異世界転生したから平和に暮らそう

Ryo-k

魔王、勇者の世話をする~どうしてこうなった……~

 ――リリウムベル大陸。この地には二つの種族が存在する。一つは人間族。寿命は60~80前後。特別秀でたものはないが、様々な発想とアイデアで、文明を発展させてきた。知識を持ち寄り、集団をなし、この世界に文明を築いてきた。もう一つは、魔人族。魔力という、この世界を形作るものの一つを生まれながらに兼ね備えており、弱肉強食をルールとし、この世界で生きてきていた。

 古来から、これらは絶えず、争いを繰り返してきていた。その中で人間族は、こことは別の世界から、より強力な力を持つ者を召喚し、その力で魔族を打倒しようとする。召喚されたものは『勇者』と呼ばれ、魔族と戦う使命を帯びる。

 それに対抗するかのように、魔人族の中から、魔人族の総数にも匹敵するほどの膨大な魔力を持つ者が現れる。魔人族はその者を『魔王』と呼び、その力のもとに集い、一個の集団と化していく。

 『勇者』と『魔王』。両者の戦いは、2000年の時を経た今でもなお、絶えず行われている。戦争はいまだ、終結が見えない。


 魔人領『エクセリア』。魔人族の魔力に反応するかのように、この地は漆黒の闇に覆われているかのように、空は赤い。そんな空と地上を覆いつくさんとする無数の影。『魔物』。それは魔王の魔力に反応して、大陸の魔力が形を持った存在。それを人間族は翼をもち、どう猛な牙や、口から噴出される火炎のブレスを放つ物を『ドラゴン』、地上を4足歩行で走り、目はなく、大きな口に隙間なく生える鋭い歯、尻尾が長い槍のような形状を持ち、毒を帯びているものを『スクリーチ』等の呼び方をしている。それらは意思を持たず、目についた人を殺すことのみを目的として行動している。上空にはドラゴン。地上にはスクリーチが当たり一面を覆いつくしていた。その空を飛来する無数の光の矢。その数は数千はくだらないだろうと思われるそれは、空を飛行するワイバーンに命中していく。一瞬にして、空を覆いつくしていた魔物が消滅した。

 一方地上でも、魔物の群れにとびかかる人影が。その人影は、体の急所部分を金属で覆い、ほかの部分は布で覆っており、防御性より、俊敏性に動きを置いたつくりとなっている。その人影は、身の丈ほどの大剣を勢いよく、地面にたたきつける。その大剣は、豊富な魔力を持つ鉱石を加工してできたもので、大陸一とも称されるほどの切れ味と頑強さを備えている。その体験が地面に伝わる衝撃はすさまじく、人影を中心に波状に広がり、衝撃が起きたところの地面より、激しい炎が噴き出し、魔物を焼き尽くしていく。地上にいた魔物のそのほとんどが消滅していった。

 大剣を持った人影の横に並び立つもう一人の人影。手には、大陸の創成期から存在されたと称される大樹の一部を加工してできた杖を持ち、空気中の魔力を集める性質を持つローブを着ている。彼女たちは、『騎士』と『魔導士』。『勇者』と共に、『魔王』を討伐するために集められたメンバー。彼女たちの実力もすさまじく。あっという間に、あたりを覆いつくしていた魔物は、その影をなくしてしまっていた。しかし今、彼女たちのそばに『勇者』はいない。『魔王』とは、いかなることがあろうとも、『勇者』以外に倒すことは不可能なのだ。そう、運命で定められている。そう、『勇者』は向かったのだ……


 魔王城『アーティクル』。魔人領の象徴にして、『魔王』の居城。その最上部。そこでは激しい、魔力の衝突が立て続けに起こっている。その余波で周りの壁は崩壊し始めている。魔力をぶつけ合っている者たちこそ『勇者』と『魔王』。互いの装備は所々ボロボロで、魔力も互いにつきかけている。息も絶え絶えで立っているのがやっとの状態。


「はぁ……はぁ……さすが勇者というべきか。ここまで追いつめられることになるとは思わなかったわ」


「魔王……私の、倒すべき……敵」


「噂に違わぬその能力。さすがと言っておこう……だがな」


 突如、『魔王』の体から膨大な魔力が溢れ出し、その余波で周りの壁が消し飛ぶほど。手に持つ魔物の血肉を素材に作られた魔剣もそれに呼応するかのようにまがまがしい魔力を噴き出していく。

 対峙する勇者も、その手に持つ天の女神から授かりし光の聖剣を構え、聖剣に自身の魔力を込め、神経を研ぎ澄ませている。両者の間では互いの魔力が可視化できるほどに激しくぶつかり合ている。――対峙すること数秒。……同時に駆け出す。互いに攻撃がぶつかる。


「――まさか、もう一振り、あるとは」


『勇者』の聖剣と『魔王』の魔剣、二人の剣は打ち合った状態。 『魔王』の腹を貫いているのは――聖剣。勇者の手元には、もう一振り、聖剣が存在した。刹那の瞬間に『勇者』は異空間に格納してあったもう一振りの聖剣を使い、魔王の腹を貫いたのだ。


「私は、負けるわけにはいかないの。絶対に」


「――見事」


 その場に倒れ伏す『魔王』。聖剣で貫かれた腹からおびただしい量の血が地面に伝っている。



「(――痛いなー。だんだん寒くなって意識が遠のいてきた……ああ、死ぬんだ。)」


『魔王』はぼやけてきた視界で自身に勝った『勇者』を見ている。


「(勇者、勝ったのに全然うれしくなさそう、さっきと表情が全く……まあ、いいか。どうせもう死ぬんだし、私……眠くなってきた)」


 次第に、意識が遠のいていく『魔王』。――そして。



 ――大陸歴2020年、人類の希望『勇者』は『魔王』を討伐。人間族は、魔人族との戦いに勝利する。



――2020年、日本。都心部より、電車で約20分。最寄りの駅は最近住みやすい街として人気が高まりつつある場所。駅より徒歩10分ほど歩くと、そこには学生をはじめとした、若い世代が多く住む住宅街がある。そこにある築年数の新しい一軒家……そこの2階


スマホのアラームが部屋中に響き渡る。この部屋の主である女性は、手探りでスマホを探り、アラームを止める。……時刻は8時ジャスト。



「……やばっ!」



私の名前は、十条茉旺。


髪の色は金髪で瞳の色は翡翠で、見た目は「THE!外国人!」なんだけど、これでもれっきとした日本人で、どこにでもいる女子高生。今はこの家に母と二人で暮らしてます。


父は只今世界一周の探検に出ています。最後に帰ってきたのは確か私が中学の時だったかな。今はどこで何してるのやら……この前送られてきた写真にはホッキョクグマが写ってたんだけど。生きてることは確認できたのでほっとしています。……っとそんなことより時間!学校に遅刻する!



「行ってきます!!」



母の作る味噌汁をもう少し味わっていたかったんだけど、本当に遅刻しそうだから泣く泣く学校に行きます。

平和な日常……まさしく、私が望んだ世界がここにはありました。


突然ですが私には、前世の記憶があります。ラノベとかでよくある、いわゆる「異世界転生者」ってやつかな。


――リリウムベル大陸。私はそこで、魔物たちの頂点に立つもの……『魔王』をやっていました。私は『勇者』と戦い……そして死にました。


最後に死ぬその瞬間に、私は思ったの……普通の暮らしが……


人間として暮らしてみたい……って。



……気づいたら私は、赤ん坊の姿で、この世界で、母の腕の中にいたの。……赤ん坊の時は本当に大変だった。もう、いろいろと、ね……。なんというか……とにかく恥ずかしかった……。


私がこの世界で生きてからもう17年が経ちます。私の中には、『魔王』としての能力がなぜかまだあります。今の私の容姿って、実は向こうの世界での私の容姿のまんまなんだよね。この世界では全く必要のない能力なのに、どうして私の中にあるのか、よくわかりません。そもそも、この世界には魔法とか魔力とか、そんなの全然ないし。


ましてや『勇者』がいるわけでもあるまいし……なんて思っていたのが間違いだったんだろうか。

――都心の一等地にある高級住宅街。その中でひときわ目立つ、地上30階、地下5階のマンション。一部屋数億とまでいわれているその場所に、茉旺は来ていた。茉旺の手元にはスーパーの買い物袋を持って、中には食材が入っていた。合鍵を用いてオートロックを開け、勝手知ったるかのように中を進んでいく。

エレベーターで上がったのは、最上階のペントハウス。その部屋の中へと鍵を開けて入っていく。



部屋の中は、昼にも関わらず真っ暗で、カーテンで閉め切られている。茉旺はリビングに向かい、食材を広げる。茉旺はその後も、リビングから必要な調理器具を取り出して調理を進めていく。調理器具から調味料に至るまで、茉旺はおいてある場所を知っていたのか、調理の手はスムーズに進んでいく。



炊飯器のご飯が炊きあがったと同時に調理が終わり、皿に盛り付ける。できた料理は、キャベツの野菜炒め、ほうれん草のソテー、きんぴらごぼう、ポトフといった野菜が中心のメニュー。それをテーブルに並べる。テーブルに並べられているのは2皿ずつ……茉旺は2人分を用意していた。



料理を並べ終わった茉旺は、別の部屋へと入る。その部屋も、カーテンで閉め切られており、真っ暗だが、先ほどとは違うところがある……



茉旺は、部屋に入った瞬間に、思わず袖で自身の鼻と口元を抑える。なるべく呼吸を抑えながら茉旺は、部屋のカーテンを開けると、勢いそのままに窓を全開に開ける。茉旺は、窓の外に顔を出すと、口元で抑えていた手を放す。耐え切れずせき込む。



一連の茉旺の行動に、この部屋にいる住人の女性がやっと目を覚ます。

女性は茉旺よりも10㎝程高いうえに、茉旺よりも出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいるのだ……ちなみに茉旺は、毎日牛乳を3本は飲んでいる。




「……もう朝?」


「……昼だよ」


「そう……お休み」


「……とりあえず、風呂に入ってきなさい!」


――『勇者』。


かつて茉旺が『魔王』として、戦い……そして敗れた存在。人間族の希望として、皆の先頭に立って戦っていた彼女は今……。



「あなた、最後にいつ風呂に入ったの?」


「……1週間前?」


「私が最後に来たときじゃない!いつも言ってるよね。風呂位毎日入りなさいって」


「……そうだっけ?」


「まさかご飯も毎日カップラーメンとかじゃないでしょうね」


「それは違う」


「そう、食事はちゃんととって――」


「カップ焼きそばも食べてる」


「同じだから!」


「……世界滅びた?」


「そしたら今こうしてここにいないわ!」



――絶賛引きこもり中。



「とりあえず、朝食作ったから食べるわよ」


「……野菜嫌い。肉は?できれば鹿肉が食べたい」


「小学生か!それと鹿肉なんてスーパーにそう易々と売ってないわ!」






――『魔王』であった茉旺が、どうして、かつて自身を殺し人間族を勝利に導いた『勇者』と出会い。あまつさえ、身の回りの世話をしているのか



話は、数か月前にさかのぼる……


現代に転生してからの茉旺の毎日は平和そのもの。自分の命を脅かす『勇者』もいなければ、魔物もいないから、人間と魔物の争いなんてまずありえない。

自分の中になぜまだ『魔王』としての能力が残っているのか疑問は残っていたが、能力を使う機会もなかったためいつしか気にしなくなっていた。



ただ、気を付けないといけないことが一つだけあった。能力を持っているためか、身体能力は普通の人間とは比べ物にならないほどに高いのだ。

特に体育の時間は注意が必要で、小学生の頃は加減を間違えそうになったことが何度かあった。それも、だんだんと慣れてきて、きちんと調整できるようになった。



それでも、誰にも負けるのが嫌だった茉旺は、常にトップになるように能力を調整していた。そのため、その身体能力の高さから、各方面の部活から、助っ人を乞われ、その噂は町内まで広まるほどに。

さすがの茉旺もこれ以上目立ちたくはなかったのか、高校では主に部活の練習相手などを務めることがメインで、実際に練習試合などには出ることはほとんどなくなった。



高校に入って、時間に余裕のできた茉旺は、バイトを始めてみることにした。最近、新しいゲームを買った上に、ソシャゲに5万の課金もしていたからお金がなかった。

実はそれが母にばれて、その時は2時間にも及ぶお説教をもらってしまっていた。それまで茉旺は、母の怒ったところを見たことがなかった。


この時茉旺は悟った……「怒ったときの母は、『勇者』も倒せるんじゃなかろうか……」と。



茉旺が選んだバイトは、高校の最寄りの駅から徒歩10分ほどにある喫茶店。時給も高く、店の雰囲気も周りの喧騒が嘘のような落ち着いた感じで気に入ったから。

このバイトは茉旺にはあっていたようで、バイト中にも関わらず、つい客との世間話に夢中になることもしばしば。そのたびに店長に注意されるが、茉旺目当てで来るリピーターの客も意外といるため、実は問題にはなっていない。



この日も茉旺はバイトをした帰り。体調不良で早退したバイトの人が出たため、臨時でシフトに張ったため、いつもより遅い時間になっていた。ちょうど、母も今日1日だけ奇跡的に父が日本に帰国してきており、夫婦水入らずでデートの真っ最中なのである。



そのため、夕食の買い出しに帰り道にあるコンビニに寄ることにした。

店内に入る際に、茉旺は一人の女性とすれ違う。


その瞬間茉旺は、女性から見覚えのある感覚を感じ取った。

それは、茉旺として生きてからこの世界では今まで全く感じなかったもの。

しかし茉旺にとって決して忘れることのできないものだったから……


茉旺は先ほどすれ違った女性の後を追いかける。



「……待って!」


茉旺は周囲を結界魔法で覆う。

この世界に来て初めて使ったが、『魔王』の時と変わらずに発動することができていた。

結界の中には茉旺と女性だけ。

女性は、茉旺の声にその場に立ち止まる。

女性は上下ジャージ姿で、手にはコンビニで買ったお菓子が入っている。



「やっぱり……この感じ……『勇者』か」


「……『魔王』?」


「ここがあなたの元居た世界だったのか」


「まあ、そうだけど……それで、わざわざ結界魔法なんて張って何の用?」


「用?……いや、別に、つい何となく……」



この時、茉旺は『勇者』の気配に追いかけて無意識に結界魔法を発動させただけで、具体的なことは何も考えていなかった。



「用がないなら私帰るね」


「ああ……ってちょっと待って!」


「……何?早く家に帰りたいんだけど」


「その……まさか、こうして再開するなんと思わなかったからな。ここは『勇者』の元居た世界なのか」



『勇者』……その言葉を聞いたときに、彼女の表情に苛立ちが見えていた。



「ええ。それと『勇者』って呼ぶのはやめて『魔王』。私の名前は四宮結希」


「ごめん。私は十条茉旺。もしかしてだけど結希の中にも『勇者』の能力はまだ……」


「ええ、あるわ……ほんとはなくなってほしいけど」


この時の結希のつぶやきは茉旺には聞こえていなった。


「?今なんて」


「別に……『勇者』の能力があることがどうしたの?」


「私にも……そして彼女にも……『魔王』と『勇者』の能力が残っている……ということはもしかして」



茉旺は一人で自分と結希に能力が残っているかを考え出した。

そして、一つの結論にたどり着いた。



「ここで、私とあなたで決着をつけるためなのか!……どうする、最近使ってなかったからこのままだと無理ゲーだ……」


「……あほらし。そんなわけないでしょ」


「そうなのか?これは、転生ものだといつもこういう展開がお約束なんだけど」


「嫌よ、そんなめんどくさいこと……それに」


「それに?」


「……普通に犯罪だし」


「あ、うん……そうだね」



――確かに。





「それにしても――」


「……何?」



茉旺は結希の姿を見る。

茉旺にとっては結希とは『勇者』としての結希で会ったので、その時の姿が頭をよぎる。



かつて、魔王城で対峙した時は、急所の部分は守れるように頑丈な作りで、なおかつ動きやすいように設計された鎧を身にまとい。

『勇者』の持つ鎧や武器のすべてから、女神の加護が掛かっている。

全身からあふれる魔力も、こちらへとプレッシャーを放つほどの圧力を感じるほどであった。


しかし今結希が着ているのは、近所のスーパーで970円で売られているような安物のジャージ。

伝わってくる魔力も、どんよりと淀んだ印象を与えるものである。



「いや、雰囲気変わったなー……って」


「雰囲気も何も、会ったのはあの時だけだし」


「それはそうなんだけどね……」


「もういい?用ないならこれで」



結希は、茉旺に背を向けて去っていこうとする。

茉旺は無意識に結希に声をかける。



「待って!」


「何?いい加減にしてほしいんだけど……」


「その……一緒にご飯でもどうかな?私今からだから、まだならどうかなー……って」


「無理」


「ですよね……」


「今買ったばかりだから」


「……今?」



茉旺は結希の言葉に、結希の手元を確認する。

彼女の手元にはコンビニの袋。

その中にあるのは無数のお菓子……しか見当たらない。



「まさか……今持ってるのが?」


「そうだけど……何?」



――この時、茉旺の中の何かのスイッチが「カチッ」と入る音がしたような気がする。


(pixiv2話)



あれからなんだかんだ今もこうして世話をしてるんだっけ……。



茉旺は、結希とあってからの事を思い出していた。

結希の家に初めて訪れたときは、彼女の生活に絶句した。


かつて『勇者』として最前線で魔物を葬っていた彼女が、今はネトゲの最前線で戦う廃人だとはだれが思うだろうか。


基本1日中ゲーム。睡眠時間は、寝落ちしてしまった時だけというもの。

食事はカロ〇ーメイトでわずか3分。

彼女がPCの前から移動することは、奇跡にも等しい。


茉旺は我慢できずにこうして、結希の家に来ては、料理を作ったりしている。

そのため、結希も前と比べたら少しはまともに生活をするようになった。



「……ご馳走様」


「ねえ。結希」


「な、なんでしょうか茉旺サン」


「ちゃんと野菜も食べた?」


「嫌だなー。もちろんですよ」


「本当に?」


「本当の本当に。魔王に誓っても」


「じゃあ、私の皿の上に乗ってるのは何かなー?」


「元からあったと思うよ?」


「へー」


「……さらば」


「こら!待ちなさい!」



……はず。

そんな結希の世話を焼いている茉旺だが、普段は一人の学生。

今日もいつも通りの学校生活が始まる。

茉旺としては、一番楽しみな時間……。


この世界に来て、茉旺が一番あこがれていたのは、実は学生生活を送ることだったのだ。

魔人族の間には教育という習慣そのものが存在せず、やってることといえば、魔人族同士て戦い合い、自分の能力を高めることしかない。


様々な知識を学ぶというのは、知恵を働かせる人間族のものであったから。

故に茉旺は、この世界でも特に学校にいるときは、自身の能力には細心の注意を払っている。

普通の人間として、周りの人間合わせるために……

今日も一日楽しもう……そう教室に入ると



「……あ、茉旺~」


「何でここに……」



学校に結希の姿が。

結希が座っている席は、このクラスが始まってから今まで空席だった場所。

確かその席は休学している生徒の場所だったはず……。



「休学……まさか」


「気が向いたから来てみた」





その後、先生から話が合った。

結希は、去年のある時、1週間行方不明になっていた時があり、

行方が見つかったと同時に学校を休学したとのこと。


その1週間というのが、恐らく結希が『勇者』として召喚されていた期間だったのだろう。

そして、突然の休学。もしかして、今の結希と何か関係が……


いろいろなことが茉旺の頭の中を駆け巡り、まだ整理がついていなかった。



「茉旺、調子悪い?なんか変なもん食べた?」


「誰のせいだ誰の……少し整理させて」


「どうして学校に来る気になったの?」


「さっき言ったじゃん。気が向いたからだって……それに」


「それに?」


「茉旺の来ている制服見たことあるなーって。どこのだろーって今まで考えて……ああ、ここのだったって思い出して」


「原因私か!」



茉旺の楽しみな学校生活は果たして送れるのだろうか……



「というか、休学じゃなくて、辞めるのは考えなかったの?」


「……確かに!」


「今気づいたの!」



……無理な気がする。



結希が戻ってきた茉旺のクラス。

クラスメイト達は、結希のことを遠目に見ている。

なんて話しかけていいのか分からなくて戸惑っている。

そういった印象を受ける。


結希もそれはわかっているのか、特に何かをするわけでもなく。

普通に授業を受けている。


休み時間になると、クラスメイト達の何人かが勇気を出して、結希に話しかけるも、結希はそっけない態度で、会話が一瞬で止まってしまう。


茉旺も、今の状況で結希になんて話しかけていいのかわからなかった。


授業中。それは突然に起こった。


茉旺と結希以外の時間が止まった。

茉旺はすぐに時間停止の魔法だと分かった。

そしてそれを誰が使用したのかも。



「いきなり、時間を止めてどうしたの」


「別に、やっぱり帰ろうかなって」


そう言うと結希はさらに魔法を発動する。

結希の近くに魔法陣が浮かび上がり、魔法陣は結希の体を頭から、足元まで通過した後、すぐ横に出現する。

出現した魔法陣は逆再生するかのように、地面から上空に上がっていき、魔法陣の軌跡が、だんだんと人の形を作り出していく。


魔法陣は、結希の頭と同じ高さくらいまで来ると、人の形をした何かだったのが、一瞬で結希の姿に変化する。


「それじゃあ、あとは私の代わりに授業受けといて」


「分かった」


結希は結希の形をしたものと普通に会話している。


「造形魔法?……でも意思を持つなんて」


「名付けて、コピー魔法?かな?」


「あなたのオリジナル……」


「さて、帰るか」


「え、帰るって……」


そういうと、結希は教室を出ていこうとする。


「まって!」


茉旺は、結希を呼び止める。


「帰るって……どうして」


「やっぱり無理だなーって。それに、疲れた」


そういった結希の姿が一瞬で茉旺の目の前から消える。

結希は転移魔法でこの場から移動した。


「待っ……結希……」




それからも、結希は学校に来るも、途中で時間停止魔法で自分のコピーを作ると、途中で帰っていた。

茉旺にはそれを止めることができないでいた。


そんな日々を過ごすうちに茉旺はあることに気づく。



その日も結希は、途中で帰ろうとしていた。


「待って!」


茉旺は結希を帰すまいと、彼女の腕を握って引き留めようとした。

その時に、気づいた。




……彼女の手が震えていたのを。

結希は、何かに怯えていた?



「――次、四宮さん」


「!はい……」


茉旺の考えを遮るように教師の声が聞こえた。

今は体育の時間。今日はの授業は陸上種目の高跳び。

体育の時間が茉旺が一番気を付けなければいけない授業だ。

少しでも、集中力が切れると能力が身体能力に影響するから。

いつものように能力を制御して、目の前のバーをギリギリ飛べるくらいを意識して向かう。


そしてバーを飛ぶ。その踏切の足に力を込めて飛んだ――。


「(!!しまった……っ!)」


茉旺の体はバーから10㎝以上高く飛び越えていた。

茉旺の高跳びを見ていた生徒から、驚きとともに感嘆の拍手が巻き起こる。

これには茉旺も予想外。ここまで高く飛ぶつもりはなかったから。


「(集中しきれてなかったのかな?次は気を付けないと)」



偶然、能力の制御を誤った。

――この時の茉旺はそう思っていた。





昼休み。

いつものように結希が魔法で自身のコピーを作りだそうとした時。


「あのさ、昼、一緒に食べる?」


結希が魔法を中断する。

茉旺が勇気を出して結希に声をかけた。


「なんで私と?中のいい奴と食べれば?」


「何?私と一緒に食べれない理由でもあるの?」


「別にないけど」


「なら決まりね」


「昼持ってきてないし」


「最初から帰るつもりだったの?もしかして」


「それは、まあ……」


「そんなことだろうと思ったから……これ」


茉旺が結希に差し出したのは結希の分の弁当。


「どうせ持ってきても、カロ〇ーメイトとかでしょ。だから作ってきた、ほら、食べるよ」


「……わかったよ」



気づけば時間停止の魔法もとけていて、クラスメイトがちらちらと二人の様子を見ていた。

茉旺はそれには目もくれずに自分の弁当を口にする。

結希も仕方なく、茉旺から渡された弁当の蓋を開ける。


茉旺が作ってきた弁当は、弁当箱の半分にご飯が入っていて、おかずは、ほうれん草の胡麻和え、ウインナー、鮭の切り身、きんぴらごぼう、デザートにプチトマトといった。彩とバランスを考えたメニューとなっている。


「……野菜嫌い。それと肉はこれっぽっち?鹿肉が食べたい」


「小学生か……それと鹿肉なんてそう易々とスーパーに売ってないから」


「……いただきます」



結希は、箸をとると、ほうれん草をとって、口に運ぶ。




「……おいしい」


――熱い。

体が熱くて息が苦しい。おまけに寒気がしてきて、体の節々が痛い――。



「――39度2分。風邪ね。今日はゆっくり休みなさい」


「……はーい」



茉旺の母はそういって部屋を出て行った。

茉旺はベッドに横になり、目をつむる。



「(……何度なっても慣れない)」



数日前から、茉旺は喉に違和感があり、頻繁に咳をしていた。

母からは、風邪だから早く休むように言われていた。


しかし、茉旺は夜遅くまで漫画を描いていた。

夏コミに向けて同人誌進捗が全く進んでおらず、時間が空いたら机に向かっていた。

なかなか思うようなアイディアが浮かんでこず、作業は思ったように進まない。

それでも、印刷所に出す時間までには何とか終わらせようと、連日徹夜の日々。

就寝時間が2時を回ることも多々あった。


そうして作業を続けること遂に……。


「よっしゃー。終わったー……」


何とか終わりまで完成させることができた茉旺。

後の細かい部分は明日にして休もう……。


その翌日が今日。

見事に風邪でダウンとなった。

身体のだるさで思うように動かない茉旺は、とにかくゆっくり休むことにした。



『魔王』だった頃は風邪というもの自体が存在しない身体であったから、人間になって最初になったときは、死ぬかもしれないと思うほどの苦しさだった。

最も、今でも風邪の時のしんどさには慣れることはできないのだが。


次第に、茉旺の瞼が重くなっていく……。


――眠っていた意識が覚醒する。


身体も朝よりは軽い気がする。

大分落ち着いてきていると茉旺は判断する。



「あ、起きた」



――前言撤回。

まだ体調悪くて夢の中で目が覚めたんだろう。

そう思い、再び横になろうとした茉旺の目の前に……



「おはよう」


結希の姿が。


「どうして家に……」


「んー……なんとなく?」


「私、貴方に家の場所教えてなかった気がするんだけど?」


「茉旺の気配はなんとなくわかるから、それをたどって……細かい場所は勘で」


「さすが元『勇者』」


「……それにしても」


「……何?」


「ここが茉旺の部屋か」



結希の言葉を聞き、ぼんやりとしていた茉旺の頭が回りだす。

茉旺は今、自分の部屋で寝ている。

目の前には結希。


結希は、手元で何かを読んでいるように見える。

それは、茉旺には非常に見覚えがある……

そう……ついさっきまで見ていたような……



「ちょっ!それは……!!」



結希が見ていたのは、昨日完成させたばかりの同人誌。

茉旺は、同人誌を読む結希をやめさせようと、手を伸ばすも、起き上がった瞬間に身体がふらついて、そのままベッドに倒れる。



「大丈夫?風邪なんだから無理したら悪化するよ」


「余計なお世話よ」


「それより、これ茉旺が書いたの?」


「そうだけど……悪い?」


「いや……別に」



そう言うと、結希は何を言うでもなく茉旺の同人誌を読み進めていく。

茉旺も体のだるさがあり、ベッドで横になっている。

そのまま、お互いに何も言わずに時間が過ぎていく――。



「……どうだった?」


「どうって……何が?」


「……私の同人誌」


「うーん……さあ?わたしこういうのよく知らないし」


「……そう」


「絵、上手いんだ」


「別に、そこそこ書けるって程度よ」


「将来は漫画家とか?」


「そんな感じかな?まあ、夢のまた夢なんだけどね」


「でも、せっかく人間として生きてるんだから、やりたいことしたいなーって思ってはいる」


「……すごいね茉旺は」


「別に、すごくないよ」


「すごいよ……少なくとも私よりは」


「私を殺して、戦争に勝利しておいてよく言うわね」


「そんなの、こっちの世界ではなんの役にも立たないし……それに」


「それに?」


「……いや、何でもない」



その時の結希の表情は、酷く苦しそうで、どこか助けを求めているような……

茉旺にはそう見えた。



「……最近ちゃんと食べてる?」


「もちろん」


「カップ麺を?」


「もちろん……あっ」


「……全く。いつも言ってるよね。バランスの取れた食事をしなさいって」


「……はい」



かつては『勇者』と『魔王』。

倒し、倒された者同士たちは今、普通の人間として、食事したり、学校に行ったり、バイトしたり、趣味を持ったり、夢を持ったり……。


友達になったり……。


当たり前の日常を過ごしていた。

そして、この日常がいつまでも続いていく……。





――彼女たちはそれを疑っていなかった。





――それは、戦いの記憶。



ある時は、筋肉質の男性。またある時には、年老いた老人。別の時には、どう猛な獣の姿をしている。

目の前に対峙している相手も、年端もいかない子供から、中年くらいまで、ほかには、人と、獣が混ざったものなど様々。



目の前にいる相手と常に戦いを繰り広げている。

剣同士が何度もぶつかり合い……互いの魔法が衝突し、余波であたり一面吹き飛び……

時には相手を剣で貫き……魔法で跡形もなく消滅させ

またある時は相手に剣で槍で貫かれ……魔法で全身燃やされ、跡形もなく消滅させられ……



戦いが終わるとそこで記憶は途切れ、別の戦いの記憶が始まる……

それらは終わることなく、絶えず繰り返され続ける




――また戦いがはじまる。

目の前に現れたのは……今度は女性。

女性の剣が私の体を貫いている。



――視界が真っ暗になる。

そこに光はなく、どこまでも体が闇の中に落ちていく。そんな感覚がする。


……声が聞こえる。



――タタカエ――コロセ――













――ユウシャヲコロセ





ベッドから勢いよく飛びあがる茉旺。


「はぁ……はぁ……夢?」


茉旺は何か酷くつらい夢を見ていた気がする。

しかし、何を見ていたかは全く思い出せない。

何か、ずっと長い……何かの体験をしているような……妙に実体感があった気のする夢。



手元のスマホで時間を見ると、まだ朝の5時。

まだ起きるには時間が早かった茉旺は、ベッドに横になり目を閉じる……。


気持ちを落ち着けて、再び意識を夢に鎮めようとした……


しかし、なぜか意識がはっきりしてしまい、眠ることができない。



気分を変えるためにシャワーを浴びよう。

そう思い、浴室まで向かう茉旺。


家の中はまだ明け方のためうっすら日が差し込んでいる明るさ。

しかし、電気をつけるほどでもなかったため、そのまま家の中を歩いている茉旺。


ふと、リビングから光が漏れていることに気づく。

母がお弁当でも作ってるのかな……そう思いリビングに向かう。



「お母さん、おはようー」


茉旺のあいさつに返事が返ってこない。

寝てるのかな……そう思い周囲を見渡す。



そこで茉旺が見たのは……




「……お母さん!?」





――リビングで苦しそうに横たわる母の姿。




「――原因不明?」


病院で茉旺が医師から母の病状について、そう聞かされる。



病院のベッドで横になる茉旺の母。

母の口には酸素マスクがつけられ、腕には点滴の管が刺さっている。

それでも、苦しそうな表情を浮かべている。


茉旺は1週間、学校を休んで、病室で付きっ切りで母のそばにいる。


茉旺の母の状態は、医師の話では、体のどこにも異常は見当たらず、原因が全く不明とのこと。

そのため、現状では手の施しようがないと。

さらに、症状は時間がたつごとに悪化の一途をたどり、このままだと命さえも危ういと。



「どうして……」



「――その人が茉旺の母親?」


茉旺が声のしたほうを振り向くと、そこには結希の姿が。


「結希、どうしてここに……・」


「1週間も休んでさすがに心配だったから、場所は前と同じ方法で」



病室に現れた結希は、茉旺の母と茉旺を交互に見る。



「……そういうこと」


「いきなりどうしたの」


「この人、助けたい?」


「そんなの、決まってるでしょ!そのためだったら私はなんだってする」


「そう……分かった」



結希がそう言った後、彼女の足元に大きな魔法陣が浮かび上がる。

魔法陣は茉旺と結希の二人を覆えるほどの大きさになった後、その輝きを強める。

次の瞬間、目の前の光景が病室から何もない空間にガラッと変化した。

この空間は結希が創り出した結界魔法で、

茉旺と結希の二人がいるだけで、ほかには誰もいなく、障害物も何一つ存在しない。



「結界魔法。こんなの作っていったい何を……」



茉旺は何かを感じてとっさにその場から、後方へと跳ぶ。

その瞬間、茉旺のいた場所に、激しい衝撃が巻き起こる。


衝撃の起きた場所にいたのは、聖剣を片手に持つ結希の姿。



「聖剣、それに結希、その恰好……」


結希は手に聖剣を持っているだけでない。

その姿は、見間違うはずもない……

かつて、魔王城で対峙した際の『勇者』の姿そのままであった。



「反撃しないと、死ぬよ……『魔王』」


「!?どうして、もう戦う必要なんてないはず」


「貴方の母の病気の原因は、私と貴方……『勇者』と『魔王』」


「それってどういう意味なの」


「『勇者』と『魔王』。本来戦う運命の私たちが、ご飯作ってもらったり、学校で同じクラスだったり……当たり前の日々を過ごしてる。『人間』として……。でもそれはまやかしだったみたい。あなたの中の『魔王』の能力が一番身近な人、貴方の母を苦しめてる」


「『魔王』の能力?それはちゃんと制御できてる。今までちゃんと生活してきた」


「無意識にいつもより力が入ったりとかなかった?」


「それは……」



茉旺には思い当たる節があった。

体育の時に、いつもより力が出ていたことを。

その時はただ、集中していなかったからだと思っていたのに。



「そんな……私の能力が……こんなのって、ないよ……私だって好き好んでこんな『能力』持ってるわけじゃないのに……」



「貴方の母を助ける方法、それは――」





「――貴方か私、どちらかが死ぬこと」


『魔王』としての私に与えられたことは、人間族を――『勇者』を倒すこと。


私は生まれたときからそういう運命を背負ってきていた。


自分が『魔王』だということに疑問は抱かなかった。


ただ――


今までの『魔王』と違って、私には『感情』というものが確かにあった。


それは魔人族には不要なもので、当然『魔王』たる私にも当てはまる。


しかし私は『魔王』として生まれたときからそれを持っていた。



私に従っている魔族たちからの報告を受けて、各地の人間族の住むところを襲撃した。


炎に包まれている人間族の集落を見て私は、なぜか苦しくなってしまった。


これが……『罪悪感』というものなのだろうか。



ある日私は、人間族の住む村にいた。


特に理由はない。ただ、人間族というのがどういうものなのか。それを知るために。


その村は、私たちの襲撃にあった村。


たくさんの人間族が死んだ。


村の一か所に人間族が集まり、何やら祈りをささげていた。あれは人間族が死んだときに祈りというものを女神にささげているらしい。


人間族は、魔人族のように、消えても再生しない。


なんとも脆弱な生き物。そう感じた。


人間族の中にひときわ、大きな力を持つ奴がいた。


あれが『勇者』。


今、この場で殺してしまおう。そうすればこの戦いも終わる――。


そう『勇者』の姿を見たとき……何やら変な感覚に陥る。


なぜか、その場で攻撃をするのをためらう。


私はその場で『勇者』を襲うのをやめた。まあ、いつでも殺せるしいいだろう。



また別の集落。ここは、今度、魔人族たちが襲撃を行う場所。


そこに住む人間族は皆笑っていた。


その時私は、こう思ってしまった……『羨ましい』と。


その時、背後から声をかけられた。


またしても私の前に現れたのは、『勇者』だった。丁度いい。今この場には、奴をと私だけ。今なら『勇者』を……。



またしても私は、『勇者』を殺す絶好のチャンスを逃してしまった。


手下の魔人族から、例の集落を襲撃したことを知らされた。


それを聞いたとき、胸の奥が締め付けられる感覚を覚えた。


これが……『悲しい』というのだろうか。




遂に『勇者』が私のもとにやってきていた。


『勇者』の姿を見たとき、私は自然を問いかけた。



「なんのためにここまで来た?」


「貴方を倒すため、もうこれ以上悲しむ人を見ないために」



『勇者』の眼を見た瞬間に私は理解してしまった。





これが……『人間』か。





何の因果か、死んだ私は願い通りに人間として転生した。


いわゆる、異世界転生というやつ。


そこで私には大切なものができた。


――お母さん。



魔人族には、親というものは存在しなかった。魔力が形を持って生まれるから。


お母さんはまさしく太陽という言葉が似あうくらいいつもほんわかしていて。


でも、怒るときはものすごく怖くて。


私のことを何よりも大切にしてくれて。


お父さんとは、今でも新婚みたいにラブラブで。


そばにいるだけで心があったかくなる……そんな人。









『勇者』


私を殺した人は、その姿はかつての時からは想像もできないほどの変わりようで。


私生活はめちゃくちゃの引きこもり。


気づけば私は、彼女の世話を焼いていた。


最初はあまりの酷さに見ていられなかったというのもあるが、今では彼女と一緒にいるのが自然となってきていた。


私の友人は誰かと言われれば、不本意ながら真っ先に彼女のことを浮かべてしまった。


そう……私の友人。






私の存在が大切な人を殺そうとしている。



助けるには、友人を殺さなければならない








……私は

結希の作り出した結界の中で対峙する二人。

今、ここにいるのは二人だけ。あたりは静けさに包まれている。


結希の姿は、かつての『勇者』の姿そのもの。

むしろ魔力はかつて以上ともいえるほどの能力が彼女から発せられている。


対峙する茉旺は、かつての『魔王』の姿であるが、その装備がボロボロの状態で、倒れたまま動かない。

彼女の体のいたるところから出血しており、生き絶え絶えの状態。



「貴方が死ねばあなたの大切な人は死なずに済む」


ゆっくりとその足を茉旺のもとへと進める結希。

遂にその足が茉旺の前で止まる。

結希は手に持つ聖剣を掲げる。



「――さようなら」


結希の手から聖剣が降り降ろされる。





肉を引き裂く嫌な音とともに赤黒い液体が当たりを舞う。









「――どうして」



女性の体を貫いているのは――魔剣。

全身傷だらけで、装備もボロボロの状態の女性はその身を魔剣に貫かれている女性を抱きかかえている。



「今の私の剣。簡単によけれたはず。なのになんで」


生き絶え絶えの状態であった茉旺が繰り出したのはただ魔剣を前に突き出しただけの、およそ攻撃と呼べないもの。


万全に近い状態の『勇者』の結希に躱せないなんてことは、まずありえない。



「さあ、ね……油断しただけよ……」


「そんな見え透いた嘘……」



不意に茉旺の口が結希の唇によって塞がれる。

唇から感じる彼女の体温と共に流れ込んでくるのは――






――彼女の想いとその軌跡。






その少女の誕生は、ある世界では祝福に、ある世界では呪いとなった。


少女は生まれたときに自身の母親を亡くし、父親も少女が5歳の時に事故で亡くした。

それからの少女は、親戚からは疎まれ、親戚中をたらいまわしにされて育った。


その中で少女は、他人を頼るのをやめた。

それからの少女は、必死で努力した。誰の力も借りずに自分ひとりの力で。

周りの同年代の子がわいわい騒いでいるのを冷めた目で見つめていた。



同時にいつもこう思っていた。


「自分は周りの人間とは違う。自分を見捨てたやつ全員を見返す」と。


やがて彼女は高校生になった。

高校は、地域でも屈指の進学校。

その中でも彼女は常に1位であり続けた。


そんな彼女に転機が訪れる。

異世界へと『勇者』として召喚された。


『勇者』として召喚された彼女の頭の中にあったのは、「早く元の世界に帰って勉強しないと」だった。

元の世界に戻るためには『魔王』と呼ばれる魔人族の頂点の存在を倒さなければならないと。


そのために、彼女はこの世界での戦う能力を手にするために努力した。

彼女の潜在能力はすさまじく、あっという間に人間族で一番となる存在にまで成長した。


そんな彼女にも、仲間と呼べる存在ができた。

彼女にとっては生まれて初めての、心から信頼できる大切な存在となった。

この世界に来てからの毎日で彼女はよく笑うようになった。

それも、張り付けたような笑顔ではなく、心からのものを。


その心には、この世界に住む人間を守るために『魔王』を倒す。

魔人族に襲撃された集落を見て彼女は決意した。



そして遂に対峙する『魔王』。

『魔王』はこれまでの魔人族とは比べ物にならないほどの魔力をその身から放出させ、すさまじいプレッシャーを感じる。

手に持つ天の女神から授かりし光の聖剣を構え、彼女は『魔王』へと立ち向かう。

この世界の人間の笑顔のために――。






――戦いは終結した。

世界から消えゆく『魔王』の魔力。

魔人領『エクセリア』を覆っていた漆黒の空が、魔力の消失と共に澄み渡る晴天に変わっていった。

戦いは人間族の勝利に終わった。


その後、彼女は『英雄』として、この世界の人間からたたえられた。

あとは元の世界に帰るだけ……少しだけ名残惜しかったものの彼女はこの世界の住人ではないと自分に納得させることに。



彼女を召喚した国の王から、元の世界に帰る準備がまだ整っていないから国でゆっくりしていくようにと言われた。

彼女は、復興に向けて頑張っている人間を激励しながら、その日々を過ごしていた。


1ヵ月経ってもまだ、帰還の準備は整わないらしい。なんでも、帰還の魔法式の触媒となる鉱石の捜索に苦労しているとのこと。

彼女はいつも回っているところとは別の場所に行ってみることに。

そこで彼女が見たものは……


彼女は今、王と対峙していた。

彼女の見た集落の人々は、復興はおろか、国から今まで以上の重税を課せられていた。

そのことに怒りを覚えた彼女は改善を王に直訴する。


しかし、王は彼女の訴えには耳を貸さず、さらには『勇者』の能力を持って他国へと戦争を仕掛けるように言ってきた。

もちろん彼女は拒否する。

拒否した彼女を待っていたのは……





そこは、周囲を石造りの壁に覆われており、窓がないため外の光は一切差し込まない。

唯一の灯りは天井から伸びているランプの小さな灯りが周囲を照らしている。

部屋の空気は淀んでいて、男性特有の精気の匂いと、かび臭いにおいが混じったようなその場にいるのも億劫になるほど。


その部屋の天井から伸びておる鎖が、彼女の両手を縛っている。

彼女の衣服はほとんど衣服として機能しておらず、彼女の眼には精気は感じられない。


彼女には、国から国家転覆の容疑がかけられ、この場所に投獄された。

それから行われた彼女への尋問は、今の彼女の状態を見れば、想像に難くない。

尋問の結果、彼女は国家転覆を企てたとして、公開処刑が執行されることに。


刑の執行は、それから日を空けずに行われることに。

処刑台に立つ彼女が見たものは、今まで彼女が接してきた人間からの激しい罵声。

今まで一緒に旅をしてきた仲間からの軽蔑のまなざし。

この場に彼女の味方は誰一人としていなかった。






――どうして





――どうして、私が







――――ゼンブ、キエテナクナレ










そこに広がるのは、焼け野原となった大地。


かつてそこにあったであろう建物は、ひとつ残らず瓦礫の山と化している。


そこに住んでいたであろう人間と呼ばれる種族はおろか、生命と呼べるものすら、一つたりとも存在していなかった。






こうして彼女は――――世界を滅ぼした




気づけば彼女は元居た世界に帰ってきていた。

もはや呪いとも思える『勇者』の能力と共に。

何のために今生きているんだろう……


生きる屍と化していた彼女の前に現れたのは……『魔王』


――セ




――マ――ヲ――セ




頭の中で、何かがささやいている。

そんなことは彼女にはどうでもよかった。

どうやら『魔王』は人間になっているらしい。

彼女の知ったことじゃない。



にもかかわらず、『魔王』は私にかかわってくる。

彼女の近くに『魔王』は一緒にいることが多くなった。

彼女も『魔王』と一緒にいるのは、楽しかった。



……楽しい?



それは彼女が久しく忘れていた感情。

彼女は『貴方』のそばにいるときは、嫌なことを全部忘れられる。

いつまでも『貴方』のそばにいたい……




――セ




――マオ―――セ




――マオウヲコロセ







……私は『貴方』のことが

「――好き」



途端、結希の体が手と足の先からだんだんと消滅していく。



「結希!!」



茉旺はよりしっかりと結希の体を抱きしめる。



「私、私は……」


「……ありがとう」


「結希!!!」


結希を抱きしめていた茉旺の腕は無常にも空を切る。



結希の体は、この世界から消滅した。


私の名前は、十条茉旺。


髪の色は金髪で瞳の色は翡翠で、見た目は「THE!外国人!」なんだけど、これでもれっきとした日本人で、どこにでもいる女子高生。今はこの家に母と二人で暮らしてます。


突然ですが私には、前世の記憶があります。ラノベとかでよくある、いわゆる「異世界転生者」ってやつかな。


――リリウムベル大陸。私はそこで、魔物たちの頂点に立つもの……『魔王』をやっていました。

私がこの世界で生きてからもう17年が経ちます。私の中には、『魔王』としての能力がなぜかまだありました。……今はもうないけど。


『魔王』の能力は、ある日突然私の中から消えてしまった。

その時のことはよく覚えていないんだけど、誰か大切な人がいた気がするんです。

誰かはわからないけど、それでも私はその人に言わなきゃいけないことがあるって。





――ありがとう。

あなたのおかげで母は嘘みたいに元気になって、私は前と変わらない毎日を過ごしています。


そして、ごめんなさい。

あんなにご飯作って、学校で過ごしてきたのに、あなたの顔が思い出せない。


時々不安になる。

あなたとの日々は夢か、私の作った妄想なんじゃないかって


それでも覚えてることがある。

あなたの肌の温かさ。あなたのやさしさを




そして、不思議とこう思えるんだ。



あなたとはまた会えるって。



会ったら私は、あなたにこう言うんだ。







――あなたが好きです。

~Fin~





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異世界転生したから平和に暮らそう Ryo-k @zarubisu

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