ。


 1、2分ぐらいは走っただろう。

 脚を引きずりながらでも、スライムよりは速いはず。そう信じて脚を動かした。


 走り始めた方向にたまたま目に留まったのは、草原に所々ある少し大きめの木のひとつ。近づいて判ったことは、木の最初の枝は俺の胸の高さぐらい。


 その木になら登れそうな気がした。

 木に登って時間が稼げるなら、脚の状態を確認できる。


 逃げてきた勢いのまま、地上から約3メートルの枝までなんとかよじ登った。次の枝が登りやすいような位置だったことが幸いだった。


 ───スライムは? どこだ。どうしてる?


 走って来た方向を見ると、じわじわとこちらへ近づくスライムが見える。

 取り敢えず少し時間は稼げたようで、そう思えたことで少しだけ余裕が生まれた。


 膝を押さえた掌には、ザラザラした感触。

 布地が溶けて大きく穴が開いたワークパンツ。そこからは白い砂のようなものがこびりついた膝が見える。ワークパンツの大きな穴の周囲には、やはり白い砂のような物が付着している。


 ベルトに付けた水筒を取ってその水をかけると、膝の痛みがかなりやわらいだ。被弾した直後の痛さほどには怪我はひどくないようだ。少し安心する。


 スライムは、同じペースで近づいてきている。時折、少しだけ跳ねている動きをするが、それは10センチも無いぐらいの高さ。



 ◇◇◇



 ここは異世界。

 あの白い服の女神が言ってたことが本当ならば、ここは異世界デルネベウム。地球とは異なるが地球と同じ人族ヒューマンも暮らす世界。


「アヤセ・シュン様、貴方は『転移者候補』として選ばれました」


 無理やり起こされて覚醒しきれず、更には周囲がやたら眩しくて目を開けるのがつらくて、何に対してもリアクションしづらいそんな状態だが女神の話が始まった。


「貴方が生まれた元の世界での肉体は、既に消失したことが確認されています。現状は、解りやすい言葉で言うならば貴方は『魂』または『意識』だけの状態ということです」


 ───えっ? なんだって? 消失? 魂だけ? 俺が?


 俺は、日本の田舎県出身の23歳。小さな頃からひたすら剣道大好き少年だった。上京した大学時代からは趣味の延長のようにIT系の企業でアルバイトをして、卒業と同時に正社員として同じ会社で働いている。

 趣味が高じて、それがそのまま仕事になってしまった。就職活動をしなくて楽だったという見方もできるが、本音としてはもう少し自由な立場で居たかったので、留年して正社員として入るのはもう一年先でも構わないな、なんて不謹慎なことまで思っていた。


 でも、同郷でもあり同じ部署の先輩社員から

『さっさと卒業して私の正式な奴隷になれ』

 と厳命が下り今に至る。

 この先輩・石川先輩には小さな頃からこれまで試合で勝てたことがほとんどない。まぐれで勝ったことが幾度かある程度。



 女神の声が続く。

「亡くなる直前の状況がどういうものだったか、説明しましょうか?」


 そうだ。石川先輩にプリンと無糖紅茶、買ってこないといけなかったんだ。遅くなると機嫌悪いから急いで…。ん? えっと…。俺、買いに行ったんだっけ?


 現在、わが社は絶賛徹夜続きの追い込み作業中。

『シュン、私は徹夜する日は夜の9時が2回目のおやつタイムなんだよ』

 と、石川先輩から命じられた買い物に近くのコンビニへ出かけた…。


 女神の声が響く。

「そうですね。コンビニへ行く途中の横断歩道で交通事故に遭われました。瀕死状態で病院へ運ばれて間もなく、駆け付けた会社の同僚の方に看取られながら息を引き取りました」

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