第5話 終わりの始まり

「ありがとうございました!またお待ちしてまーす!」


カズヤは最後の客を見送った。すかさず後ろを見ずに、


「まだ早いっ!」


客の背中が見えなくなってからカズヤは振り返った。案の定、フライング消灯しようとしていたミキがフリーズしている。


「むむっ、腕を上げましたな!まさかノールックとは!」


ミキは生意気な笑顔でニヤニヤとカズヤを見ている。


「ばかたれ、そもそも怒られるの分かっててなんでやんのさ?」


「1日の最後にこんなコミュニケーションの形があってもいいじゃないですかぁー!」


ミキは看板の電気を消しながら言った。


「いらん!普通にやってくれ普通に。」


カズヤはそう言って締め作業を続けた。ミキはちぇっ、と言いながらも店内の後片付けをした。真面目にやってればこんなに仕事が出来るバイトはそういない。接客も愛想が良いし、ホール業務だけじゃなくて忙しい時にはキッチンのフォローにも入る。下手な社員よりもよっぽど働く。


「店長、次のシフト出来てます〜?」


「、、、やべ、忘れてた!」


ミキに聞かれてカズヤは思い出した。来月の勤務シフト作成を完全に忘れていた。毎月15日に翌月のシフトを掲示しているがこの日はもう13日だった。


「連休中忙しくて完全にど忘れしてたわ。」


「え〜笑、、店長、明日から連休ですよね??大丈夫なんですか?下着売場なんて徘徊してる場合じゃ、、、」


「うるっさいわ!」


ニヤケるミキに言った。


「逆にありがたい。家でサッと作って店にFAXするわ。」


仕事中だと営業しながらになってしまうので、暇な時にレジ横のスペースでやるものの、どうしても時間がかかってしまう。


「間に合うなら良いですけど〜。私はいつも通りでお願いしますね!」


ミキが言ういつも通りとはカズヤのいる日しかシフトインしないというものだ。これには理由があった。この店にはカズヤの他にもう1人男性社員がいるのだが、以前この社員とミキがバチバチにやり合い、同じ日にシフトインしたくないとミキが言ってきた。


「ミキちゃん、まだ根に持ってんの?」


「根に持つも何も!そもそも連休中の忙しい時に、有給使って休む社員となんか働きたくないです!」


珍しく怒った口調でミキは続けた。


「大体、仕事出来ないくせに疲れただの、ダルいだの文句だけは一丁前だし!口動かす前に手動かせっつーの!」


「ちょ、落ち着こうか??」


店の前の自販機でいつものやつを買ってミキに渡す。プシュ、とやってミキが一気飲みをする。ミキはまだイラついている様子だ。


仕事が出来るミキだから抱える不満だった。ミキの気持ちも分かるがカズヤは店長として、その日その日のパワーバランスを考えなければならない。当然、店長であるカズヤとミキが同じ日に出勤していれば店として戦力は安定するがその逆は乏しい。そして他のバイトからの不満も当然のように出てくる。


「まぁ、ミキちゃんの言ってる事は正論だよ。でもあんまり偏り過ぎるのもな、、?変な噂されんのもあれだし。」


「あいつと一緒にシフトインするなら私辞めます。」


「ちょ、ちょい待ち。なんでそう極端なのさ。別にすぐにじゃなくても徐々にさ、和解してこうよ?」


「出来ますかねー。」


ミキは和解なんてする気もないだろう。嫌いなやつはとことん嫌うタイプだ。


「それに変な噂ってなんですか?」


「ん?いや、別に。」


カズヤは白々しく言った。


「どうせ店長と私が付き合ってるとか、私が店長の事好きとかそーゆうのですよね?」


「ん、まぁそんなとこかな。ミキちゃんもそんな噂されたら迷惑だろ。だからさ、、」


「私は別に!店長こそ迷惑なんじゃないですか?私と付き合ってるなんて噂されたら。」


ミキは真顔でカズヤを見て言った。


あぁ、迷惑だ。そう言ってしまえたら良いのに。カズヤもそこまで鈍感では無い。ここまで言われたらミキの自分に対する気持ちも分かる。その気持ちを無残に切り捨てる事は出来なかった。ミキとあわよくば、なんて事を考えている訳じゃない。カズヤにはマユがいる。ただここで返答を間違えば店にとって大きな戦力を失う事になる。カズヤはそれを恐れた。


「、、いや、迷惑じゃないよ。」


「、、、え?」


焦ってカズヤは続けた。


「とにかくっ!店の為だと思ってさ!徐々にで良いから!」


ミキを見るとビックリするくらいの笑顔だった。さっきまでのイライラはどこに行ったのかと思う程の。


「店長が言うなら。でも毎回あいつと一緒は嫌。店長と一緒の日もなきゃ嫌。」


「もちろん、半々くらいにするよ。」


「それなら、オッケーです。」


カズヤはホッとして残りの締め作業を続けた。売上日報の記入を終えてミキに声を掛けようと顔を上げた時、


「、、、んぅ!??」


ミキがキスをしてきた。驚いて動けないカズヤの首の後ろに手を回し、カズヤの前にまたがる様にして座った。考える間も無くミキの舌がカズヤの中に入ってくる。カズヤはハッとしてミキの身体を離した。


「、、お前急に、、、。」


ミキはカズヤに思い切り抱き着いた。


「ずーっとこうしたかったー!!」


なんとかミキを振りほどいてカズヤは


「ちょっと、色々と勘違いしてないか!?確かに迷惑じゃないとは言ったけど、、、」


「だって、付き合ってるって噂されて迷惑じゃないなら、これも迷惑じゃないって事ですよね?」


カズヤは立ち上がり日報のファイルを棚に戻した。


「だとしてもいきなりキスは違うだろ?」


「、、、ごめんなさい。、、でも私、店長の事ずっと好きだったから。店長だって分かってたでしょ?」


「いやまぁ、何となくは。でもダメなもんはダメだ。順序とかそーゆうのあるだろ。」


「じゃあ付き合ってください。」





その後、ミキはかなり強引に交際を迫ってきたが、まずはお互いをもっと良く知ってから、というカズヤの説得でなんとか落ち着いた。店の戸締りをしてミキと別れた。ミキは別れ際にまたキスをしようとしてきたが、頭をクシャクシャっとして制止した。ミキはちぇっ、と不貞腐れた態度を取ったが笑顔で帰って行った。



はぁ〜。マズい、マズすぎる。なんであんな中途半端な事を言ってしまうんだろう。俺には彼女がいると言えばそれで終わりじゃないか。なのに余計にミキをその気にさせてしまった。ただ傷付けたくないだけなのに。


カズヤは駅に向かいながらミキとしたキスを思い出していた。あんなに強引に女性からキスをされたのは初めてだった。ミキの唇、長い舌、吐息、少し興奮したミキの顔。結婚を約束した彼女がいるというのに、カズヤはミキとのキスを思い出して固くなっていた。


「いかん、いかん。」


いつもより遅い帰りで心配しているであろうマユに、どんな顔して会うか、、。カズヤは溜息と一緒に電車に乗った。


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