第2話
「あら、うちの会社に来てくれるの、嬉しいわ!」
路子さんは急に優しくなった、この人喜怒哀楽が激しいのかなあ。また目をパチパチさせてる。これをやられると何か魔法に掛けられてしまう様で、僕は思わず ”うん、うん” と頷いてしまっていた。
「今日から働けるかしら?」
「えー、今日からですか。まだどんな仕事をする会社かも聞いてませんけど」
「急に仕事が入って困っているの、あなた手伝ってくれる?」
「はあ、……もごもご」
「あなた今何て言ったの? はっきりしゃべらないと聞こえないわ」
「まだお給料とか労働条件とかも聞いていません」
「確かにそうね、取りあえず今からうちの事務所に来てもらえるかしら」
「うーん」
「そう言えば、名前もまだ聞いてなかったわね」
「
「釘丸啓太……、啓太って呼んでいい?」
訳わかんないこの人、いきなり僕の名前を呼び捨てにするなんて、どうすればいいの。初対面でこんな馴れ馴れしくしてきて、この人信用できる? 一見真面目そうな人に見えるんだけどなあ……? やべー、僕が不審そうな顔をしているのを気づかれたぞ。
「あなた今、私の事を変な女って思ってるでしょ?」
「そんなこと思っていませーん」
「本当? だったら黙って付いて来なさい」
「はい」あれ? 返事しちゃった。
そんな訳で、路子さんの事務所に行く事になったんですよ。路子さんは僕のレシートをさっと摘まみ上げると、席を立ってレジの所へ行こうとする。僕は慌ててスマホとノートパソコンを鞄に詰め込んであとを追った。
ちょっと待って下さい、そんなに慌てなくてもいいでしょうが。
レジの前で路子さんはハンドバッグの奥の方にあるらしいお財布を出そうと、ゴソゴソしている。そのうち『モ〇ビト』?と思われる革のお財布を取り出してお会計を済ませると「さあ、行くわよ」と言って”カラン・カラン”とカウベルの音が鳴るドアを開けて店を出た。
確か今のお財布、フランスの高級ブランド『モ〇ビト』だよなあ、 ”m” のマークが並んでいる柄だったぞ。お金持ちなのか? この人。
「なんか、すみません。僕の分まで払ってもらっちゃって」
「気にする必要無いわよ、事務所へ来るように私が誘ったんだから」
すると、喫茶店の中からさっきお会計していた男性の店員さんが出て来た。
「ちょっと、お客様。これレジの前の床に落ちてましたよ」
その店員さんが路子さんに近づいて差し出したものは、手のひらサイズで3分の1ほどが黒いキャップでダークピンクの色をしたボトルだ。
何だか店員さんがニヤニヤしているぞ?
「あ、これ私の大事なもの!」
「これって、スーパー・XXXXXX・ゲルですよね」
「……」
路子さんはそのボトルを店員から奪うように握り取ると、振り向いて一目散に走り出した。おい、待ってくれー。
えらい勢いで走るんですよあの人、見失ったら僕の就職口が消滅しちゃうから必死で追いかけました。
商店街を150メートルくらい走ったら、やっとゆっくり歩きだしたから、なんとか追いついた。
「やっと追いつきました、ゼーゼー」
「あら、どうしたの?」
「どうしたのって、いきなり走り出すから追いかけたんですよ」
「このくらいで息を切らすなんて、体がなまってるわね、啓太」
「はあ、ところでどうしたんですか? 急に走り出して」
「なんでも無いわよ!」
「スーパー・なんとか・ゲルってなん何ですか?」
「うるさい、声が大きいわよ。だまって付いて来なさい」
怒られちゃったな、人に知られると恥ずかしいものなのかな。スマホで調べてみようかな。どうやら大宮駅と反対方面に行くようだけど、歩きスマホするか。
えーと、『スーパー なんとか ゲル』で検索——。
おおお、これか? 画像はそっくりだ。……まさかHな塗り薬!
おいおい、ホテル街じゃないのかこの辺。僕はヤバいところに連れていかれるのかなあ? どうしよう、でも付いて行きたい。
「いやーん、大変!」
あれ、ホテルの真ん前で止まったぞ!
「私の車、駐車違反のキップが貼ってあるじゃない、もう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます